7-2.陥落寸前から始まる逆転劇 - 盗賊王子 -
アンドラス傭兵団による陽動は成功した。暗闇に乗じて敵側面に襲いかかって、奇襲を演じると馬の入り込めない森林へと逃げ込んだ。予定ではそのはずだ。
「伝令っ、伝令っ!!」
俺の方は月並みだが伝令に化けた。混乱により崩れ、緊急の追撃戦のために乱れに乱れた敵陣の中を馬で突き進み、伝令だと言い張って通り抜けてゆくと、いともあっさりと本陣に入り込めた。
それは彼らが裏切り者たちの軍勢だからだろう。
反乱を起こした時点で指揮系統や伝令系統が混乱しているため、伝令を止めるという発想には至らなかったようだ。
「何事だ、騒々しい! 今はそれどころではないというのに、どこの者だ貴様っ!」
天幕の目の前で馬を飛び降り、偽の書簡を掲げて俺はその内部に飛び込んだ。そして書簡を掲げてひざまずいた。
「ベロス男爵から緊急の報告をお持ちしました!」
「おお、ベロス卿か! ベロスは同じ盗賊ドゥに苦しめられた同志、さ、書簡をこちらによこせ!」
「お待ち下さい、サンテペグリ様、不用意に近付くと危険です」
サンテペグリ……? ああ、あの時の金糸の貴族か。地位を失い、隠居が決まったところまでは知っていたが、反乱に加わっていたとはな。おまけに、ベロスの高慢ちきまで向こう側にいるらしい。
「ええい、邪魔するな、まどろっこしい!」
「で、ですが子爵閣下――」
俺は顔を低く上げて標的が射程距離に入ったことを確かめると、心の中でつぶやいた。すまん、と。
「裏切り者に死をっ!!」
「なっ、カハッッ……?!」
一撃必殺のナイフでヤツの喉を引き裂いた。
続けて俺は兜と鎧を外し、伝令からアイオス王子へと転身した。
「我が名はアイオス・クロイツェルシュタイン!! 即刻投降しない者は、この場にて斬り捨てる!!」
天幕にはチェインアーマーをまとった諸侯がもう2人いた。すぐさま間合いを詰めて、剣を抜く前に始末した。残るは1名。貴族さえ討てば、指揮権を持つ者はいなくなる。
護衛兵たちは王子を斬ることを躊躇している。今だけがチャンスだ。
「待ってくれっ、降伏っ、降伏するっっ!! 許してくれ、アイオス王子っ!!」
「いいだろう、許そう」
簡潔にそう返して、使い慣れない長剣から血を払い落として腰に戻した。投降を要求しておいてなんだが、まさか投降してくれるとは思っていなかった。
「だが、なぜ反乱に加わった?」
「仕方がなかった。王都が陥落した今、我ら弱小貴族に選択肢などなかったのだ……」
「ならば、これからはオレがお前の領地を守ろう。やつらに簒奪された秩序をアイオス・クロイツェルシュタインが取り戻すと約束する」
「お、おお……っ!」
こんな若き王子がいたらいいなと、そう願いながら俺は英雄を演じた。見事それははまってくれて、貴族の男と天幕の将兵たちを大げさなくらいに感動させることになった。
「頼む、オレの指揮下に入ってくれないか? オレは必ず勝つ。この内戦を必ず勝利で収めると約束する。だから頼む、下劣なやつらにではなく、オレに力を貸してくれ!」
俺は盗賊で詐欺師だ。彼等が望むであろう姿をさらに演じた。下士官たちは互いに顔を向け合って興奮を確かめ合い、貴族の男はアイオス王子から一気も目を離そうとしなかった。
「私は今日まで、貴方を軟弱な方とばかり思っていた、いや、いました……。しかしそれは思い違いだったようですな。アイオス王子、なんと立派に育たれたことか……」
「自分でも驚いている。だがオレも父上の子だ。祖国クロイツェルシュタインのために、この命を賭けると決めたのだ」
「おぉぉ……わかりました。ホーランド公爵が支配する社会に未来はありません。アイオス王子、私は貴方の傘下に加わります! 私の命はどうでもいい、だがどうか、領地の民と、家族の命をお守り下さい!」
……少し、できすぎじゃないか? そう思った。
だがまあ、こんな雑な演技に騙される方が悪いな。俺は内心で本物の王子にでもなったいい気分で、彼ら反乱軍を彼、ウィロー男爵と共にとりまとめて、堂々とエクスタード市入りした。
・
最もぶったまでていたのはアイオス王子だった。
「ドゥ様!!」
「よう、アイオス。……あ? 今、なんて言った?」
「ドゥ様っ、オレは貴方に感動しました! まさか、単騎で突入して、彼らを説き伏せてしまうだなんて……。貴方には王者の器があります!!」
「ははは、詐欺師の間違いだろ」
「なるほど! 王の器は詐欺師の器とそう変わらない、ドゥ様はそう言いたいんですねっ!」
「一言もそんなことは言っていない……。というより、急にどうしたんだ……?」
「感動したんです、貴方に!」
「それはさっき聞いた」
「なんて素晴らしい方なのだ……。貴方がいれば、この国を取り戻せるかも……いや、絶対に取り返せる!」
俺の服を着たアイオス王子は、王子の服をきた盗賊ドゥの手を取り、行き過ぎた尊敬の眼差しとでも言えるものをこちらに向けていた。
さっきのウィロー男爵の反応も大げさだったが、それに輪をかけて彼の目には熱がこもっていた。
「褒め殺しは苦手だ、もう勘弁してくれ……」
「大盗賊ドゥ様、どうかオレと一緒にこれからも戦って下さい!」
「言われなくともそうするさ。ここは俺の祖国だ」
「ああ、なんて素晴らしい……」
「それもさっき聞いた」
こうしてこの日、離脱者を差し引いて計1500名の将兵たちが俺たちの仲間に加わった。
いくらなんでもできすぎだろう、そう俺がつぶやくと、モモゾウはこう言った。
「お腹空いた……。バニャニャ、持って帰ってこればよかったね……」
「ああ、あのマンゴーとかいうやつもだな……。早く終わらせて、カーネリアのところに帰らないとな」
「がんばろっ、がんばろうね、ドゥ!」
「そうだな。王子様ごっこもあながち悪くない遊びだった」
推定兵力差は78000:2000。今日は全滅しないで済んだ。明日がどうなるかは、まだわからない。
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