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7-1.陥落寸前から始まる逆転劇 - 王子アイオス -

 勇者カーネリアと別れた。彼女は勇者としてこちらに残り、集合した仲間と共に魔軍と戦うことにした。


『すまない、僕は勇者だ……。窮地に陥っている人たちを見捨てて帰国するなんて、そんなのできない……』


 彼女は正しい。祖国で起きているのは内ゲバだ。支配者が誰であろうとも、勇者のその仲間たちの任務は変わらない。


『ドゥ……僕たちの祖国を頼む。君ならきっと、奇跡を起こせるよ……』

『こちらが片付いたら必ず合流する。それまで生きていろよ、カーネリア』


『君こそ……。お願いだから、戦死だけはしないでね……』

『その予定はないな。危険が迫れば仲間を捨てて逃げる』


『そんなわけない……。嘘吐きだよ、君は……』

『常に退路を確保しておけ。盗賊王の教えを守るさ』


 俺は仲間を沿海州に残して、オデットと共に本国へと引き返した。

 そう、驚いたのはそのオデットの手並みだ。彼女は密貿易人のマルタ船長とも手を組んで、俺の迅速な帰国のために完璧なお膳立てをしてくれていた。


 早馬で馬車駅に立ち寄れば既に馬の準備ができていて、俺たちは馬を乗り継ぎ、積み荷を極限まで減らした密貿易船に飛び込み、1秒でも早い帰国を求めて雲海の彼方を船上から見つめた。


「私たち、間に合うよね……?」


 いつものように『さあな』とは言えなかった。

 俺は何も言わずに潮風で少し冷えていたオデットの手を握って、まあどうにかなるさと笑ってやった。



 ・



『あばよ、次の商談で元を取ってやるんだから死ぬんじゃねーぞ』

『死ぬ予定も命を賭ける予定もない。また会おう』

『ありがとう、マルタ船長! 貴方がいなかったらどうにもならなかった!』


 船旅が終わると、また早馬を乗り継ぐ強行軍が続いた。

 ギニャ王国を出立してより、かれこれ11日が経過してしまっていた。風の神様は俺たちの船旅にえこひいきをしてはくれなかった。


「ぁ……!? う、嘘……」

「急ごう、まだ間に合う」


 それからさらに2日が過ぎると、俺たちはついに長い旅を終えてランゴバルド領エクスタード市の近郊にたどり着いた。


 だが俺たちの家があるその土地に、敵軍とおぼしき軍勢が遙か遠方より迫りつつあった。敵だと思った根拠は、そいつらが見慣れない赤い旗を掲げていたからだ。


 俺たちは馬を加速させ、エクスタード市の低い城門の前に駆けつけた。


「撃たないでっ、私たちは味方よっ! 私はオデットッ、こっちはドゥ! この人はあの英雄ドゥよっ!!」

「英雄なんかじゃない、俺はただの盗賊だ」


 内心、あまり歓迎されるとは思っていなかった。内戦に盗賊が1人加わったところで、何も変わらないと彼らが思うとばかり考えていた。ところがそれは、俺の勝手な思い込みだった。


 城壁で防衛体制を整えていた兵士たちは、たった1人の援軍の姿に大きく声を上げて叫び喜んだ。

 魔将を討った英雄が加わればこの戦いはどうにかなる。そんな全く根拠のない理由で、兵の士気が熱く高まる様を見せつけられた。


 俺たちはすぐに門を通され、エクスタード市庁舎にある作戦会議室へと飛び込んだ。



 ・



「わたくしから紹介するわ。こちらはあの盗賊ドゥよ。そしてこちらが、アイオス・クロイツェルシュタイン王子」

「よろしくな、アイオス王子」


 すぐにプルメリアが俺のことを紹介してくれたので、さっとだけ王子に挨拶をした。


「彼に代わって非礼をお詫びするわ。盗賊ドゥは人には決して媚びない人なの」

「大丈夫です、ギルモアから素晴らしい噂を山ほど聞かれています。盗賊ドゥ、クロイツェルシュタインのために海を越えて帰ってきてくれたこと、ここに深く感謝いたします。ありがとう……」


