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17-3.動力泥棒 - 潜入、破壊工作 -

 こうしてこの夜、俺はアインガルド大橋に運ばれた。


「その大樽は……?」

「モース伯爵閣下の特殊戦略物資です」


「特殊戦略……ああ、つまり商売女か……。まったく、我らの苦労も知らずに……さっさと通れ、目障りだ……」


 入り口の検問は樽に潜んで突破した。

 商売女が兵士の格好をして、大橋の防衛にあたっている伯爵様を訪ねる。そんなカバーストーリーが通用するように、顔に厚い化粧を施してあった。


「待てポール、その荷物はなんだ……?」

「伯爵様の特殊戦略物資です」


「……はぁぁっ。そうか、何も見なかったことにしておこう。行け……」

「はっ!」


 何度か止められたが、モース伯爵の好色家っぷりは私兵たちの間でも有名だったようだ。

 やがて俺は目的地でもある制御棟の倉庫に到着し、ようやくビール臭い樽から抜け出せることになった。


「はぁぁぁっ、き、肝が冷えた……っ。よくこんな商売を続けていられるな、ドゥ……ッ」

「違うだろ、今の俺は兵士ルードだ」


「そうだったな……。後はランドのところまで案内するだけか……」

「それが済んだら離脱して故郷に帰っていい。戦後にまた会おう」


「気を抜くには早すぎるだろ、ルード」

「はっ、言うじゃないか。別れの挨拶を先にしておきたかったんだ」


「健闘を祈るよ」

「ありがとう。仲間を守るために必ず成功させる」


 アインガルド大橋の動力は西側と東側のそれぞれに1つずつある。

 この橋は無数の跳ね橋が連結された特殊構造になっている。跳ね橋が上がるのは日没。昼は人のために橋を渡し、夜は交易船たちのために橋を上げる。


 なのでしばらくここで待機して、跳ね橋が上がるのを待たなくてはならない。

 よって帰りは当然ながら、日没後の大河に飛び込むことになる。


「モモゾウ、いつもの仕事を頼めるか?」

「うんっ、任せてっ」


「俺たちは泥棒も得意だが、どうやら潜入工作員にも向いているみたいだな。行ってこい、エージェント・モモゾウ」

「エージェント!? ボクチン、カッコイイ……ッッ」


 モモゾウに先行してもらってルートの安全確認を待った。


「……もう離脱してもいいぞ。今なら橋が上がる前に戻れる」

「最後まで付き合う。そういう人間を求めて俺を選んだんだろう?」


「そうなんだが……。娘にとって父親は大切な存在だ、死んだら悲しむぞ」

「でも後日雇ってくれるんだろ? 今抜けたらその時に顔向けできない。お、橋が動き出したようだ」


 アインガルド大橋特有の奇妙な警報が鳴って『ガタン、ガタン、ガタン』と大きな轟音が建物全体に響き渡った。

 その騒音は4,5分ほどでようやく止み、ちょうどそれに合わせてモモゾウも戻ってきた。


「兵隊さんが一番少ない道、案内するね」

「何かあれば俺がごまかす。先走りは止めてくれ、できれば同僚を傷つけたくない……」

「頼む。ダメなら麻痺毒を使う」


 麻痺毒を使い切ったら、ポールには悪いが斬るしかない。

 俺たちは気持ちを引き締めて、倉庫から動力部へと向かった。


「よう、ポール」

「やあ」


「そいつは誰だい?」

「ルードだ、今日着任したばかりで中を案内してやっている」


「へー、よろしくな、ルード。俺はクルーゼだ」


 1人目の巡回、問題なし。

 ポールはよっぽど信頼と人望があるようだ。誰もポールを疑わなかった。


「む、お前は……」

「曹長、こちらはルードです。今日着任したばかりなので――」


「ん……それは妙だな、そんな話は聞いていないぞ?」

「俺から話そう。曹長殿、俺はルード。これは親愛の証だ」


 袋の中でわざと貨幣を鳴らし、握った手を曹長の顔の前に差し出した。


「ほう、羽振りのいいやつだな。特別に貰ってやろう」

「お目こぼし感謝します」


 麻痺の粉を吹き付けてやろうかとも思ったが、悪人の勘でなんとなくわかった。こいつはどっちかというと悪党だと。

 銀貨5枚で彼はその場を去っていって、俺たちは再び進んだ。


「ショックだ……信じていたのに……」

「はっ、そのセリフは近い将来アイツが吐くことになる。……動力棟というのはアレか?」


「ランドに取り次ぐ。薬の金をありがとう……本当に、感謝している……」

「アンタが実力で稼いだ金だ、感謝はいらない」


 動力棟の前までやってくると、ポールが話を付けてくれた。

 扉の奥からあの軽薄なランドが現れて、ついに自分の出番がきたかとヤツは頼もしくも笑っていた。


 ポールは静かにその場を去り、2名の門番たちの疑いの目線が残った。


「おいランド、この男はなんだ……?」

「ちょっと中を見学したいんだってよ、通してやってくれよ」


「お前ふざけるなよ、ランドッ! むっ……」

「お、おい……それ、金貨か……?」

「俺は学者でな、どういう仕組みでこれが動いているか知りたいだけなんだ。中を見せてくれないか?」


「だ、だが……なっ!?」

「そうか、なら2枚にしよう。ダメか?」


 門番たちは黙って金貨を受け取り、道を開けてくれた。

 ランドのやつは楽しそうだ。そこの状況で笑えるとは大したやつだった。


 しかし動力室の前までゆくとまた道を阻まれた。

 まあ当然だろう。敵がこの橋の動力を狙っているのは明らかだからな。


「コイツはハリル、兵士に化けちゃいるが学者のハリルだ。中、見せてくれねぇか?」


 金貨1枚、2枚、3枚……。

 枚数を増やしていっても動力室の門番の顔色は変わらなかった。やつらは剣に手をかけた。


「待て、わかった! ならこれでどうだ!?」


 俺が取り出したのはモモゾウだ。それと指先に麻痺の粉を少々。そいつにモモゾウが息を吹きかけると粉が舞い、兵士たちは剣を振り上げたところで床へと倒れ込んでいた。


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