13-2.偽りの王子ドゥ - ホワイトレイ伯と詐欺師の嘘 -
ただこの男、一筋縄ではいかなかった。
応接間にこの老ホワイトレイ伯を通すと、堅物の男はやっと口を開いた。
「失礼を承知で申す。ワシはアイオス王子を見定めにきた」
「オレをですか?」
「左様。こちらが用意した3つの質問、これに答えていただきましょう」
それは無理だ。俺はアイオス王子ではない。
これは俺の手に余る、助けてくれと、プルメリアに目配せをした。
「アイオス殿下は軟弱者とかつて呼ばれることもありましたが、今はあの頃と違いますわ。必ずや、ホワイトレイ伯の望む答えを返してくれるでしょう」
この女狐が……。
俺はプロとして動揺を顔から消し、彼らの望むアイオス王子を演じた。こうなっては、嘘を吐いてでも切り抜けるしかない……。
「1つ目。具体的にどうやって勝つのか、計画や勝算の有無を聞かせていただこう」
「それならわたくしが――」
「失礼、ワシは殿下に聞いている。今はおとなしくしていなさい、ランゴバルドのお嬢ちゃん」
「これは失礼いたしました」
「殿下、ワシは殿下の本心が聞きたい。お聞かせいただけないならここを去る所存」
やれやれ、こりゃ面倒くさい爺さんだ……。
だが900人の兵とあの物資は何がなんでも欲しい。本物の王子が俺を信じてこの地を託したからには、何かを果たして上で彼の帰国を待ちたい。
俺は腹をくくり、あの王子ならどうするだろうと彼を演じきることにした。
……が、それは間違いだ。心やさしく真面目なアイオス王子と、この頑固な合理主義者に見えるホワイトレイ伯は性質が大きく異なる。
アイオス王子に成りきっても、彼の望む返答は返せない。俺は早々に演じることを止めた。
「隣国のリステンから兵を借ります」
「ほぅ、しかしリステンが敗色濃い王党派に援軍を出すとは限らない」
「彼らは出します。こちらは既に3600、たった一週間で7倍に膨れ上がりました。対する反乱軍は早くも仲違いを始めています。ピッチェ子爵の暴走はご存じでしょう」
「ふむ……王党派に勢いがあり、反乱軍がマゴついていることは、うむ、認めよう」
「これにリステンの援軍が加われば、兵力は約1万弱です。これを知れば静観を選んでいた諸侯や、主君を幽閉された各地の代官たちは静観を止め、我々の説得に応じるでしょう」
俺は人々が望む理想の王子を演じた。すると次々と言葉があふれ出し、厄介な老人をうなづかせていた。
「楽観的だな」
「楽観的であろうと悲観的であろうと、我々は行動あるのみです。結果はその後に付いてくる」
「ふんっ、そういう考えはワシも嫌いではない」
老ホワイトレイ伯は両腕を組み、満足したのかうなづいた。
「2つ目。人類が魔軍と戦っている今、戦火をこれ以上広げる必要があるのか?」
諸侯がいまだにこちらへと加わらない理由には、その部分も大きいだろう。これは権力者と権力者の争いだ。勇者カーネリアからすればつまらない内ゲバだ。
「あります」
嘘だ。実は彼を説得できるような事実や証拠は何もない。だが俺は盗賊であり詐欺師だ。嘘を吐き、人を丸め込むのが仕事だ。
「それはなぜだ?」
「それは、この内戦が極めて疑わしいからです」
「ほぅ……」
俺が持っている情報を使って、最もらしい仮説を作ろう。あいつらが人類の敵であるという、都合のいい仮説を。
「ならば具体的な根拠や証拠があるのか?」
「……緊急帰国した盗賊ドゥによると、勇者様たちは魔将グリゴリの城で空城の計に遭ったそうです」
海の向こう側の情報は、老人を驚かせるのに十分だった。もちろんアイオス王子を情報通のキレ者に見せるのにも、一役を買ってくれた。
「となると、彼らは魔将を討ったのか……?」
「いえ、グリゴリは城では暮らしていなかったらしいのです。勇者様たちはそれから半月、なりを潜めた魔軍に当惑して過ごすことになりました。そして、そこにクーデターの報が飛び込んできた……」
無理矢理こじつけたが、口にしてみるとそれらしく聞こえてくる。
旗印にもなる勇者カーネリアを沿海州の向こうに遠ざけ、その隙に内戦を引き起こす。だから魔将グリゴリはあちらにはいなかった。いかにも最もらしい嘘だ。
「それは興味深い」
「根拠はありません。ですが、このままやつらに王権をくれてやるのは、クロイツェルシュタインにとって、大きなリスクだと思いませんか?」
「うぅむ……」
「オレは戦うべきだと思います。ドゥさんにこの話を聞いて、オレはそう確信しました」
「……うむ、何かあるのは間違いなかろうな。盤石なはずの王都がたやすく陥ちたのにも、疑問が残る……。では、これが最後の質問だ」
