12-1.盗賊王子 - 天駆けるモモンガ -
「わぁぁーっ、凄い凄いっ!!」
「ブーメランみたーい!!」
場は大盛況だった。防壁から俺はモモゾウを町側の上空へと投擲し、見事くるりと旋回して戻ってくるもふもふの者を受け止めた。
高く投げたり、低く投げたり、建物の隙間をくぐり抜けさせたり、町の者にモモゾウの芸を一通り披露した。
そのたびに防壁の上におひねりが投げ込まれ、子供たちは歓声を上げ、気のいい連中が拍手喝采をくれた。
「へへへっ、楽しいね、ドゥ!」
「ま、意外とな」
俺は盗賊だ。悪党から金を盗んで暮らしている。
だがこの町で盗みは働けない。なので金が欲しければバクチのイカサマでちょろまかすか、こうして芸をする必要があった。
「ドゥッ、あのねっあのねっ!」
「ずいぶんと機嫌がいいな」
「盗賊を止めたらボクチンたち、サーカスになろうよっ!」
「サーカス……その発想はなかったな」
「えへへー、名案――キュィッッ?!!」
「あ、すまん……」
会話中に投げ飛ばされて、モモゾウの声が悲鳴と共に遠ざかっていった。
それからクルリとまた空を舞って、人々に見上げられて、最後は俺の腕に着陸して拍手を受けた。
「もーっっ!」
「すまん。だが……サーカスも悪くないな。芸のできるやつを集めて町を巡ったら、それはそれで楽しそうな人生だ」
いつか廃業せざるを得なくなったら、そういう生き方をしてもいい。
ところが喝采と興奮に包まれた防壁の下から、役人の男がこちらに駆け上がってきた。
「ドゥ様、お楽しみに中に申し訳ありませんが、市庁舎へお越し下さい。領主様と王子殿下がお呼びです」
「仕事か」
「わかりません。内密の話をしたいとのことで……」
声を潜めて役人さんがそう言うので、俺は腕のモモゾウと一緒に眼下の人々に仰々しいお辞儀をした。
「悪いがお呼ばれがかかった、続きはまた今度だ! 俺もモモゾウも楽しかった!」
大人たちは聞き分けがよかったが、子供たちは心から残念そうにとても悲しんでいた。こんな単純な芸でいいなら、またいくらでも見せてやりたい。
俺は防壁を駆け下りて、胸にくっついたモモゾウと一緒にエクスタード市を走った。
「楽しかったねっ、すっごく楽しかったね、ドゥ!」
「ああ。次はお前を張り付けにして、ナイフ投げを披露するか」
「ピィッッ?! そんなの動物虐待だよぉーっ?!」
「ウケると思うんだがな……」
「当たったら死んじゃうよぉっ!!」
市庁舎の前までやってくると、門衛の男が二人の居場所に案内をしてくれた。
行き先は会議室ではなく、王子のためにあてがわれた広い客室だった。
「呼んだか?」
中にはアイオス王子とオデット、それにプルメリアとウィロー男爵がいた。
アイオス王子はどこか俺に申し訳なさそうで、オデットはワクワクと楽しそうに笑っている。プルメリアはいつになく生真面目で、ウィロー男爵は王子の熱心な信奉者となっていた。
これは、何か変わった話が聞けそうだ。
「盗賊ドゥ。いや、もう1人のアイオス王子と言った方が正しいか」
「その話は……」
せっかく騙くらかしてやったというのに、ウィロー男爵は既に真実を知ってしまっていた。伝令に化けて諸侯を斬った王子が、盗賊ドゥだったというつまらない真実をだ。
「オレからお伝えしました。真実を知るのが後になればなるほど、オレへの落胆も大きいでしょう」
「ま、そこは一理あるな」
「ご信頼いただけてこのウィロー、恐悦至極にございます。……盗賊ドゥよ、貴方にもまこと恐れ入った」
「で、用件は?」
ウィロー男爵に熱意のある目で見られた。騙されたことには少しも怒っていないようだ。その姿はどこにでもいるような、真面目で純朴な田舎貴族のものだった。
「他の諸侯たちには知られたくない内密の話があるのです。詳しくは殿下からお聞き下さい」
「はっ、悪巧みなら大歓迎だ。で、今度は何がご希望だ? ここは俺の国だ、この内戦が終わるまではアンタたちに付き合ってやる」
そう伝えると、オデットとプルメリアが楽しそうに微笑んで、クソ真面目なアイオス王子が前に出た。いつ見ても簡単に成り済ませそうな姿をしていた。
「ドゥ様、このたびはアイオス・クロイツェルシュタインたってのお願いがあります……」
「なんだ……?」
いったい何を考えたのか、アイオス王子は王族を証立てるサークレットを外した。そしてそれを、あろうことか盗賊である俺の頭にすっぽりとはめた。
「ドゥ様、貴方ほどの英雄にこんなことをお願いするのは、オレとしても非常に不本意なのですが……」
「お前、何を――」
「ドゥ様、どうかお願いします……。しばらく、オレの代わりになってくれませんかっっ!!」
「……………………は?」
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