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4.第三章完! 決戦魔将グリゴリ

・盗賊ドゥ


 この素晴らしい旅がもっと長く続きますように。

 そう俺とカーネリアが心の底で願うのとは裏腹に、旅の終点はすぐそこまで近付いていた。


 魔将グリゴリの城は遙か南方、密林の彼方にある。

 前回の魔将ヴェラニアが自らの城を腐食の力を覆い、籠城を決め込みながらじわじわと勢力を広げていたののに対し、魔将グリゴリはあまりに消極的でノーガードだった。


 恐ろしい強敵が勇者一行の道を阻むことはなかった。

 ましてやモンスターの大軍に囲まれて追い詰められるようなこともなかった。


 モンスターの出現頻度も数も全てが拍子抜けで、山賊や豊か過ぎる自然の方が厄介なほどだった。何か裏があるのではないかと、俺たちは日々当惑しながらも疑わずにはいられなかった。



 ・



「待たせたな。城外周にモンスターの姿はない、このまま進もう」


 山賊の町に放火した日より、ざっと半月が過ぎた。

 今日、俺たちは街道すら存在しない密林の彼方にて、魔将グリゴリの城付近に到達した。


「はぁぁぁ……。なんなだろうなぁ、この旅はよぉ……?」

「わからない、行くしか、ない」


 俺たちは深い密林を進み、グリゴリの城に向かって鬱蒼とした密林を歩いた。

 ヴェラニアの城の周囲は灰色の森になっていたが、ここにはなんの変化もない。ここが本当に敵の本丸なのか、疑わずにはいられないほどに平凡な密林だった。


「先に俺が中を見てくるか?」

「ダメだよ、敵の根城に単独で乗り込むなんて危険過ぎる!」


「ならモモゾウに頼もう」

「ピィィーッッ?! ドゥはモモンガ使いが荒過ぎるってっ、言ってるじゃないかぁぁーっっ!!」

「そ、そうですよっ、モモゾウちゃんが食べられちゃったら大変ですよ……っ!」


 ヒーラー・ラケルはすっかりモモゾウの大親友だった。

 俺たちは城の姿が近付いてくると声を潜めて、狙撃を狙う射手いないか警戒しながら密林を進んだ。……射手の狙撃は一度も無かった。何の妨害もなく易々と城の前に着いてしまった。


