10-3.信用泥棒 後編 - メイド長 -
大ボケからの重要なお知らせ。
先日投稿したエピソードは、本日投稿するはずのエピソードでした。ごめんなさい!!
差し替えた物を前話に投稿しましたので、お手数ですが1話戻って下さい……。
メイド長は何度も何度もため息を吐きながら、済んでいるはずの戸締まりを一つ一つ確認していった。気がかりそうに外の傭兵たちを眺め、また深いため息を吐いて、ようやく全ての施錠を確かめると自室へと引き払った。
「あら……? あなた、どこから迷い込んできたの……?」
「キュゥ♪」
「ふふっ、なんてかわいらしい子……。待って、厨房で何か持ってきてあげますからね」
「キュゥゥッ♪ ……やさしいんだね、メイド長さん」
どう接触したものやらだいぶ迷ったが、今回はモモゾウのやつを頼ることにした。しゃべり出すモモンガにメイド長は口を覆って息を飲み、不思議そうにテーブルの上のモモンガを見つめた。
「まあ、驚きました……。今の、もしかして貴方が喋ったのですか、モモンガさん?」
「うん、ボクチンはモモゾウ。盗賊ドゥの片割れなの」
「盗賊ドゥ……!? あ、あの、ご主人様を恐怖の底に陥れた、あの盗賊ドゥなのですか!?」
「うんっ、ボクチンとドゥで盗賊ドゥなの! ねぇお願い、メイド長さん、ボクチンたちのお手伝いをしてくれない……? ドゥには、メイド長さんの力が必要なの」
「待って、そのドゥさんは今、どこに……?」
「ここだ」
「キャッ?!」
彼女からすれば、施錠したはずの扉から人が入ってくるとは思わないだろう。淡い水色の髪のメイドに変装した俺は、唇の前で指を立ててメイド長の部屋にお邪魔した。
「もうドゥ、驚かせたらボクチンががんばった意味がないよぉーっ」
「すまん。メイド長さん、俺はドゥ。こんな夜中にすまんが少し頼まれてくれないか?」
「あ、貴女……いえ、貴方は、男性なのですか……?」
「趣味じゃないぞ、これは変装だ」
「まあ……っ!? 私には女性にしか見えません……驚きました……」
メイド長は気の強い雰囲気に見えたが、それだけ他者への敬意も払える誠実な人に感じられた。気のせいでなければ、俺は彼女に好意を持たれていると思う。
モモゾウが飛んできて、相棒の肩に陣取った。
「内戦のことはどこまで知っている?」
「あ、はい、クーデターがあった、とだけ……。後は、あまり……」
「なら説明しよう。アイオス王子が決起して、俺の仲間が王子と一緒に反乱軍と戦っている。俺はピッチェとガラント伯爵を仲違いさせたい。もしこの話をアンタがピッチェに密告したら、この計画は台無しだ」
「お願い、力を貸して、メイド長さんっ」
ぶっちゃけ過ぎだが、彼女は味方になると踏んだ。外の傭兵たちを見てはため息を吐く姿からは、ここのメイドたちの身を案じているようにしか見えなかったからだ。
「盗賊ドゥ……こんなに美しい方だとは思いませんした」
「こんな格好ですまんな」
「いいえ、お会いできて光栄です、ドゥ様」
「ドゥ様だって、ドゥ!」
「あ、ああ……。なぜ、様付けなんだ……?」
「この屋敷のメイドの中で貴方を知らない者はいません。貴方がピッチェ様を刺して以来、夜伽の数も目に見えて減ることになりました。あの日現れた謎のメイドの活躍に、どれだけ私たちが救われたことか……」
ピッチェがあまりにキモいので、感情任せに刺し殺しかけた。あれはいくらなんでもやり過ぎだったと後で後悔したのだが、それが感謝されることになるとは思わなかった。
抱き寄せたメイドが残忍な強盗だったことがトラウマになって、それが夜伽の数を減らしたということだろか。
「なら、手伝ってくれるか……?」
「もちろんです。ピッチェ様、いえ、ピッチェ、あの男は……死ぬべきです……。あの男にもてあそばれ、いったい、何人の娘が自害したことか……」
「俺は暗殺者じゃない。ヤツの愚かさを利用しにきただけだ」
「それは残念です……」
「俺はカドゥケスの暗殺者のふりをしてピッチェに迫り、わざと失敗させる。ガラント伯爵の手の者だと思い込ませるんだ。そうすれば、王党派は多くの時間が稼げる」
「あれは愚かな男です、きっとドゥ様の狙い通りになるでしょう」
だがそうなると、ここのメイドたちはどうなるのだろうと俺は迷った。
「なあ、よければ俺と一緒に逃げないか? 全員は無理だが、アンタ1人なら連れていける。あるいは、どうしても逃がしてやりたい子がいるなら、そいつを――」
「嬉しい申し出ですが止めましょう。カドゥケスの暗殺者がメイドを連れて逃げるなんて、あり得ません」
「……その通りだな」
「でもぉ、ここに残ったら危ないんじゃ……」
助けてやりたい。だが助ければ策略が疑われる……。
「なぁ、せめてアンタだけでも一緒に逃げないか? 手引きをしたとバレたら、アンタは殺されるぞ……」
「それもそうですね、わかりました」
聞き分けが良すぎる返事は信用ならん……。
俺の目には納得しているようには見えなかった。
「頼む、俺と一緒に逃げてくれ。後味の悪い仕事はしたくない」
「もう遅い時間です、急いで夜伽の準備をしましょう。私のことはいいですから、目的を果たされて下さい」
「アンタは何もわかっていない……」
「これは内戦なのでしょう。戦って下さい、ドゥ様」
話は平行線で、夜伽に偽装するならば急がなければならない。
俺は迷いながらも彼女に連れられ、メイド服から夜伽の衣装に着替えてピッチェの屋敷へと向かった。
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「おぉっ、見ろよお前らっ、ピッチェ様は今夜お楽しみのようだぜ、へへへ……!」
「あの水色の髪の子、すっげぇかわいいな……」
「おお……胸はないが、ありゃたまらねえな、ひひひひ……おっと、よだれが」
「汚ねぇなあ、お前!?」
屋敷への回廊を歩いていると、野卑な傭兵どもが俺たちの左右を囲んだ。
粘つくような下品な視線が尻や胸、股間や首に向けられたが、俺は内心でやつらをせせら笑ってやった。
お前らが欲情している相手は男だよ、バカ。
「道をふさぐならばピッチェ様にご報告いたしますが?」
「おお怖い怖い、勘弁してくれよ、アンナちゃん」
「アンナちゃんって、前の領主の娘だったんだろぉ? へへへ、可哀想になぁ……」
「ちょっとだけ相手してくれよぉ……? そっちの子だけでいいからよぉ……?」
以前の傭兵団はさっぱりとした連中で、クズだったがそんなに嫌いではなかった。
だがそれがどうしたことか、今では野党同然の野卑な連中を雇い入れている。メイド長が外をやたらに警戒しているのにも、今納得がいった。
「おお怖い、睨まないでくれよ、お嬢様」
「ピッチェ様にご報告します」
彼女がそう威圧すると、やつらは興ざめしたように道を開けた。こんな連中が隣人では、いつメイドたちが襲われてもおかしくない。ピッチェの正気を疑った。
「こちらへ……」
回廊を抜けて屋敷の前までやってきた。
俺たちは玄関先の守衛に中へと通してもらうと、やっこさと一息を吐けることになった。




