10-2.信用泥棒 前編 - 潜入 -
10-2.信用泥棒 前編 - 潜入 -
懐かしのスティールアークの郊外までやってきた。そこで俺は馬を下り、同行者であるオデットに馬の面倒を任せた。
「ねぇ、よく考えたらあの時もこんな感じだったよね。ドゥが盗みに入って、私は林の中でそれを待ってた」
「思い出すだけでも、また腰が痛くなりそうな話だ」
「私待ってるから、ムチャはしないでね……?」
「大丈夫、ボクチンが見守ってるよっ。オデットも危なくなったら逃げていいからねっ」
「モモゾウ、そうやって俺のセリフを取るな……」
あの時、感情任せにピッチェを刺殺すればよかったと思う日もあったが、結果論で言えば生かしておいて正解だった。ヤツは俺たちにとって好都合な無能だった。
「そこの下水を進んで。突き当たりを左に1回、右に2回、もう一度左に1回曲がったら出口だって」
「スティールアークの住民を盗んだのが良い方向に出たな」
「無理しないでね……? ドゥはカーネリアと一緒に世界を救わなきゃいけないんだから……」
「俺は俺の好きなようにするだけだ。あ……」
オデットが胸にしがみついて、すぐに離れた。
辺りはもう月光と星空だけが大地を照らす夜で、温もりと彼女の甘い匂いが鼻孔をくすぐった。
「どうか無事で……」
「大げさだ。だが……ありがとう。こうして誰かに心配してもらえるのは、少しうっとうしいが悪い感じじゃない」
「もうっ、本当にあなたってへそ曲がりよっ!」
「すまん」
こちらからもう一度オデットを抱き寄せて、俺は地下水路へと潜り込んだ。
「何も見えん……モモゾウ、サポートを頼む」
「く、くちゃい……」
「下水だからな。我慢しろ」
「ぅ、ぅぅぅ……。く、くちゃ……ぅ……っ」
カンテラは持ってきたが、火が大きいと目立つので小さな物にした。
不気味な下水を進み、ときおり足下をモモゾウに注意されながら、オデットに言われたとおりに進んだ。
情報通りだ。スティールアーク内部への潜入に俺たちは成功した。
スティールアークの町は、今はピッチェが大量に雇い入れた兵士たちの寝床になっているらしい。水路から町に上がると、辺りはほぼ無人だった。
だが、ピッチェの屋敷手前までやってくると、途端に物々しい警備に足を止めることになった。
いったいどこからこれだけの傭兵を雇い入れたのか、財源がわからないほどの兵数だった。
以前のピッチェならともかく、俺に金を盗まれてからは落ちぶれてもおかしくなかった。それがこれだけの傭兵を雇い入れているだなんて、わけがわからない。
今回の変装は以前と同じメイドだ。ピッチェの配下はほぼ全てが傭兵であるため、兵士に化けるのは無理があった。
「おい、今、なんか音がしなかったか?」
「脅かすなよ」
「はは、悪いな、冗談だよ」
「冷えるし戻ろうぜ、敵襲なんてあり得ないだろ」
林に忍びながら屋敷外周の警備網をじっくりと探り、覚悟を決めると高い生け垣を飛び越えた。
屋敷内部も分厚い警備体勢だった。どうやらよっぽど、あの晩の出来事がヤツのトラウマになっているらしいな。
「あの話、聞いたか? 俺たちがくる前に、傭兵団がいて――」
「本当か? それは……怪しいな……」
もし発見されれば、最悪は1対700の戦いに発展する。さすがに俺でも確実に死ぬだろう。
ピッチェの寝床に近付きたい。だが、成金趣味な庭園にはこうこうとかがり火が焚かれ、傭兵がひっきりなしに巡回していて、進路どころか退路すらも怪しい有様だ。
「……あっちの方は警備が極端に薄いな。あれは、使用人たちの宿舎か?」
食い物にされ続けてきたここのメイドたちは、俺の味方となる可能性が高い。第三者を頼るのは危険だが、進めばもっと危険となれば、協力を求めるのも1つの答えだった。
……たぶん、以前の俺なら選ばなかった選択肢なのだろう。
「こんなこと、いつまで続くの……」
「戦争だなんて……。実家に帰りたい……」
「でも、今月のお給金……まだ……」
左手の大きな建物は女性たちの宿舎だった。
施錠された裏口を開き、内部に忍び込むと上り階段の前に暗い顔色で重い話をするメイドたちがいた。誰も彼も愛らしく、全体的にややロリコン趣味だった……。
彼女たちはまだ若い。協力を求めるには不十分だろう。
今回の協力者に適しているのは、信用のある年長者で責任感のある人物だ。
「あ、メイド長……っ」
「貴女たち、こんな時間までなぜ起きているの? ピッチェ様が荒れておられるのをご存知でしょう。明日ヘマをする前に早く寝なさい、寝不足ではかばってあげられませんよ」
「ごめんなさいっ、メイド長!」
「おやすみなさい……っ」
「メイド長こそ、早く寝て下さいね……?」
「ありがとう、貴女はやさしい子ですね。戸締まりをもう1度確かめたら、そうさせていただくわ」
大丈夫だ、裏の鍵は俺がしっかりと締めておいた。
しかしこのメイド長……見たところなかなか使えそうだ。
「はぁっ……いつまでこんな日々が続くのでしょう……」
彼女はいかにもきつそうな雰囲気の女だった。それに大柄で、歳も30前後に見えた。若い女を好むピッチェの好みからすると、この女はだいぶ浮いている。
俺は彼女の背中を音もなく静かに尾行し、さらにじっくりと人柄を観察していった。
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