17-2.動力泥棒 - 誠実なポールと軽薄なランド -
酒場[ネズミの牙]はざっと見て80席はありそうな広い酒場だった。
店は1階と2階に分かれていて、2階は半裸の女が接客をするいかにもな安いキャバレーだった。
金に困っているやつを探すなら、当然1階の方が都合がよかった。
俺は奥の薄暗い席に落ち着くと、ぬるくて薄いビールをゆっくりと飲みながら、ナッツと川魚の煮干しをつまみにして蜘蛛の糸を張った。
「ほら、うちからのサービスだ。さっきのチップは多すぎる」
「しばらくこの席に座り込みたい。その場所代のつもりだったんだがな」
「ならもっと注文してくれよ、金貸しさん。うちは水夫専門だったんだがな、今じゃ店中兵隊だらけで、誰も寄り付かねぇんだよ……」
「客がきてくれるだけでも恵まれていると思えばいい。この海鮮揚げってやつと、カツォーネのたたきを頼む」
「そりゃ毎度!」
袖の下込みで銀貨を3枚差し出すと、店主はえらく気をよくして厨房にオーダーを届けに行った。
店内にはまだ昼間だというのに客が8人もおり、うち6名は軽装をまとった兵士たちだった。
俺は地道に待った。海鮮揚げとカツォーネのたたきをちまちまとやりながらただ待った。
ここからならば1階の全体を見渡せる。聞き耳を立て、姿や挙動から人物の特徴を探り、1匹の蜘蛛となって獲物を待ち続けた。
人柄に信頼ができて、金に飢えているやつが理想だ。今回の盗みの危険性を考えれば、軽薄な人間を採用すれば途中で裏切られるのが見えている。
まずはターゲットを絞り込み、次に金貸しとして接触し、最終的に買収へと持ち込む。
俺はじっくりと時間をかけて、膝の上のモモゾウにナッツや水を与えながら機会を静かに待ち続けた。
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それから2日が経過した夜、俺は長い観察を止めて買収に動き出した。ようやく理想のターゲットが見つかったからだ。
それは病の娘を持つ若い兵士で、名前をポールという。彼はとても金に困っている。
彼は難病に冒された娘のために薬を買わなければならなかったが、内戦のあおりを受けてその薬が高騰してしまっていた。
自分の給料ではとても買い続けられないと、ポールは悲しそうに目を赤くして嘆いていたが、借金には消極的だった。兵士の発給ではとても返せないと、彼はちゃんとわかっていた。
「ポール、ちょっと上の個室で話せないか? 場合によっては無償で融資をしてやってもいい」
「本当か、ハリル!? ……わかった、話を聞こう」
2階のキャバレーが始まるのは夕方からだ。
俺は既に買収済みの店主の許しを得て、2階の個室へとポールを連れ込んだ。席に座るなりすぐに金貨を見せつけた。
「か、金……」
「ああ、これだけあれば薬が山ほど買える。内戦が終わるまで十分にもつだろう」
「お前、本当に金貸しだったのか……」
その言葉には同意も否定もしないでおいた。
ポールが食い入るように金貨を見つめ、俺はその姿に同情を覚えながらもほくそ笑んだ。俺は蜘蛛で、ポールは網にかかった得物だった。
「大きな危険を冒す覚悟はあるか? 命を失うかもしれないリスクを支払ってでも、娘を救う覚悟はあるか?」
「ある……っ、あるに決まっているだろう……っ、たった1人の俺の子なんだっ! ハリル、俺は何をすればいい……!?」
「娘のために仲間を裏切ると言ってくれ。小声でいい」
「ッッ……。まあ、そういう話だろうなとは、思っていたよ……」
「言えないなら話はここまでだ」
もう自分が何の片棒を担がされるか、薄々は感づいているだろう。彼はアインガルド大橋の警備担当だ。仲間の信頼も厚く、人を裏切るような人間ではない。だからこそ、駒としても理想的だった。
「俺は……俺は、あの子は……大事な娘なんだ……。大事な娘のために……っ、お、俺は……仲間を……っ、う、裏切る……っっ、裏切るよ……っ」
「誓えるか?」
「ああっ、誓うっ、娘のためならっ、なんだってするっっ!」
「……モモゾウ、出てきてくれ」
袋を揺すって中のモモゾウを起こすと、そこから寝ぼけたモモンガがヒョッコリと顔を出した。ポールは噂を聞いたことがあるようで、愛らしいモモゾウの姿に目を広げて驚いていた。
「ま、まさ、か……」
「やれやれ、こうも有名になるとやはりやりにくいな。コイツはモモゾウ、盗賊モモゾウだ。そして俺は――」
「義賊ドゥ……ッ?!」
「違う、俺は義賊じゃない、ただの傲慢で身勝手な盗賊だ」
俺の正体を知ると、見る見るうちに彼の顔付きが変わっていった。
これから命の危険を冒すというのにおかしな話だが、そこにあったのは希望と笑顔だ。
「英雄ドゥ……そうか、お前だったのか……。それなら俺は喜んでお前に協力する! どうか頼む、祖国を救ってくれっ! お前なら、もしかしたら……っ!」
勇者カーネリアと盗賊ドゥの英雄伝説は、思わぬところでプラスに働いてくれた。
「今回は俺とアンタで一緒に救おう。もう察していると思うが、俺は跳ね橋の動力を盗みにやってきた。約束を守ってくれるというなら、800万オーラムの支払いを約束しよう」
50万オーラム金貨を16枚詰んで、彼の手元に差し出した。
「こんなに、いいのか……?」
「アンタを信じての一括前払いだ、すぐに故郷に送ってやれ」
自分でも甘いとは思うが、娘さんに死なれたら気分が悪い。
「ありがとう……っ、ありがとう……っっ! これだけあれば、ラナが助かる……っ」
「娘さんの病気、治るといいな」
「英雄ドゥ、俺はお前のために命を賭けると約束する……。跳ね橋を止めよう、こんな反乱は、許されることじゃない……。陛下にこの町を返さなくては……」
「潜入の手引きを頼む。跳ね橋の動力まで、俺を手引きしてくれ」
この破壊工作の失敗は反乱軍の勝利を意味する。必ず成功させなくてはならない。
そう彼に説明して、俺は兵士ポールを共犯者として招き入れた。
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ポールと共に下準備に2日をかけた。もっと時間をかけたかったが、ベロス率いる主力がすぐそこにやってきているという情報を彼から聞いて、3日目の夕方に決行と決まった。
『盗賊ドゥ!? マジかよっ、このクロイツェルシュタインで、あんたのファンじゃねぇ平民なんていねぇよ! 頼むっ、俺も金に困ってんだっ、手伝わせてくれ!』
ポールは有能で人望があった。動力室に入るには、動力室で勤務する兵を抱き込む必要があると言い、自分同様に金に困っている男を推薦してくれた。
『アンタ、仲間を裏切る覚悟はあるか?』
『裏切ってやるよっ、こんなつまらん内戦で死んでたまるかっ! 俺は金を持って……そんで、故郷に帰って……いちからやり直すんだよっ!』
『報酬は後払い、800万オーラムだ。戦後はランゴバルド領で雇用してやる。この条件でどうだ、ランド?』
『あんたの手助けができる上に、金まで貰えるなら得しかねぇな! 乗った!』
ランドという男は軽薄でわかりやすいやつだった。
刹那的な性格だと判断して、後払いの報酬を条件にした。少なくともコイツは全くの善人というわけではなさそうだった。




