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17-4.動力泥棒 - 今は名も無き英雄 -

分割の都合で、今回から文字数が乱高下します。

「お前、噂よりずっといいやつじゃねぇか」

「そういうアンタは、盗賊には褒め言葉にならないとわかってて言っていないか?」


「へっ、まだ若いくせにひねくれてやがんな」

「アンタには言われたくない」


 ランドは麻痺で動けない同僚から動力室の鍵を1本ずつ奪い、厳重な二重式の扉を開いていった。


「……少し待ってろ、動力を落とす」

「頼む」


 内部に入ると彼はレバーが無数にある不思議な装置を淡々と操作していった。俺の方は戦闘不能にした兵士を動力室に運び、それが済むとガラス張りの壁越しに【動力】とやらを見つめた。


 それは拳ほどもある巨大なルビーで、見れば鳩の血(ピジョンブラッド)と呼ばれる深く高貴な輝きを持っている。宝飾品としてカットされたのではなく、原石から不純物だけを取り除いたその形状はでこぼことしており、まるで光り輝く心臓のようにも見えた。


「気味悪いほど綺麗だろ……。神様の心臓だって呼ぶやつもいる」

「神なんていないさ」


「おっと、神殿の連中が聞いたらキレるぜ、そういうの」

「神に感謝できるのは、恵まれた生まれにある連中だけだ」


「いや、そうとも限らねぇと俺は思うがな……。ん、終わった。このレバーを落とせば、東側全ての動力が落ちる。その後なら触っても大丈夫なはずだぜ」

「助かったよ、ランド。大変なのはここからだがな……」


 動力を盗んだら橋全体の魔法照明が落ちる。

 もちろん跳ね橋は使えない。よって俺たちは、これから日没の大河にダイブすることになる。


「ならぶっちゃけていいか?」

「なんだ?」


「俺、泳ぐのは下手なんだ」

「おい……。それは大丈夫なのか……?」


「さあな……。けど、人生をやり直すならちょうど良い賭けだろ。いつか英雄ドゥに手を貸したって、自慢話も家族にできるしな……」

「……そうか? ならその時は好きなだけ脚色するといい、アンタに口裏を合わせてやる。覚悟が付いたら動力を落としてくれ、少しくらいは待つぞ」


 ガラス張りの壁には扉が付いている。施錠の方は俺の手で既にサッと解いてあった。

 俺はモモゾウを袋に入れ、その袋の中から布袋を取り出した。


「よし、いくぜ……」

「やってくれ」


 ランドがレバーを下げると、バチンッと破裂するような物音が動力から響いて、魔法の照明が暗い赤色に切り替わった。

 生憎だがそれに驚いている暇はない。俺は台座に落ちた動力(ルビー)を袋に詰めて、ランドと共に動力棟の出口に走った。


「ランドッ、お前っ、裏切ったな!! ぐぁっ?!」


 入り口の門番が裏切りに気付いて突入してきた。当然、想定内だ。

 俺はランドを囮にして側面に回り込むと、兵士2名に足払いを仕掛けて転倒させた。


「はははっ、裏切り者はお前らの方だろがっ!!」

「待てっ、逃げるなっ!」

「動力泥棒っ、動力泥棒っ、至急援軍をっっ!!」


「もう遅い!! 行こうぜ、ルード!!」

「ああ、アンタこそビビるなよ」


 動力棟を飛び出すと、警備兵たちがこちらに急行してきていた。


 だがランドが言う通りもう遅い。動力棟を出れば大河はすぐこそだ。ランドは目もくらむほどに高い跳ね橋から、遙か真下に広がる暗闇の河へと勇敢にもブレーキ一つかけずに、飛び降りた。


「お先にー!!」

「対岸でな、相棒」


 俺もモモンガに生まれたかったよ、モモゾウ。

 腹膜を広げて滑空してゆくモモゾウを眺めながら、俺は暗闇の大河へと真っ逆さまに落ちた。水は凍えるほどに冷たく、流れは思いの他に速く激しく、ただ浮き上がるだけで精一杯だった。



