10-1.信用泥棒 前編 - みぞおちは勘弁しろ -
翌日の昼、防壁の一角ではバクチ打ちどもが集まって、やんややんやと大の男が大騒ぎをしていた。
つい昨日までは常に緊張の最中にあったこの場所も、今では心のゆとりが生まれている。
生きるか死ぬかのあのピリピリとした感覚が嘘のように、今日はどいつもこいつも笑っていた。ま、親役の俺に手のひらの上で踊らされていたとも言うが……。
「ドゥ、お前ホントいいやつだよ!」
「おうっ、お高く止まってるのかと思ったらよ、なかなか話わかるじゃねぇの!」
「おい……一応英雄なんだから、言葉くらい慎めよ……」
負け込んだやつをイカサマで大きく勝たせてやると、当然だが場が大きく盛り上がる。
バレたらまあ彼らもキレるかもしれないが、そこはバレなければいいだけのことだ。
「いい。俺は敬われるより、こうしてバカ騒ぎする方がずっと好きだ」
あっちを勝たせて、こっちを勝たせて、誰かが大きく損をしないように調整をして、頃合いを見て俺は親を止めた。
多少の損をした者もいれば、少し得をした者もいる。だが最後はみんなが楽しんで賭けが終わった。
守備兵たちがこうして見張りをしながら大騒ぎしている一方、市街の方は行き交う物資と人々で慌ただしかった。
たった数日で兵士が2700人も増えたからだ。物資の搬入から食事の準備、寝床の確保からトイレまで、裏方は裏方で激しく戦っていた。
「えーーっ、こんなに早くくるなんて聞いてないよーっ!? ああじゃあ、それは市庁舎の地下に運んで、少しまだゆとりがあったと思うから……っ」
「オデット~、これっ、頼まれてたやつだよーっ」
「わーっ、モモゾウちゃんありがとー♪ バクチばっかりしてるドゥとは大違いだよ!」
「いいの。ボクチン、オデットのこと大好きだから」
「えへへへー、モモゾウちゃーんっ♪」
「オデットー♪」
「はぁぁぁ……ふわふわで気持ちいい……っ」
「キュゥゥーッ♪」
何やってんだ、あいつら……。
オデットはひとしきりふわふわを堪能すると、モモゾウに新しいお使いを任せたようだ。
今日のモモゾウは伝書鳩ならぬ、伝書モモンガだった。
「しかしアイオス王子ってすごかったんだなぁ!」
「そうそうっ、こんなに勇敢だとは思わなかったわぁ!」
「素敵よね、あの黒髪と涼しい表情……。戦場でお怪我をしなければいいのだけど……」
王子の評判もうなぎ登りで、俺は内心で彼の評判にほくそ笑んでいた。
英雄として賞賛されるのは確かに心地良いが、やはり俺には到底慣れない。このくらいがちょうど良かった。
俺はその後も時々バクチに加わったりして、町並みを眺めながら麗らかな昼を過ごした。
・
「ドゥ、シチョーシャでプルメリアが呼んでるよっ」
夕方前になると、まだ伝書モモンガをしていたのかモモゾウがビタンと腹に張り付いてきた。
みぞおちは勘弁しろモモゾウ。
「仕事か?」
「うん、そういう雰囲気だったよっ」
「よし、遊び呆けるのにもだいぶ飽きてきた頃だ、行くとしようか」
「遊んでたのはドゥだけだよぉーっ! ボクチンとオデットは、いっぱいがんばってたのーっ!」
「知ってるよ、ずっと上から見てた」
「見てたのなら手伝ってよぉーっ!?」
「あくせく働く盗賊なんて矛盾しているだろ」
「わかってないよ、ドゥは! 遠くから見てるより、一緒の方がオデットも喜んだのにーっ!」
モモゾウは俺に抗議しながら、自分の家である袋の中に潜り込んでいった。寝るつもりだな、これは……。
相棒を起こさないように軽い足取りで歩き、市庁舎を目指した。
「ん、あの諸侯たちはどこに行った?」
「あっ、ドゥ様! お疲れさまです!」
