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14-2.王子ドゥ、燃え尽きる - 王子、誤解される -

「また誤解されたじゃない……」

「誤解された方がこうして接触する理由が自然になる」


「それは、そうだけど……」


 イレーネの前ではできないだらしない姿勢で、俺もまたため息を吐いた。音を立ててズズズと茶をすすると、やっと何かを飲んでいる気分になれた。


「お疲れさま。今日は偉かったね」

「はははは……」


 今日は今日とて大変な1日だった。今日だけで3人の諸侯がここにやってきて、彼らはアイオス王子に命を賭ける価値があるか見定めようとした。


 どれも下級の男爵様だったが、苦労もあって貴重な戦力が加わることになった。


「自画自賛は俺の趣味じゃないが、今日ばかりは自分でもそう思う」

「ごめんね……。こんなに大変だなんて私、思わなくて」


「だが結果は出ている。替え玉を用意しなかったら、あの諸侯が加わってくれたか怪しいものだ」

「ねぇ……私、後でドゥになんでもしてあげる……。だから、もう少しだけがんばってね……?」


 そう言われると悪いことを考えてしまいそうで、俺は残りの茶を一気に飲み干した。わざとげっぷを吐いてやると、だいぶ気分がスッとした。


「人がせっかく感謝してるのになんなのよーっ、その態度っっ!」

「頼まれなくてもがんばるよ。そうだ、さっきイレーネに肩を揉んでくれるって言われたよ」


「え、イレーネさんが? だったらそうしてもらったらよかったじゃない……」

「美人に言われるとかなり魅力的だったが、筋肉とか骨格でバレるな」


「あ、そっか……。じゃあ、えっとさ……私が、してあげよっか……? 美人じゃないけど……」

「頼む」


 茶を一気飲みして、オデットが俺の背中側に回った。彼女の温かくて繊細な指先が肩へと触れて、おっかなびっくりとした手付きで肩を揉み始めた。


「わっ、ガチガチじゃない……」

「当然だろ、一日中イスに座って、ああでもないこうでもないとやっているんだから」


「おつかれさま」

「アンタもな。後で交代しよう」


「い、いいよっ、そんなの……っ!?」

「そう言うと思って言ったんだ。うっ……」


 腹を立てたオデットは、指先を深く押し込んでグリグリと患部をいたぶった。


「もう、なんでそうヘソが曲がってるのよ……」

「うっ、おっ、うぐっ……お、おぉぉ……っっ?!」


「ふふっ、なんだかお父さんにしてあげてるみたい」


 楽しそうなオデットに肩を揉みほぐされながら、なんでもない雑談を交わした。これはイレーネが戻ってくるまでの短い幸せだ。


 そう思っていたのだが、彼女の帰りがずいぶんと遅い。すっかりオデットに癒された俺はイスから立ち上がった。


「じゃあ交代な」

「い、いいってばぁっ?!」


「座れ」

「だ、だめ、だめだよっ?!」


「座らないなら座らせる」

「ひゃっ?! ちょ、ちょっと、だめっ、わっわあぁーっ?!」


 半ば抱き上げるようにオデットを持ち上げると、ソファーに座らせてから彼女のほっそりとした肩へと指をはわせた。

 昔教わった技を使って驚かせてやろうとも思ったが、思いの外に凝り固まっていたのでそっちのいたずらは止めた。


「や、やば……き、気持ちいい……」

「気に入ってもらえてよかった」


「な、なんで、こんなに上手……あっ、ふぁぁぁ……っ♪」

「人に教わったんだ」


 反応が面白い。彼女が腰砕けになるまで軽くもてあそんだ。

 ところがノックもなしに応接間の扉が静かに開いた。隙間から顔をのぞかせたのはイレーネだ。彼女は俺の視線に気付くと、取り繕った様子で中へと入ってきた。


「キャッ?! ち、違いますっ、違うんですイレーネさんっ!! こ、これは、これは彼が勝手に……っ」

「殿下、大きくなられましたね……。オデットさん、どうか殿下をよろしくお願いいたします」


「だから違うんですっ、これはあのっ、誤解なんですイレーネさんっっ!」

「いいんです。いつ内戦の炎に消えるかもわからない貴方と殿下のお命。この状況で、身分などととやかく言えるものではありません。よかったですね、殿下!」

「そう言われても返事に困りますが……取りあえず『ありがとう』と言っておくことにします」


「感謝してないで否定してってばぁーっっ?!!」

「後ほど夕飯をお部屋にお持ちします。それまでお二人で、どうかお楽しみを」


 イレーネは職務を放棄して、再び応接間を去っていった。

 オデットがぐったりと前のめりに崩れる一方、俺の方は彼女のおかげですっかり調子がよくなっていた。


 そこに今度はプルメリアが現れた。


「何かようか?」

「あら、貴方を呼びにきたつもりだったのだけど……」


「俺を?」

「今日は諸侯と会食の約束があるって言ったでしょう?」


「いや、聞いていないはずだが」

「あら……。ごめんなさい、忘れていたかもしれないわ」

「ふーんだっ、私にあんなことしたドゥの自業自得だよっ! イレーネさんには私から言っておくし、さっさと行けばいいでしょ!」


「またオデットをいじめたの? 素直じゃないのね」

「肩を揉んでくれたから、揉み返してやっただけだ」

「ばっばばばっ、バラさないでよぉーっっ?!!」


 王子を演じるのは苦痛だが、こうして笑い合っていると生きている心地がして幸せだ。早く元の生活に戻りたい。


「さ、行きましょ。既に先方を待たせてしまっているの」

「わかった。オデット、またな。今夜もモモゾウのやつを頼む」

「うん、お勤めがんばってね」


 俺たちはオデットと別れて、会食場である高級レストランに向かった。


 ああ、気が進まない。マナー漬けのつまならいレストランより、薄くてぬるいビールとジャンクなナッツ、騒がしい荒くれどもが集まる酒場宿の方がずっといい……。


「ふふ、でも立派よ。誰もが成長した王子の姿に、大きな期待と信頼を寄せているわ。これならこの先、いくらでもアイオス王子の影武者としてやっていけそうね」

「絶対にお断りだ……。こんな仕事、俺はもう2度とやらんぞ……」


「あら、盗賊から足を洗うチャンスじゃない」

「バカなことを言うな……」


 アイオス王子……いや、アイオス。早く帰ってこい……。でないと俺の精神がもたん……。

 新たな援軍により、推定兵力差は今日の時点で77300:5000だ。戦力はついに4桁後半へと達していた。


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