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18.裏切りのマグダラ

・元聖騎士ガブリエル


 俺はガブリエル・ケルヴム。我が家はケルヴム侯爵家の傍流で、代々パラディンとプリーストの地位を世襲してきた。

 それがあの雌犬と盗賊のせいで、一時は囚人とシスターにまで落ちぶれた。


「ガブリエル、王都はもういい。貴殿はベロスの後詰めとして、神殿のテンプルナイトを率いて加勢したまえ」

「了解だ。俺はドゥに復讐できるなら、今はなんだっていい……。ヤツと関わった人間を、皆殺しにしてくれる……」


 ドゥ、貴様のせいで俺は、監獄で、下等な平民どもに……か、囲まれて、か、身体を……っっ。

 ああ、なんておぞましい経験だ! 俺が味わった苦痛を、貴様にもくれてやるぞ……!


「元パラディンとは思えぬ言葉だ」

「皮肉は結構だ、ホーランド公爵。いや、新たな我が君よ……」


「ガブリエルよ、憎悪の深さはベロス卿よりも貴殿の方が勝るようだ」

「当然だ、監獄にいたのだぞ、俺は! このガブリエルが、監獄に入れられたのだ!!」


「ならばこの剣を持つがよい。ベロスに持たせるつもりだったが、これは今の貴殿にこそ相応しい」


 王の玉座に腰掛けていた公爵は、照明を落とさせた薄暗い謁見の間にて立ち上がると、暗く怪しい剣を俺に差し出した。

 その剣から怪しい気配を感じたが、俺はためらうことなく剣を受け取った。


「これは……お、おぉぉぉ……。なんと、素晴らしい力だ……!」

「さ、好きな女官で試し斬りをするとよかろう」


 公爵の言葉に控えていた女官や家臣たちがざわついた。

 俺は剣を――魔剣めいた何かを鞘から引き抜き、かつて俺が糾弾された際にバカにしてくれた女官に睨んだ。


「や、止めて……ご、ご冗談ですよね、ホーランド様!? と、止めてっ、ガブリエル様を止めて、や――」


 俺は魔剣を薙ぎ、女官の首を一刀の下に両断した。

 恐怖に女どもが金切り声を上げ、前々から目障りだったもう1人の女官に俺は飛びかかり、そいつも斬り捨てた。


 おお、素晴らしい切れ味ではないか……。


「最高の剣だ。これならば盗賊ドゥとカーネリアの2人相手でも勝てる」

「結構。ガブリエルよ、ベロスと連携し残党どもを殲滅しろ。そして必ずや、勇者カーネリアの息の根を止めよ」


「元よりそのつもり。感謝するぞ、我が君よ」


 ホーランド公爵は狂っている。ヤツは最高の王になるだろう。

 俺は最強の剣を腰に王城を出て、美しく荘厳な神殿へと久々に帰投した。



 ・



「ガ、ガブリエル……様……」

「何をうろたえている。お前たちのパラディン様の帰還だぞ」


 警備にあたっていたテンプルナイトは、俺の姿を見るなりうろたえていた。

 きっと俺が復讐にきたと思っているのだろう。


「ご用件は……?」

「内戦の勝利者、ホーランド公爵よりご命令だ。至急、テンプルナイトどもを集合させろ」


「内戦に勝利したというなら、我々の力など必要ないでしょう」

「ホーランドは怒ると恐ろしいぞ。俺から神殿を焼くように命じてもいい」


「そんなことをすれば、世界中を敵に回すことになりますよ……?」

「だからなんだ……? 俺を見捨てた神殿など、1人残らず殺戮されればいい」


「な、なんてことを……」

「兵を召集させろ。俺は中で休んでいる」


「か、かしかりました、ガブリエル様……」


 ククク、気分がいい……。

 人を斬るのがこんなに楽しいとは思わなかった!


 気に入らない相手は殺す。従わぬ愚か者は、恐怖で支配するのが正しかったのだ!

 愚か者が脳を動かす必要などない!