 少し、アイオス王子とカーネリアが重なって見えた。まだ第一印象に過ぎないが、彼もまた丁寧でバカ正直な人種に見えた。


「俺は盗賊でアンタは王子だ。頭を下げる必要はない」

「そうですね……誰かが見たら貴方にご迷惑がかかります。でも、本当にきてくれてありがとう……」


 しかし意外だったのは彼の容姿だ。彼は追れと同じくらいの背丈で、それに似たような細身で、おまけに黒髪で、見れば手の形もよく似ていた。


 王子と俺は静かに見つめ合い、たぶん向こうも似た感想を覚えたのかもしれない。戦争がこれから起きるというのに、不思議そうに俺を見つめていた。


「で、どうやって外の軍勢を迎撃する? あんな低い防壁じゃ、すぐに中に乗り込まれてしまうぞ」

「ええそうね。だって推定兵力差は8万対500だもの」

「えっっ、それっ、私がドゥを呼びに行ってから全然増えてないじゃないっ!? あっ……しま……っ、ごめんなさい王子様……」


 オデットはさすがにヘバっていた。それがプルメリアの意地悪な報告に驚き飛び上がって、それから王子にペコペコと頭を下げていた。


「いいんです、こちらこそ申し訳ありません……。諸侯はオレに期待などしていないのか、1人も口説き落とせませんでした……」

「はっ、だったら王子を向こうに売って、生き残りをかけるっていうのはどうだ?」


「ッッ……。オ、オレは……本音を言えば、処刑が怖いです……。怖いですけど、そうするべきなら、そうして下さい……。皆さんまで、オレと一緒に死ぬことはありません……」

「……すまん、今のはただの冗談だ。で、本当の兵力差は?」


「あら、つまらないわね。8万というのは向こうの全兵力を推定した数よ。今は2000対500ね」

「ピンチなのは何も変わらないな……」


「ええ、だけど町の防壁を盾にすれば、ギリギリで防げなくもないわ」


 プルメリアは落ち着いていたが、内心は穏やかではなかっただろう。今防げても、それでは死屍累々の被害を被って次がなくなる。


 オデットの大切なスティールアークの民が兵士として死傷し、陽気なアンドラス傭兵団も壊滅する。


 だが俺は盗賊だ。軍略の知恵なんてない。あるのは盗みの技と、逃げ足と変装術に、単騎での戦闘力くらいだ。

 会議に加わりながらも俺は静かに状況の把握に努めた。


 ……知れば知るほどにひどい状況だ。

 この場に軍略に秀でた将軍はなく、起死回生の奇策を提案してくれる天才軍師もいない。


 あるのは王子が連れた近衛兵と、アンドラス元傭兵団という精鋭くらいだ。

 やっぱりカーネリア引っ張ってくるべきだったと、後悔した。彼女ならばあの人徳とカリスマで、味方を次々と増やしていってくれただろう。



 ・



 作戦が決まった。防壁を盾にして戦う。ただそれだけだ。

 大胆な作戦を行うには用兵に秀でた士官が必要で、防壁を十分に機能させるには兵力が必要だった。よって、他になかった……。


「被害は?」

「おう、お疲れさん。思ったよりは少ないな。だが今日だけで31人が死んだ、ほとんどが新兵だ……」


 夜を迎えると戦いは中断となった。暗闇の中では同士討ちの方がずっと怖いそうだ。

 アンドラスのおっさんは自分が育てた新兵たちの死にさすがに堪えていたのか、こちらに一瞥もしなかった。


「おい、なんだその口は?」

「ああ? 急にどうし――お、王子様ぁぁっっ?! こ、こりゃすんませんっ、てっきり俺ぁ、ドゥの野郎かとっ!」


「……いけるな」

「な、何がですかい、王子様……?」


「アンドラス」

「へ、へいっ、なんでございましょう、王子様!」


「……まだわからないのか? あれだけ愉快な旅を共にしたのに、声を忘れられると少し悲しいな」

「へ……っ? またまた王子様、何を言って――――ゲェェッッ、お、お前っ、ドゥなのかっっ?!!」


 王子に服を借りて、容姿が彼に似るように軽い化粧をした。さらに髪を丁寧に解かして髪型を落ち着かせて、仕上げに彼の服を借りた。


「どうだ?」

「詐欺だろ、おいっ?!」


 少し気弱なアイオス王子の顔で、残忍なアルカイックスマイルを見せてやると、アンドラスは感心したような目でこちらを見ていた。


「これで他の連中も騙せそうか?」

「お、おう……完璧だ……。その育ちの悪い身振りと表情がなければだが……」


「さすがにそれは隠す。それより頼みがあるんだが、聞いてくれるか?」

「なんだ……?」


「俺のために陽動をしてくれ」

「ははははは!!」


 俺は盗賊だ。たまに化けたり詐欺もする。これから俺はアイオス王子になりすまして、敵将の首を取る。


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