20-1.盗賊ドゥあらため、盗賊王子 - 短い幸せ -
「はぁ……っ、短い幸せだったよ……」
「ふふ、大げさですね、殿下は」
エクスタード市への帰還。それは息苦しい王子様生活の再開だった。
その日も日々の恒例のように玉座で燃え尽きていると、近衛兵のイレーネが俺に熱い紅茶を持ってきてくれた。
今の彼女は全てを割り切り、俺を盗賊殿下と呼んで親しんでくれる。盗賊と近衛兵では住む世界がまるで異なるが、不思議と話が合う。彼女とはこの先もいい関係を続けていけそうだった。
「俺は王族のことをバカにしていた……。アイツは性格こそ少し軟弱だが、凄いやつだ……」
「直接そうお伝え下さい。殿下は貴方のファンなのです」
「王子様が盗賊のファン、な……」
「最近のあの方は貴方のばかりです。まるで兄を自慢する弟のようで……ふふふっ」
「ま、こんな息苦しい生活ばかりしていたら、自由人に憧れるのも当然だろう。吟遊詩人の真似事だってしたくなる。……アイツ、演奏は上手いのか?」
「ええ、宮廷ではちょっとしたものです。あ、歌の方もお上手ですよ」
「今度一曲頼んでみよう。ぬるいビールと一緒にな」
アイオス王子はいつ戻ってきてくれるのだろうか。
善人に化けるのがこんなに大変だとは重なかった。おまけにソイツは責任ある王子で、王党派の首魁で、この国のたった1つの希望だ。
「あ、2人とももう休憩してたんだ。あーあ、またお茶作り過ぎちゃったよ……」
ついこの間みたいに元気なノックが鳴って、返事を返すとオデットがトレイを抱えて現れた。あの時と違うのは、俺たち3人の間で共通の秘密ができていることだろう。
「それも飲む。こんな小さなティーカップ1杯じゃ足りる気がしない」
「ははっ、次はジョッキにお茶を入れてこよっか、王子様?」
「ならビールがいい」
「いや、昼間からビール飲んだくれる王子様なんているわけないでしょ……」
「残念だ……」
オデットはお仕着せをゴソゴソとまさぐると、服の中からホカホカに温まったモモゾウを取り出して俺の肩に置いてくれた。夜行性のモモゾウは眠いようだ。もぞもぞと這い回って、俺の服の中に潜り込んでいった。
「では、私はおいとまします。私がいたらイチャイチャできませんものね」
「い、いちゃいちゃぁっ?!」
「気を使ってくれて助かるよ、イレーネ」
「ちょっ、何普通に受け止めてんのっ!?」
「オデット」
「え……っ、な、なに……?」
「せっかくだからイレーネさんの要望通りに、イチャイチャしてみないか?」
「す……っ、するわけないでしょ、このバカーッッ!!」
オデットの頬がみるみるうちに赤くなっていって、彼女は飛び出すように応接間から逃げていった。
からかわなければもっとオデットと喋れたのにと、俺は後から後悔した。
「もう少し、素直になられてはどうですか?」
「素直にイチャイチャしたいと思ったのに、逃げられただけだ」
「あら、私の目にはそうは見えませんでしたよ?」
「まあ……仕方ないだろう。俺は人から恨まれている。ベロス、ガブリエル、ガラント、その他有象無象の悪党どもは、報復の対象を俺ではなくオデットに向けるかもしれない。盗賊ドゥは常に孤独であるべきなんだ」
オデットが入れてくれた茶はイレーネさんのより熱くて渋かった。
俺は幸せになりたいだなんて思ったことはない。ただ気に入らない悪党から盗み、いい気分で日々の食事や酒を楽しめればそれでよかった。……ほんの少し前までは、本気でそう思っていた。
「殿下っ、大変だ! 至急、会議室に集まってくれ!」
「ホワイトレイ伯爵、臨時とはいえ謁見の間にノックもなしに――」
「黙れ口うるさい小娘が! 殿下っ、ガラントがこちらに迫っている! 戦だ、戦が始まるぞっっ!」
「……ご一緒しましょう」
妙だな。ピッチェのやつ、もうこちらの離間の計に気付いたのか?
あるいはピッチェを足止めしつつ、こちらを陥とせるだけの兵力をガラントたち反乱軍が用意したということだろうか。
俺たちは情報を求めて、会議室へと向かった。
・
推定敵兵力約5000人に対して、こちらは同数の5000人だ。
偵察によると反乱軍にピッチェの旗はなかったそうなので、ガラントとピッチェが和解したわけではないようだ。
今回は兵力が拮抗していたため、野戦か籠城かで意見が割れることになった。領主プルメリアは籠城派で、ホワイトレイ伯や諸侯の半数は野戦派だった。
野戦の方が早く方が付く。籠城を選べばその間の動きを敵に封じられてしまう。兵質はこちらが上。さらにこちらには大義があり、士気が高い。
一通りの情報を精査すると、俺はアイオス王子として席から立ち上がった。
「野戦は避けましょう」
「籠城!? なぜです、殿下っ!?」
「それは相手が、犯罪結社カドゥケスとも繋がる狡猾なガラント伯だからです。かつて権謀術数でランゴバルド家を陥れ没落させたその手口からして、ガラント伯は慎重に迎え撃つべき危険な相手です」
そんな男が無策で城攻めなんて選ぶだろうか?
貴族と貴族は対等。その不文律があるこの国で、命じられたからといって無謀な攻撃を仕掛けてくるとは思えない。
「ええ、わたくしも殿下と同意見ですわ。彼は狡猾な怪物。兵を伏せさせていても不思議ではありません」
つまり今の敵兵力5000人は、野戦に持ち込むための見せかけである可能性がある。
もしもここに敵の増援が現れれば、消耗戦か、もっと酷ければ数の差に押されながらの撤退戦になる。それは避けたい。
「だがこの町に被害が出るぞ? 構わぬのか?」
ホワイトレイ伯はプルメリアとは旧知の仲だ。彼女の心情を察してくれた。
「負けて全てを奪われるよりマシですの。籠城戦の被害、甘んじて受け入れますわ」
「うむ……。わかった、そこまで言うならば信じよう。ワシも籠城を支持する!」
「ありがとう、ホワイトレイ伯。ただ……ガラント。あの男の身柄はわたくしに下さいませ。彼には少々、聴きたいことがありますの……」
一見は落ち着いていたが、プルメリア・ランゴバルドは復讐に燃えていた。アイオス王子が彼女の庇護を受け、反乱の旗印として決起することができたのは、彼女の復讐心ゆえだった。
「共にお父上の仇を討ちましょう」
「ええ、頼りにしていますわ、殿下」
作戦は籠城。籠城で決まった。




