17-1.動力泥棒 - 大橋の都市アインガルド -
アインガルド市は古くより宿場町として栄えている。
王都にはずっと劣るが大河を使った水運も活発で、大都市と呼んでも差し支えがないほどによく栄えている。支配者は国王ペレイラ・クロイツェルシュタイン。ここは古くより続く王家の直轄地だ。
「止まれ、何者だ?」
「俺か? 俺はハリル、金貸しのハリルだ」
だが今は反乱軍に占領されてしまっている。
東門からアインガルド市に入ろうとすると、そこでどこぞの諸侯の私兵たちが検問をしいていた。
「金貸し? 金の亡者の間違いだろ」
「ああ、アンタたちがこうして都市を封鎖してくれているからな。おかえでこっちは顧客に困らない」
「さっさと没落しろ、汚い高利貸しが」
「金利に文句があるなら領主に言いな。……通るぜ」
ここでは金貸しのハリルと名乗る。
いかにも金を持っていそうな革張りのコートに、脂で固めた七三分けの髪型に、ゴテゴテとした指輪を7つも指に通して、狡猾な男を演じると私兵は道を開けてくれた。
「上手くいった……?」
「ああ。だがあまり喋るな、不審者だと思われる」
「じゃ、ボクチンはお昼寝の続きしてるね」
「そうしていてくれ」
モモゾウは表には出せない。モモンガを連れているだけで正体を疑われるからだ。
俺は袋の中で熟睡するのんきなやつと一緒に、アインガルド市を直感任せに散策した。町中が貴族の私兵だらけだった。
まずは下調べだ。アインガルド大橋を目指して昼過ぎの町を歩く。
町の景気はだいぶ悪そうだ。見た感じでは3,4割の店が休業している様子で、ある一角では運送屋たちが空の荷車に腰掛けて酷く退屈そうにしていた。
「調子はどうだ?」
「あぁ? お前……金貸しか? あっち行け、俺の仲間に近寄るんじゃねぇよ」
声をかけるとそのうちの2名がこちらにやってきた。片方は屈強な体躯を中年男で、もう片方はよくいる出稼ぎ労働者だ。どちらも上半身を裸にしていて、少し汗が臭った。
「景気を聞いただけだろう。どうなんだ?」
「うるせぇなっ、なんの仕事もねーよっ! 水運も陸運もっ、橋の警備がなんたらってよぉっ!」
「このままじゃおらたち干上がっちまうべ……」
「流通が死んでいるのか?」
「以前の1割も仕事さこねーべ……」
「仕事を貰えるのは、あの反逆者どもにおべっかを売れるクソ野郎だけだ……。ああクソッ、話してたらまた腹立ってきたやがったっ、どいつもこいつもっ、陛下を裏切りやがって!」
「おらはお断りだべっ! ここは王様の領地だべよっ!」
「これは想像以上に深刻だな。ほら、コイツは情報代だ」
1000オーラム銀貨2枚を頭上に爪弾いてその場を離れた。
今の俺は金貸しだ。羽振りの良い姿を見せるのが仕事みたいなものだ。
「おいっ、そこの……ギャング、いや、金貸しか……? とにかくそれ以上は橋に近付くな」
さらに町を歩いてアインガルド大橋に近付こうとすると、巡回中の私兵が俺の道を阻んだ。アインガルド大橋の入り口には、バリケードを含む厳重な検問がしかれていた。
「渡れないのか?」
「民間人の利用は制限されている。届け出を出し、身分を証明すればいつかは通れるだろう」
「いつかって……。具体的に、どれくらいここで足止めされるんだ?」
「わからん。今のところ月に2度程度だ」
なら、民間人になりすまして忍び込むのは現実的ではないな。
予定通り、ここの兵士をターゲットにしよう。
「いくらなんでもそれはないだろう……」
「戦時中だ」
「だが市民は被害者だろう。橋の封鎖が長引けば暴動が起きるぞ」
「そんなことを俺に言われても困る。それで申請するのか、しないのか、どっちなんだ?」
警備は極めて厳重。いくら向こうがアホどもの烏合の衆でも、ここの戦略的重要性ばかりは理解できているようだ。やはりこの仕事、そう簡単ではない。
「渡るのは諦めよう。……ああそうだ、ついでに訪ねるが良い酒場を知らないか?」
「それならキマイラ亭がいい、成金どもが集まる店だ」
「そういう羽振りのいい店はちょっとな。できれば兵隊さんたちが行くような店がいい」
1000オーラム銀貨を5枚忍ばせて、もう一度彼に詳しく尋ねた。袖の下を渡すと、途端にソイツの人柄がわかるのだから面白い。一貫して無表情だった兵士は、薄ら笑いを浮かべていた。
「ならそこの道を南に行ったところに、ネズミの牙って酒場がある。兵士と水夫ばかりの店だ、金貸しには居心地がいいかもしれないな」
「なかなかよさそうだ。今から行ってみるよ」
目当ての情報を聞き出せたので、俺は兵士に背中を向けて言われた通りの道を歩きだした。
「おい」
「なんだ?」
「5枚では安い、後で酒を奢れ」
「いいぜ。好きなだけ飲ませてやるから、金に困っているやつを紹介してくれ」
「ふんっ、まあ考えておこう」
今度こそ橋の前を離れて、俺は件の酒場に向かった。
それにしても今日は気分がいい。会議室に閉じこめられて暮らすよりも、こうして盗みの標的やその足がかりを探す気ままの暮らしの方が、ずっと俺には幸せな生活だった。




