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10-4.信用泥棒 後編 - 豚貴族ピッチェの悲劇 -

「なぁ、以前の傭兵団は?」

「彼らなら先日、町を出て行きました……」


「なぜ?」

「お金の条件が折り合わなかったそうです」


「ふーん……」


 屋敷の中の兵たちは外とは一変して紳士的だった。前領主の娘であるメイド長に対しては、特に敬意を払っていたように見える。


「終わったら一緒に逃げよう」

「任務のことだけを考えられて下さい」


 前領主のことは詳しく知らないが、これは彼女なりの復讐なのかもしれない。推測に過ぎないが、今は事実を訪ねられる状況ではなかった。


「ピッチェ様、夜伽に参りました」

「んん~~? その声は、アンナかみゃぁ?」


「はい、メイド長のアンナでございます」

「おみゃーは呼んでないみゃぁ。リリィはどうしたみゃ」


「体調がすぐれないので私が代わりに」

「年増はいらないみゃ」


 偽装ではなく本気で殺してやりたくなった。だがここでピッチェを殺せば、この傭兵たちが誰に味方するかなんてわかり切っている。……当然、勝ち馬に見える方だ。


「そうですか、でしたら仕方ありません……。そうおっしゃると思い、従兄弟の娘をここにお連れしました」

「おみゃーの? おみゃーのなら顔は期待できる。歳はいくつだみゃぁ~?」


 ここは少しヤツの好みに合わせてサバを読むか。声は甘ったるくしよう。


「じゅ、16です……ピッチェさま……」

「おぉぉぉーっ、めんこい声だみゃぁっ! メイド長、今すぐ中に入れるみゃ、おみゃーはいらんみゃっ!」


 メイド長に静かにうなづいてから、俺は彼女の導きでピッチェの寝室に入った。


「は、はじめ、まして……わたし、エイナともうします……。あ、あの……実家が……」

「おぉぉぉっっ、めんこいっ!! さあ、ちこうよれっ、何もせんみゃ、何もせんからはよっ、ちこうよるみゃぁ……っ」


 やっぱキモい、今すぐ刺したい。任務とかそんなものは全て投げ捨てて、コイツを殺害し、メイドたち全てを外に逃がしてやりたい。だが、それは状況を見れば不可能だ。


「は、はい……。わたしからそちらにまいりますから、どうか、落ち着いてください……」


 しかし懲りない好き者だな……。

 自分を襲った強盗だとは少しも気づかずに、ピッチェは夜伽の衣装姿に鼻息を立てていた。


「ああああもう辛抱たまらんみゃぁぁっ、エイナァァァァァァッッ!!」


 もし抱きすくめられたら、ヤツは俺の正体に感触で気づくだろう。それはそれで面白いのだが、今回はそうもいかん。

 俺は飛びついてきたヤツの腹に鋭い膝蹴りを突き刺した。


「オゲェェェーッッ?!!」


 それからヤツが激痛に膝を突く前に、背中の後ろで隠し持っていた果物ナイフを、ヤツの分厚い腹に突き刺した。


 刃渡りはたった7cmぽっちだ。横隔膜と内臓の隙間を狙い、ピッチェの皮下脂肪の厚さも踏まえて、絶対にヤツが死なないように細心の注意を払った。やつの声は豚の悲鳴のようだった。


「な、ぜ……ヒ、ヒィッ、ヒィィィィッ、血、血ぃぃぃーっっ?!!」

「フフッ、ガラント伯爵からの伝言を伝えるわ。手柄を上げるのは我だけでいい。領民を盗まれるような間抜けな豚は、常闇の王の贄となれ。だそうよ♪」


「お、おの、れ……おのれぇぇっ、ガラントォォォ……ッッ」

「騙してごめんなさいね、メイド長。ムダだとは思うけれど、早く手当をした方がいいわ。そうすれば、苦しみを長引かせられるでしょう……?」


 それから俺は強情なメイド長に妥協案を提案した。

 俺と同行する気がないなら、ピッチェを生かせ。そうすればヤツもアンタに情けをかけるかもしれない。


「た……たすけ、て……。お、おぉ、お願いだみゃぁぁ……わ、わしを、助け、助けてくれぇぇ……アンナァァ……ッッ」

「……かしこまりました」


 彼女のその言葉は、俺とピッチェのどちらに向けた言葉かはわからない。

 だが彼女はピッチェの止血に入り、我が身を犠牲にして俺たちの企みを確実にしてくれた。


 俺はカドゥケスの暗殺者としてその場を去り、モモゾウが確保してくれた退路をたどって果物ナイフ1本で屋敷を強行突破した。

 得意の逃げ足で追っ手をまき、地下水路へと逃げ込んで暗闇の中を走った。


 どうか無事でいてくれメイド長と、心の中で願いながらも浮かぶのは後悔ばかりだった。彼女たちの未来は、きっと暗いのだろう……。



 ・



 水路を抜けて、合流場所である猟師の小屋にやってくると、俺たちの馬が2頭ともそこでたたずんでいた。馬たちがいななきを上げて俺を歓迎すると、オデットのやつがすぐに中から飛び出してきた。

 そして――


「おかっ――えええええーっっ、何のその格好ぉっっ?!!」

「ちょっとな」


「ちょっとの一言で片付くような格好じゃないよーっ、それっ?!!」

「色々あったんだ」


 オデットは明るい。彼女は暗闇の中でも明るい太陽のように俺を迎えてくれた。荒んだ世界で生きる俺みたいなやつには、その姿が今夜は特にまぶしく見えた。


「なんか暗いよ? 何かあったの……? ま、まさか……」

「変なことはされていない。ただ……」


「ただ……? お尻触られたとか!?」

「ただ、後味の悪い仕事だった」


 モモゾウは何も言わずに俺の肩に上って、慰めてくれるかのように俺の首へと身を寄せた。彼女、無事だといいんだがな……。


「少し休んでく……?」

「いや、追っ手が現れる前に退散しよう。オデットが馬の番をしてくれなかったら、危なかった」


「待ってるだけなのも結構大変なんだからね。じゃ、帰ろっか!」

「帰ろうっ、ドゥ!」


 いつだって薄情な神よ。薄情な自覚があるならどうかメイド長アンナを守ってくれ。

 彼女は我が身を捧げて俺たちの策略を成功させた。彼女の献身は、これから多くの将兵の命を救うことになる。だから少しくらい、アンタの温情があってしかるべきだ。


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