 ・



 せき込みながら肺に入った水を吐いて、俺は岸辺に倒れ込みながら乱れた呼吸を整えた。

 やがてそこにモモゾウが飛んできて、息が戻るのを何も言わずに待ってくれた。


「死ぬかと、思った……」

「よかった……。ボクチン、心配したんだよ……」


「モモゾウ、悪いがランドを探してきてくれないか……。もうここで少し休んでいたい……」

「寒かったら言ってね? ボクチンが湯たんぽになるよっ」


「はは……それは遠慮する。お前まで濡れてしまう」

「いいのっ! 後でねっ!」


 モモゾウが岸の下流へと飛んでいった。

 呼吸よりも寒気の方が勝るようになると、俺は肌に張り付く服を1枚脱いでは絞って、最終的に全裸になった。


「ディシムのやつ、元気かな……」


 あのおっさん女の炎魔法があれば、こんな寒い思いをしなくても済んだ。


 ソドムさんが下手な歌声を奏でながら、上手い料理を作ってくれたはずだ。細かいことはやさしいラケルがなんでも代わりにやってくれて、彼女がいればペニチュアお姉ちゃんも手がかからなかった。


 カーネリアは最高の話し相手だ。彼女が恋しい。

 ……と、全裸で恋しがっても風情がないか。


「ドゥッ、大変っ、大変っ、ランドが……っ」

「溺れたのか!? 案内してくれ!」


 湿った衣服とモモゾウを抱えて岸を走った。

 ランドのことは使い捨てられる悪人だと割り切っていた。実際、アイツは仲間を裏切った。


 やむを得ない事情があったポールとは違い、金目当てで仲間の安全を売り払った。

 あの動力棟でヤツが本音を漏らすまで、てっきりそうとばかり思っていた。だが違った。


「金……。ドゥ、届け……、村……家、族…………」

「おいっ、しっかりしろ、息をしろっ!」


「金、は……シーダー、ホロウ……村……頼、む……」

「クソッ、死ぬな! 死ぬなって言っているだろう! 起きろっ!」


 ランドは家族に金を届けてやり直したかったんだろう。


 俺は彼に水を吐かせ、人工呼吸を施した。だが、結局はダメだった。泳げないくせに作戦に加わったバカ野郎は、冷たい骸となって川辺で末路を迎えていた。


「ドゥ、悲しいのはわかるけど、そろそろ逃げなきゃドゥが捕まっちゃうよ……」

「忘れてた……。追ってから逃げないとな……」


「しっかりしてよ、ドゥ!」

「ああ……逃げよう、モモゾウ」


「待って!」

「ん、なんだ?」


「ドゥッ、パンツだけははいて!!」

「……あ」


 犠牲は出たが目的は達した。アインガルド大橋は戦略的価値を失い、敵主力は大幅な迂回か、船での橋渡しを余儀なくされた。

 俺はアインガルド市郊外を離脱し、森に隠した残金や衣服を回収すると、次の目的地をシーダーホロウ村に変更した。



 ・



 訃報と金を持って家族の家を訪ねるのは、兵士たちだけの重責とばかり思っていた。

 シーダーホロウ村は薄暗く土地の痩せた村だった。


 俺はランド――シーダーホロウのランドリックの家を訪ね、決めておいた訃報の言葉を胸の中で復唱しながら、家主の応対を待った。


「誰……?」

「ここの子か? ランドリックのことで伝えたいことがあってきた」


「大変お母さん! またお父さんがバカやったみたい!」

「い、いや……違うんだが……」


 どうも予想していた展開と異なった……。

 女の子は畑の方に向かい、兄弟と母親を連れて戻ってきた。


「あぁ、うちの亭主がまた人様に迷惑をかけたの? ああもう、あの人にはうんざり……」

「待って、母さんは悪くないんだ! 俺たちは親父のことを家族だなんて思っちゃいないよっ!」

「お金は返せないの……。お願い、お母さんをいじめないで……」


 俺は言葉を失ってしまった。

 彼らは俺を借金取りか、踏み倒しの報復にきたマフィアか何かだと思っていた。


 なぜあの男が必死になって金を欲しがっていたのか、これ以上ないほどに納得もさせられた。家族としてやり直すためには金が必要だったのだろう。


「出てきてくれ、モモゾウ。芸でもして場をなごませてくれ」

「もう、しょうがないなぁ……。こんにちは、みんな!」

「わっ、モモンガが喋ったっ!?」


 こういう田舎の方にはモモゾウを連れた盗賊の話は、まだ十分には伝わっていないようだ。彼らはモモゾウを珍しそうに見たり、踊り回る姿に興奮してはしゃぐだけだった。