「気をつけて下さいね、お二人とも……」

「ドゥがいれば、大丈夫。いこう」


 俺とソドムさんが先行して、一行は開けっ放しの城門の内部に突入した。誰もいない……。

 俺たちは誰にも道を阻まれることもなく、踊り場のあるエントランスホールまでやってきてしまった。


「空城の計かしら……?」

「へぇ、お嬢ちゃん、ずいぶんと難しい言葉知ってるなぁ……おっ」


 城の入り口には格子状の鉄城門があった。それが今、きしむような不快な音を立てて閉じていっている。俺たちは城内に閉じ込められた。


「罠だっ! みんな警戒をっ!」

「はっ、してやられたな……」


 俺とカーネリア、ソドムさんは後衛を庇うように前に出て、それぞれの獲物に手をかけた。


「あの……こんな時になんなのですけど、あの、空城の計ってなんですか……っ!?」


 ラケルが弓に矢をつがえて、だいぶ動揺しながら辺りを見回していた。


「こういう状況のことだよ」

「ふふふっ、あのね、ラケル、空城の計っていうのはね……。敵を城の中に誘い込んで、それからね……」


「そ、それから……?」

「それから囲んで皆殺しにする戦術よっ、ふふっ、素敵よね♪」


「ええええーっっ?!!」

「叫んでねぇで警戒しろっ、なんかきやがるぞっ!!」


 動揺しているラケルはさておき、魔法の素養のあるディシムとカーネリアが何かに気づき、エントランスホール上部の踊り場を見上げた。

 誰もいなかったその場所に、数え切れないほどのスケルトン・アーチャーが現れていた。そいつらは俺たちを狙って、矢の嵐を降り注がせた。


「下がれ前衛っ、ここは俺に任せやがれっ!」


 ソーサラー・ディシムは騒がしい男だ。だが頼りになる。彼は竜巻の防壁を生み出して、敵の矢を全て吹き飛ばしてくれた。

 ならばと俺はアーチャーの排除を受け持つことにした。防壁が消えるなり、俺は敵前衛スケルトン・ソードマンの足下を滑り抜けて、エントランスホールの階段を駆け上った。


 後ろでは戦いが始まっている。次々と現れるスケルトンたちは、弓と魔法と剣と物量で勇者パーティ一行に攻めかかっていた。


「急げ盗賊っ、そう何度もこんなの連発できねーぞっ!」

「善処する! アンタは死ぬ気で堪えろ!」


 ディシムがいなければ初手で全員が負傷させられていた。ディシムの大手柄だ。

 俺はスケルトン・ソードマンの防壁を一撃必殺のナイフで斬り抜けて、スケルトンアーチャーとマジシャンが集まる踊り場へと乗り込んだ。


 ラケルの的確な射撃が俺を援護し、彼女の射撃が終わるとディシムが再び風の防壁を展開させる。見事な連携だったが、やはり長くは保たない戦術だ。


 俺は一心不乱で狙撃手たちを一撃必殺で片付けて、仲間を少しでも脅威から守ろうと奮戦した。


「うっ、うがっ……。だぁぁっ、もう無理だっ、後頼んだぜ、お前ら……っっ!」


 ディシムが限界を迎えると前衛と前衛の戦いが激化した。

 ソドムさんが鋼鉄の六角棒でスケルトンファイターを薙ぎ倒し、勇者カーネリアが聖なる力を秘めた斬撃でアンデッドたちを灰に変えていった。


「くっ、倒しきれない! 弓が行くぞ、避けろっ!」


 弓の斉射が仲間を襲った。

 ソドムさんがディシムとペニチュアをかばい、無数の矢傷を負うのを見た。それを見て俺はさらに奮戦した。


 魔将グリゴリ、なんて恐ろしいやつなんだと、仲間を傷つけられた怒りに歯を食いしばりながら暴れまくった。


「待って、パパッ、その子は味方よ!!」


 残るペニチュアが何をしていたのかと言えば、彼女は死霊術使いだ。エントランス上のスケルトン・マジシャンたちを蒼いオーラで包み込んで、なんとその支配権を己に塗り替えていた。

 その数……ごっそり全部の約40体だ。


「ひゃははははっ、やるじゃねぇかよお子様! おい、大丈夫か、ソドム!?」

「ディシム。無事で、よかった……」


「おいおいっ、惚れちまうだろが、そういうのはよぉーっ!」

「困、る」


 ディシムは杖を振り回して前衛に加わり、ヒーラー・ラケルにソドムさんの治癒を任せた。

 ソドムさんの困り顔をゆっくり見ている暇はなかった。


 形勢逆転だ。俺は味方となったスケルトン・マジシャンをカバーして、空城の計が失敗に終わるまで戦いの全てをエントランス上から見届けた。

 増援の数が数なので戦いが長引くことになったが、既に趨勢は決していた。



 ・



「すまん、先に、行け」

「だらしねぇな。しょうがねぇ、俺様がついててやるよ」


「困、る。触、らないで……困る……」

「遠慮すんなよ、美少女が一緒に付いててやるって言ってんだぜー?」


「必要、ない。魔将、討て」


 治癒魔法で癒したしたとはいえ、ソドムさんの負傷は軽くはなかった。

 俺たちは残りたがるディシムを説得して、魔将の居室を探して城の奥に進んだ。


 基本的な構造はヴェラニアの城とほとんど同じだ。

 俺とカーネリアが案内して、あちらの城でヴェラニアがいた広間を目指した。


「この先が恐らく魔将の間だ……。この戦いに勝てば、南方はモンスターの脅威から解放される。さあ、行こう!」


 思っていたよりずっと早くなったが決戦だ。俺たちは大扉を蹴り開けて中へとなだれ込んだ。ところが――


「あれって、ブルースライム、ですよね……?」

「やっぱり私たち、グリゴリにバカにされているんじゃないかしら……」


 ところが魔将は不在だった。玉座の上でブルースライムが1匹揺れているだけで、どこを探しても魔将の魔の字もなかった。


「ねぇ、ドゥ、どうしよう……」


 カーネリアが隣に寄り添って、声を潜めて俺を答えを求めてきた。どうしようと言われても、それを決めるのはリーダーのアンタだろう。


「それはアンタが決めることだろ」

「でも君は僕の勇者様だろっ!」


「いきなりどういう理屈だ……。少し待て、痕跡を探してみる」


 何か遺留品はないかと魔将の魔を探った。……残念だが、追跡に使えそうな情報は何も残っていなかった。


「変だな……何もない。まるで誰もここで暮らしていなかったのように、何一つないぞ……」

「敵の本丸に親玉がいねぇって、そんなんありかよっ?!」

「一度、ソドムさんのところに戻りませんか……?」


 ラケルの言う通りだ。俺たちは一端引き返し、少し休んでから城の探索を再開した。

 結果、見つかったのは大量の罠ばかりだった。俺がいなければ手酷い損害どころか、ここで全滅していた可能性が出てくるほどに、えげつない罠のフルコースだった。


「だぁぁぁーっっ、どこ行きやがったよっ、この臆病者がっっ!!!」

「く、くっつか、ないで……困、る……」


 魔将も決戦の舞台もどちらも行方不明だ。魔将グリゴリは自らの居城を罠に仕立てて、自らはどこかへと姿を消してしまっていた。


 俺たちはなんの成果も得られないまま、深い密林の奥から文明圏に引き返すことになった。

 魔将がおとなしく城で待っていなければいけないというルールはない。魔将グリゴリ、コイツは一筋縄ではいかないくせ者のようだった。


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