6-1.豚貴族の懐に吹くつむじ風 1/2
変装を済ませて雑貨屋の裏口を出ると、ちょうどそこにオデットがロバ車を引いて戻ってきた。オデットは俺にお辞儀をした。
「ありがとうございました、またお越し下さい」
「ええ、とっても素敵なお店だったわ♪ ……はっ、なんてな」
女声から地声に戻して、俺だよと口元をひきつらせて笑ってやった。
「ひぇっっ?! まっまままっ、まさかドゥッ?!」
「なんでそんなに驚く。コイツはアンタが調達してきた服だろう」
「だ、だって……っ、だって、ここまで完璧だなんて、思わなかったんだもの……」
「当然だ。別人に化けられなければ変装にならない」
ピッチェ子爵は女好きで、十数名ものメイドを屋敷に雇い入れているそうだ。だからメイドに化けることにした。
「ヤバ、綺麗……。綺麗っていうか、な、なんで!? もしかしてドゥってそういう趣味だったの!?」
「つまらないことを気にするな」
「全然つまらなくないよっ、これって大事件だよっ!?」
「……これは趣味じゃない」
「じゃあ何さ!? だったらなんでそんなに化粧が上手いのよっ!?」
「毎日怠けず練習したからだ。巧みな変装1つで盗みが楽になるなら、必要に応じて女にだってなるさ」
これは盗賊王に教わった誇りある技術だ。恥じる点などどこにもない。
女の姿をすれば敵は油断し、メイドの格好をすれば屋敷内での行動が容易になる。絵本の中の大盗賊のように、ド派手な衣装で盗みを働くバカは現実にはいない。
「す、凄い……。よくわかんないけど、すご……っ、凄すぎ……後で化粧、私に教えて欲しいくらい……すご……」
「時間があったらな。では後で合流しよう、行ってくる」
オデットといったん別れ、宵闇の中をピッチェ子爵の屋敷前まで歩いた。
屋敷の周囲は静かな林に囲まれている。側面に回り込んで軽やかに塀を駆け上ると、煌々と明かりの灯った屋敷と広大な庭園が目前に広がった。
「もし、衛兵さん……」
「ん……見かけない顔だな。新入りか?」
屋敷のエントランスに入ると、人の良さそうな兵士がいたので利用することにした。
「は、はい……。本日からご奉公を……」
「そうか、それは可哀想に……」
「え……可哀想、ですか……?」
「い、いや、なんでもない。それよりどうした、道がわからないのか?」
「はい……。ご主人様のところに来るよう、言われたのですが……」
軽く調べた話によると、ここの宝物庫には魔法の鍵がかかっている。
わかりやすく言えば、ピッキングが通用しない盗賊殺しの鍵だ。よって、まずは魔法の鍵を盗む。
「あの変態オヤジめ……。こんな可憐な娘にまで、クソッ……」
「変態、ですか……?」
「ピッチェ様のお部屋なら、そこを上った先にある大扉の向こうだ。気を強く持つといい……何かあれば相談に乗る……」
「ありがとうございます。貴方のような方がいるなら私、なんとかやっていけそうです……」
「いや、待て!」
「はい……?」
「純潔を気にするのは一部の男だけだ……。そのことを忘れるな……」
「……はい」
闇組織カドゥケスにいた頃を少し思い出してしまった。
どうして権力を持った悪人というのは、こういう趣味ばかりに走るのだろう。
エントランスホールの階段から2階に上がり、その先のピッチェ子爵の部屋の扉をノックした。
「ご、ご主人様……お、おね、お願いが、あってきました……」
「……ほぅ、これは思わぬお客様だみゃ、入るがいいみゃぁ。ワシは忙しい身だがみゃぁ、話くらいなら聞いてやるみゃぁよ」
キモい……。想像以上にキモい声に背筋を震わせながら扉をくぐると、姿形も薄汚かった。言うなればそれは、ヒキガエルのような姿をした豚貴族だった。
「おぉぉぉーっ、こんなめんこい子、うちの屋敷にいたかみゃぁっ?! ヒヒヒヒッ、ウヒヒヒッ!!」
「うっ、きっつ……。じゃなくて、ご、ご主人様……私、お願いが……」
「うんうん、ワシがなんでも聞いてやるみゃぁよぉ。ちこう寄れ、さ、このベッドに来るみゃ」
「ぇっ……。で、でも……」
「ヒヒヒッ、そっちから来ないならこっちから行くみゃ! 怖がらなくてもいいんだよぉ、ブヒヒヒッ!」
ヒキガエルはベッドをきしませてこちらに迫ってくると、その巨体で気弱なメイドを抱き上げた。そして戸惑う少女を演じる俺をベッドへと運び、寝そべらせる。それから当然のようにのし掛かってきた!
「えっ、えっ……?! や、やめ……わ、私、そういうつもりで来たんじゃありません……っ。や、止めて……っ」
「少しだけ我慢するみゃ……。全てが終わったら、ワシがなんでもおみゃぁのお願いを叶えてやるみゃぁ……」
「本当、ですか……?」
「金か? 家族か? それとも身内の恩赦か? 言ってみよ。……ん? 何か、感触に違和感が……ブギャァッッ?!」
刺す予定はなかった。だがあまりにもキモくてつい、ついヤツの首筋をナイフで撫でしまった。
動脈は傷つけていないが傷口から汚い血液がシーツにしたたり落ちて、ヤツが大声を上げる前に口へと手ぬぐいを突っ込んだ。
「抵抗したら殺す。まず俺の上からどけ、薄汚いヒキガエル野郎」
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