「あんたうちの亭主と、どういう関係なの……?」


 破壊工作への協力を求めて、彼の死を招いた関係だ。そう伝えなければならない。


「俺の名は盗賊ドゥ」

「お兄ちゃん、泥棒さんなの……?」

「俺知ってる! それって、勇者様の仲間だろっ!?」


「ああ、カーネリアは大切な友達だ。それで、ランドの話だが……」

「もしかして……。ランドリックは、死んだのですか……?」


「ああそうだ、アイツは死んだ……。俺はそれを伝えにきた」

「ランドはね、ボクチンたちを助けてくれたの……」


 家族が痛々しくて胸が締め付けられるようだった。

 けれども、彼らは家族の死を悲しまなかった。喜びもしなかったが、表情は穏やかなものだった。


「俺は今、アイオス王子と共に反乱軍と戦ってる。勝つためにはアインガルド大橋を止める必要があった。だから、ランドに協力を求め、彼と共に橋の動力を盗み取った」

「親父が義賊ドゥの仲間になったのか!? すげぇ!」


 俺は盗賊だ。


「最後は大河に飛び降りて泳ぐ計画だったが……」

「え……。あの人は、泳げないはずです……。ずっと、村では金槌で通っていて……」


 おい、ランド……。泳ぐのが下手とは聞いていたが、金槌とは聞いていないぞ……。

 ならばあの男にとって今回の作戦は、人生を変えるための、命の賭けだったってことになる……。


「ランドは溺れて死んでしまった。どうか、これを……」


 父親が金貨20枚になって帰ってくるなんて、家族にとっては悲劇だ。

 俺は個人的な理由で増額させた金貨を妻に差し出した。彼女は受け取ると、すぐに袋の口を開いて、それから――


「ふっ、ふふふっ、うふふふふっ……えっ、こんなに……っ!?」

「すげぇ、これっ、本物の金貨かよっ!?」

「お母さんっ、これで借金っ、返せるっ?!」


 貧困にあえぐ家族たちは金貨の山に歓喜した。命を賭けてこの国を救おうとしたランドを少しも追悼しとうともせずに、金に目がくらんでしまっていた!


「返せるっ、たっぷりお釣りが残るくらいある! 嘘、1000万オーラムもあるじゃないっ!?」

「やったっ、借金取りとはもうさよならだ!」

「よかった……ああ、よかった……っ!」


 彼らが浮かべたのは嬉し涙だけだった。

 ランドのやつがいたたまれなく、俺とモモゾウはとても悲しくなった。

 彼は英雄だ。金に目がくらんだバカななんか父親じゃない……。


 ランドは家族とやり直したくて危険に身を投じたのに、その家族は少しも死を(いた)んでくれない……。

 家族の言葉は借金返済の段取りと、残金の用途ばかりで、ランドの話は1つもなかった……。


「ランドリックは、アンタたちにとっては確かにクズ野郎だったのかもしれない。だが、俺の知るランドという男は、軽薄ではあるが祖国のために命を賭けた、英雄だった」

「違う、父ちゃんはクズだ! クズはクズだよっ、義賊ドゥ!」


「だがその金は、アイツが命を賭けてアンタたちと仲直りするために稼いだ金だ! クズであろうと、俺の知るランドリックは英雄だ! 俺はあの男を誇りに思う!!」


 反論はいらないと背中を向けて、俺は家族の元を去った。

 俺にはショックだった。俺は無意識に、ランドと自分を重ねていたのだと思う。王都で暮らす母と弟は、こんなふうに俺を拒むのかもしれない……。


 俺とモモゾウはシーダーホロウ村を去った。

 彼は危険を冒して負債を帳消しにして死んだ。動機の一部は金だったのかもしれないが、彼の献身がベロス率いる敵主力の進軍を封じた。


「ピィィ……こんなの、ランドが可哀想だよ……。あのおじさん不良っぽかったけど、いいやつだったのに……」

「もういいさ。それにいつかはあいつらも気付く。自分の父親がこの国を救った英雄だったってことにな」


「うんっ、勝たなきゃいけない理由がまた増えたね! がんばろ、がんばろっ!」

「負ける予定なんて最初からないさ」


 足止め成功。アインガルド大橋の停止は、残る東側諸侯の動向にも大きく影響するだろう。

 俺たちは勝利の報告を手に、仲間の待つランゴバルド領へと引き返していった。


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