「お、お帰りなさいませ、ガブリエル様……」

「うむ、マグダラはどこだ?」


 建物に入ると神殿のあらゆる者が俺にひれ伏した。

 テンプルナイトの部隊長もちょうどそこにいた。


 クーデターは成功し、逆らう者は既に排除され、俺はマグダラに神殿の統治を任せてあった。


「マグダラ様は現在ご多忙で、我々も所在をつかみかねておりまして……」

「そうか、俺の代わりにがんばってくれているのだな」


「そ、そのようで……」

「俺は俺の部屋に戻る。召集が終わったら呼びにこい」


「はっ、そのように!」


 俺はどこぞの代理パラディンに占領された部屋を奪い返し、少しの昼寝をしてテンプルナイトの召集を待った。



 ・



 それから夕過ぎ。誰も俺を起こしにこなかったことに憤慨しながら、俺は祭司長の部屋を訪ねた。

 するとちょうどそこに、さっきのテンプルナイトの部隊長がいた。


「不在だと……?」

「祭司長様は、お、王宮に向かわれました!」


「ならばテンプルナイトの召集は……?」

「それならば警備室の方に……」


「警備室? なぜそんなに狭い場所に集めた?」

「その……どうやら日が悪いようで、集まりが悪く……」


「何ぃ……? この無能どもがっ!! マグダラは、マグダラはどこだっ!?」

「そ、それは……まだマグダラ様の居所が……」


 まさか、こいつらは俺たちを裏切って、マグダラを監禁したのではあるまいな!?


「俺の大切な従姉妹、俺のマグダラはどこだ……?」

「ゆ、行方不明ですっ!」


「行方不明だなんてことがあるかっ!! 俺は神殿の全権をマグダラに委任したのだぞ!!」

「そう言われても、いくら探しても連絡が付かないのですっ!!」


「バカな! 貴様はマグダラが、自分から、姿を消したとでも、言いたいのか……っっ!?」


 いや、待てよ……。

 なぜ、テンプルナイトの過半数が召集に応じないのだ?

 なぜ、祭司長が不在なのだ?

 なぜ、マグダラは従兄弟である俺に会いに来ない……?


 マグダラ……? お前……まさか……。


「マグダラは、俺を、裏切ったのか……?」


 そう俺がつぶやくと、部隊長は途端に対する態度を変えた。

 蔑むような目で俺を見下し、己の剣へと片手をかけて一歩引き下がった。


「御子様に弓引く浅ましき逆賊、ガブリエル」


「ほう、貴様、よっぽど死にたいようだな……」

「死ぬのはお前だ。お前のような反逆者に、マグダラ様と祭司長の後は追わせない」


 次々とテンプルナイトどもが祭司長の部屋に流れ込んできた。

 やつはら俺を取り囲み、剣を抜いて敵意を剥き出しにした。


「答えろ……。マグダラは……俺を、裏切ったのか……?」

「当たり前だ、この外道!!」

「陛下の温情をむげにして、クーデターに荷担した貴様に、マグダラ様が同情すると思ったかっ!」

「今頃マグダラ様は、我らの主力と祭司長様とご一緒に、遠方に落ち延びておられるわっ!」


 いつだって俺を肯定してくれた、俺のかわいいマグダラが、お、俺を、裏切った……?

 う、嘘だ……。アイツだけは、俺の味方だと、ずっと、そう思っていたのに……う、嘘だ、嘘だ、こんなことがあるはずがないっっ!!


「ヒ、ヒヒヒッ、ヒハハハハハッ……なんてことだ、なんということだ! ああ、もうどうでもいい、殺してやる……。貴様らは皆殺しだ……。貴様らを殺してっ、恐怖でマグダラを正気に戻してやる!!」

「思い上がるなよ、ガブリエル!!」


 昨日までの俺なら撤退していたが、今日の俺は違った。

 俺は我が君より授かった魔剣を引き抜き、最初の1匹目をテンプルナイトの重鎧ごと真っ二つにしてやった。


 血と臓物がドバッと吹き出て、目の前で戦士が死を迎えてゆく。癖になってしまいそうな甘美な手応えだった……。


「命乞いはもう聞かん……皆殺しにしてやる……」


 この剣は何か変だ。

 振れば振るほどに力が増してゆく。斬れば斬るほどに返り血がもっと欲しくなる! 人斬りが楽しくなる!


 俺は欲望のままに、神殿の連中が1匹残らず逃げ出すまで、殺人鬼となって暴れ回った!


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