8.ベロスの栄光
ナイト・ベロス(ただし現在は自称)
王都より東に約20km、農耕都市ローズウッドにて――
俺は抑さえ切れない愉悦をかみ殺しながら本陣天幕を出ると、丘下に広がる大軍勢を感無量で見下ろした。数にして兵力約2万。あそこで野営する者の全てが、今の俺の指揮下にあった。
「ククク……ハハハハハッ、やったぞ、俺はついにやってやったぞ……っ!」
ダメだ、どうして笑いが抑えきれん……。
クーデターの成功よりかれこれ半月と少しが経過し、反乱諸侯たちは勝利を確信した。やつらは兵をこのナイト・ベロスに押し付けて、王都や己の領地へと引き返していった。
王城での決戦で多大な功績を上げたこのベロスに、反乱軍の指揮権を渡してくれたのだ!
俺はこの戦いで歴史に名を刻むだろう。腐敗した王家から玉座を奪還し、貴族の名誉を守った英雄として、後の世に語り継がれる。
勝利はもはや確実、ああ、呆気ない。あまりに呆気ない戦いだった……。
「ベロス総司令、たった今、東部からの伝令が到着しました! 王子が立てこもるエクスタード攻めについて、報告があると!」
「おおっ、ついにやったか!! 今すぐこの天幕に通せ!!」
ククク……。この 兵力2万を1度くらい動かしてみたかったが、労せずに名声が手に入ったのだからまあいいだろう……。
「た、大変です、ベロス総司令……っ!」
「よくぞきた! 王子は降伏したか? ランゴバルド家の娘はどうだ、死んだか!?」
「そ、それが……」
「落ち着いて詳細に教えよ。我ら選ばれし英雄が受け取るはずだった報酬を、独り占めした女狐の惨めな最期を……。自害したか……? それとも男どもに無惨に――」
「エ、エクスタード市攻略は……失敗いたしましたっっ!!」
「……失敗? ふんっ、そうか、まあそれはそれでいい」
古い都市とはいえ、たった2000人で陥とすには兵力が足りなかったか。
「かまわないのですか……?」
「かまわん」
クーデターは上手くいき過ぎた。後の戦功を考えれば、失敗は大歓迎だ。
「それで、向こうをどれだけ削れた?」
「は、はい……しかし、その、それが……」
あの薄汚い盗賊風情が投資した町が、今頃ボロボロに焼け落ちているかと思うと気分がいい……。今日はぐっすりと眠れそうだ、ククク……。
「敵はほぼ、無傷……いえ、それどころか……。ウィロー男爵が寝返りました……」
「……なんだと?」
どういうことだ? この状況で、寝返り……だと?
何を考えているのだ、あの田舎貴族は……?
まさか俺の知らないところで、勝ち組が変わっているだなんてことは、ないだろうな……?
「報告によると、伝令に化けたアイオス王子が本陣に突如現れ、王子は瞬く間にサンテペグリ子爵とオリバー男爵を斬り……ウィロー男爵に降伏を迫ったとのことです……」
「バカな、そんなことはあり得ん! あの臆病者のアイオス王子が、そんな荒事をやってのけられるはずがない! ヤツは剣の訓練を怠ってリュートばかり弾いていた軟弱者だぞ!」
どちらにしろこれは、この流れはまずいな……。お偉方は既に勝った気になっている……。
攻略が遅れれば、総司令である俺が責められる……。
このままではせっかく築き上げた俺の戦功が、俺の出世が揺らぐではないか……っ。
おのれ……おのれアイオス王子、軟弱者の癖に余計なことを……!
「正確な数はわかりませんが、恐らくはほぼ大半の将兵があちらに味方したと思われる、とのこと……。あの、総司令……報告は以上です……」
伝令は俺のかんしゃくを恐れてか、逃げるように天幕を後ずさっていった。
しかしなんなのだ、この突然の抵抗は……?
まさか、ドゥが戻ってきたというのか……?
いや、だがそれはいくらなんでも早過ぎる……。沿海州からヤツとカーネリアが引き返してくるまで、まだ10日以上の猶予があるはずだ……。
ならばあの軟弱な王子が、才覚を隠していたということなのか……?
わからないが俺は考えた。じっくりと考えに考えてから、副官である騎士エリックを呼び出した。
「すみませんな、ベロス殿。急に腹を下していましてな」
「ふん……、不機嫌な俺と、ただ距離を取りたかっただけだろう……」
「まあ、身も蓋もない言い方をすれば、そういう側面もありますな」
「エリック、緊急の伝令を送れ! ピッチェ子爵とガランド伯爵、その他東部弱小諸侯にエクスタード市攻めを命じるぞ!」
「ガラントはともかく、他の連中が素直に従いますかな……?」
「脅せばいい……。逆らうなら戦後どうなるかわからないと、ホーランド公爵の名で脅す」
「それは……。ホーランド公爵が、お怒りになられませんかな?」
「ヤツには事後報告で十分だ」
今すぐランゴバルド領エクスタードは潰しておかなければならん……。
あの、おぞましき怪物ドゥが戻ってくる前に、ヤツの根城を壊滅させておかなければ……。俺もガブリエルも、安心して眠れん……。
ドゥ……貴様の大切な町を焼き払ってやるぞ。お前の女を惨たらしく処刑してやる……。
俺は貴様への復讐のために、ホーランドに魂を売ったのだからな……。貴様の仲間は皆殺しだ。俺は貴様から全てを奪ってやる……。
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