「お聞きしましょう」
こうやって根も葉もない噂というのは生まれてゆくのかな。
まあいい。彼が言う通り、必ずこのクーデターの裏には何かがある。なかったら謝るのは俺ではなく、王子だ。
「最後の質問。勝利の後は改革が必要になる。アイオス王子はこの国をどうしたい」
まずいな、この質問には答えられない……。
王子の人となりを考えると、彼は平和的な戦後処理を好むだろう。そしてその方針は、この頑固者を満足させる返答になるとは思えなくなってきた。
「お待ち下さい、王子は連日会議漬けで大変お疲れなのです。少しだけ休憩をいただけませんか?」
「すまん、取り繕われる前に今聞きたい」
「……ではお茶をお出しするまで殿下に猶予を下さいませ」
プルメリアはそう言って応接間を去っていった。
残ったのは頑固者と偽者だ。俺たちはにらみ合うようにさぐり合った。
他のことならともかく、この質問には答えられない。
どんなに彼が待とうとも、俺の口から返答が吐き出されることはなかった。
「失礼します」
「ふんっ」
聞き慣れた声色に顔を上げると、そこにはお仕着せ姿のオデットがいた。彼女がお茶と茶菓子を配膳して、ティーカップの下には紙切れを潜り込ませてくれた。
よかった、きっとプルメリアからだ……。
俺はホッとため息を吐いて、ゆっくりとした動作で茶をすすり、外の空気を吸いたいと窓辺に寄った。紙切れにはこうあった。
『ごめんなさい、わたくしにもわからない。後で王子と口裏を合わせる、好きにして』
ははは……。これは、詰んだな……。
俺は外の空気を胸いっぱいに吸い込んで、もうどうにでもなれと開き直った。それから早足で席へと戻り、彼の待っていた返答を返した。
俺がこの国に感じていた矛盾を彼に伝えよう。
「この国は貴族の力が強過ぎます」
「ほぅ……」
「そのせいでまともに法律が機能していません。悪人たちは領地さえまたげばどうにもでもなるとやりたい放題。その悪人どもと貴族が結託して、さらに酷いサイクルを生み出しています」
「それは、大胆な発言ですな」
面白いと感じてくれたようで、ホワイトレイ伯は顔半分で微笑んだ。
「もし父上が既に倒れていて、俺が代わりに王となるならば――」
しかしそれ以上は彼の感情を読み取れない。厄介な男だった。
「俺は、今の古い秩序を破壊したい。悪を倒す組織を作り出し、その者たちに領地をまたいで悪党を裁く権利を与えます。諸侯から治外法権の権利を手放させるのは事実上不可能です。だったら、その上に妥協の産物を築くしかない」
ホワイトレイ伯から笑みが消えた。
「王子、そうなると貴方は貴族と敵対するようですな?」
「貴族社会を壊す気はありません。ですが改革しなければ、同じことがまた繰り返されます。ルールの上に新しいルールを作るだけのことです。この返答では、ご不満ですか?」
だがこれこそが国民の誰もが感じている矛盾だと思う。俺はこの仕組みを悪用して、盗賊ドゥとして暴れてきた。この国は腐敗や犯罪にあまりに弱い。それを倒すための強い組織が必要だ。
「……面白い」
「なら、少しは気に入ってくれたようですね。状況的に仕方がないとはいえ、あまり人を試すのはどうかと思いますよ、ホワイトレイ伯」
頑固者のホワイトレイ伯が笑った。回答がお気に召したようだ。
この内戦だって貴族の力が強過ぎたから発生した。悪人を裁けないからベロスもサンテペグリも野放しで、それが反乱にも繋がった。
「気に入った。貴方の手となり足となろう。元より横暴なホーランド派にうんざりしていたところだ。やつらを倒し、新たな秩序を築くとしよう、アイオス王子」
扉の向こうで話を聞いていたのか、プルメリアがそこに入ってきた。
これでいいのかと、プルメリアに目を向けるとニッコリと笑い返された。
どうやら好評のようだった。俺みたいな無学な人間の意見を、彼らは喜んで受け入れていた。
「ホワイトレイ伯、生前は父がお世話になりました。またこうしてお話できて光栄ですわ」
「うむ、あの小さなプルメリアお嬢様が大きくなったものだ。諸侯のところに案内してくれるかね?」
「喜んで。殿下は少しそこで休まれてゆかれて下さい。この頑固者に振り回されて、さぞお疲れでしょうから」
「ふぁっはっはっ、すまんなぁ! 命を賭けるなら相手を知らねばならん。合格だ、アイオス王子!」
王子、勝手なことをしてすまん。後の面倒ごとはアンタに任せる。
始末の悪い嘘を吐くことにはなったが、これにて推定兵力差は77300:4500。逆転劇がまた一歩近付いた。
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