「お疲れさまは俺のセリフだな。で、会議はどうなったんだ?」
会議には誘われていた。だが性分に合わない上に、学のない俺が加わっても仕方がないのでバクチ遊びをして待っていた。
会議室にはプルメリアとアイオス王子だけだった。どちらも昼前から始まった会議に気力も体力も奪われているようで、だいぶゲッソリとしている。……やはり参加しなくて正解だった。
「引き続きエクスタードに残って兵を集めることになったわ。領主としては複雑なところね……」
「すみません、プルメリアさん……」
「いいのよ。だってわたくしにとって、彼らは不倶戴天の敵だもの。やっとお父様の復讐を果たすチャンスがきたの、戦わないなんてあり得ないわ……」
それが領民を犠牲にしてまでアイオス王子に味方した理由か。領主として無責任ではあるが、クーデター勢力にそんな理屈を持ち出すのもおかしな話か。
「重い話は別の時にしてくれ。で、俺を呼んだ理由は?」
座ると話が長くなるのが見えていたので、俺は領主プルメリアに接近して話を催促した。すると彼女は、一瞬だけで昔の闇商人時代の食えない顔をした。
「次は近隣のピッチェ子爵とガランド伯爵が動くのが見えているわ」
「ピッチェか、ああ……思い出したくもない名前だ」
「前者は領民を奪われた因縁、後者はわたくしからランゴバルドの盾を取り返すために、襲いかかってくるはずよ」
「ドゥ様、オレたちは反乱軍の次の動きを止めたいのです。今はとにかく時間を稼いで、仲間を増やすべきだと、皆が……」
会議室の円卓には手書きの地図があり、その上に駒が載せられていた。
駒の周囲には円が描かれて、その上に数字が振られている。1000と700の駒が特に目に付いた。
「この2つがガラントとピッチェか?」
「そう、その2つが問題なのよ。先のことを考えれば、正面からぶつかりたくない数字よ……」
「敵はいずれこちらと同数以上を揃えてやってくると、諸侯の皆さんが……」
防壁を盾にすればきっと勝てるだろうが、同数相手となるとこちらも甚大な被害が出る。
そうなればこちらは今の勢いを失い、立て直している間に敵の本体がこちらに襲いかかるだろう。
「もしかしてだが、盗賊ドゥを使ってどうするかは決まっていない。だなんて言うなよ……?」
「あら、だから貴方の意見を聞くんじゃない」
「わかった」
地図をまた見下ろして、俺はまた少し考えた。
プルメリアとは長い付き合いだ。彼女は俺の性格をよく知っている。会議で盗賊ドゥを使った作戦が提案されても、俺はそれをあまりよくは思わないだろう。
俺がこういうヘソのねじくれ曲がった人間だからだ。
「だったらこの2つを対立させればいい。そうすれば、嫌でも動きを止めざるを得なくなる」
「あっ、それは離間の計というやつですね!」
これがアンタの望む答えかとプルメリアの顔色をうかがうと、彼女は妖艶に笑うばかりだ。王子の方は本気で感心したのか、手を叩いて納得していた。
「狙うならアホのピッチェがいいだろうな」
「同感よ。どんな汚い手を使ってもかまわないわ。どうかお願いできるかしら?」
「いや、そういう依頼は断る。これは俺の独断だ、アンタも王子もこの話は知らなかった。それでいいな?」
「え、それは、でも……」
「ええ、忘れることにするわ。あの酷い豚貴族に、もう1度天罰が下るといいのだけれど……」
「ああ、全くの同感だ」
正面切っての戦闘よりも、こういう活動の方が俺の性に合っている。
俺は準備をして、馬にまたがりランゴバルド領を離れた。
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