5.行方不明から始まる突然の余暇
その後、俺たちはここ一帯を治めるギニャ王国まで道を引き返すことになった。
なぜそんなことになったかといえば、情報が全く入ってこなかったからだ。
あの空城の計以降、野良をのぞく魔軍の支配下にあるモンスターたちが一斉に活動を停止させた。そのためギニャ王は、てっきり俺たちが魔将を討ったものだと勘違いして、祝賀会の準備をして待っていたくらいだ。
『本当に本当に討ってないの? 勇者様嘘吐いてない?』
『残念ながら吐いていません』
『本当にぃー? 王様騙そうとしてないー?』
『本当です。グリゴリは恐ろしく狡猾なやつです、ご注意下さい、ギニャ王様』
『ほぅ……。で、本当のところは?』
『だから、我々はまだグリゴリを討ってません……そう言っているではないですか』
『ならなぜ魔物が急に静まったんだい?』
『わかりません……。とにかくギニャ王様、ご注意を』
ギニャ王の説得に骨を焼くことになったと、カーネリアが愚痴っていたのを覚えている。
俺たちは国王に情報収集の援助を求めて、パーティを3つに分けた。
俺とカーネリアは王都、ペニチュアとラケルは北、ソドムさんには申し訳ないがディシムと組んで南での情報収集を行っている。
そうして別れて、かれこれ半月が経った今も、情報らしい情報は何一つも入ってこない。
半月近くの足止め。いや、思わぬ休暇の日々を過ごすことになった。
「ねぇドゥ……僕たち、こんなことしてて本当にいいのかな……」
「いいに決まってるだろ。あいつらもきっと遊び回っている」
「そう、かな……」
「ディシムとペニチュアお姉ちゃんも、こうして俺と同じことをしているさ」
俺たちは城下のプール付きの宿に宿泊していた。
昨日の午前は買い物をして、午後はプールで競争をした。ガチの競い合いに発展したので、他の宿泊客はだいぶ迷惑そうだった。
今日は午前を自堕落に過ごして、これから飯を食いに行く。金は盗んだ。
「ドゥと2人だけでこういう店に入るの、初めてだね……」
モモゾウもこのレストランに連れてきたかったんだが、眠いと言って相棒の俺より昼寝の方を選んだ。
「言われてみればな。オヤジ、ビール2つ」
「待ってっ、昼間からお酒を飲むのかっ!?」
「何か問題か?」
「悪いことだよ、それはっ!」
「ははは、俺とアンタは何もかもが正反対だな」
「だって、みんなががんばってるかもしれないのに……」
「……そうやって焦らして消耗させることが、向こうの作戦なんじゃないか?」
「え、そうなのか……?」
「わからん、とにかく飲もう」
少し待つと空のコップが2つ配膳されてきた。
ジョッキではないのだなと眺めていると、なぜかオレンジジュースがそこに流し込まれた。
「その方、勇者カーネリア様だろ? コイツはうちの店からのおごりだ、魔将を討ってくれてありがとな、勇者様!」
「まだ討ってないよっ!?」
「またまた、悪い冗談はよしてくれよっ」
「おい、オヤジ……ビールの方は?」
「勇者様がダメだと言うならダメだ。おとなしくジュースで我慢しとけ!」
「助かるよ、店長さん。でも、本当に僕たちまだ魔将を討ってないんだ……」
「ははは、勇者様は冗談が上手だなぁ」
「はぁぁ……っ、なんで誰も信じてくれないんだ……」
俺たちは濃厚なオレンジジュースを手にメニューを眺めて、香辛料たっぷりのステーキとフルーツサラダとやらを注文した。
だらだらと過ごす俺とは正反対に、カーネリアは気を揉んだ様子で肩肘を張って注文を待っていた。
勇者っていうのは大変だな。厳しく育てられ、過剰に期待され、あまりに大き過ぎる義務を背負わされる。
「なあ、カーネリア、さっきの話だが……」
「さっき……? ダメッ、昼間からお酒はダメだよっ」
「そっちじゃない、魔将の狙いが俺たちの消耗って話をしただろ?」
「あ、ああ、うん……。そうだね、それもあり得ると思う……」
「向こうは俺たちと戦う気がない、少なくとも今は。そうだろ?」
「うん、それは間違いない」
「だったら、グリゴリが俺たちと戦わない理由はなんだ?」
下品にイスを背中側に傾けながら、俺はカーネリアにコップを向けて問いかけた。
カーネリアの方はお上品だ。両手に膝を置いて、背筋をピンと伸ばして、終始真面目そうに考え出した。
こんなクソ真面目な女の子に、パレードのど真ん中で唇を奪われるとは思わなかったな……。
「君に勝てると思っていない、とか……」
「なんでアンタはそんなに俺を買いかぶってくれるんだ……」
「え……? だって、ドゥは凄いじゃないか。君みたいに凄い人、僕は見たことがない。君は本当に素晴らしい人だ、尊敬している……」
「止めてくれ……全身がくすぐったくなってきた……」
「ふふっ、君を困らせたかったら褒め殺せばいいんだね」
「そんなこと学習しないでくれ……」
料理がきたのでフォークとナイフをわざと下品に擦り合わせて、早速ステーキにナイフを入れた。カーネリアは小皿なんて必要ないのに、サラダを自分と俺の分の小皿によそってくれた。
やはり、俺たちは育ちも思想も何もかもが違う。
「ほら、先に食え」
「えっ……」
「口を空けろ、早くしないと肉汁がテーブルに落ちる」
「う、うん……。あ、あーん……」
カーネリアの口にステーキを一切れ食わせると、同じフォークで自分の分を食べた。
それからサラダをつつきながら少し考える。小皿に移すと、まあ確かに食べやすかった……。
「なんだかこういうの、こ、恋人みたいだね……」
「そうか?」
「なんで素なんだよっ!? 少しくらい一緒に恥じらってくれてもいいじゃないかっ!」
「アンタが純情過ぎるんだ。ほら、あーん」
「あ、う……。あ、あーん……んっ、美味しい……♪」
なんだかんだカーネリアは幸せそうだった。
恥じらい深い彼女の口に肉を運んでやるのは、まあこっちも存外に楽しくて少しドキドキとした。
それから肉を見下ろした。この1切れ1切れが俺たちならと、塊からフォークで3切れを外す。当然、大きな塊が右側に残った。
こっちの1切れ1切れが俺たちなら、この塊は――
「どうした、食べないのか? ドゥ?」
「なぁ、カーネリア」
敵は、刺客である俺たちを攻めずに――いや、まさかな……。
「ドゥッ、やっと見つけたっ、大変、大変なのっっ!!」
ところが――そこに沿海州にいるはずのない人物が現れた。
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