3.ガブリエルとベロスの復讐
・元騎士エルドア・ベロス
憎悪だ。あの薄汚い盗賊への憎悪だけが今の俺を支えていた。
俺は逆賊だ。俺に同情する者は少なくなかったが、それ以外の者どもは俺を裏切り者扱いする。使用人まで俺を冷たくあしらい、時に雑務を押し付けてきて、甥は俺をかばおうともしなかった。
「ああ、エルドア叔父上。暇そうでいいですね」
「なんの用だ」
「この書簡を今日中に王都に届けてくれますか? ベロス男爵家の面汚しにも、このくらいの仕事ならできるでしょう」
「わかった。だが、いつかお前を後悔させてやる」
「うんこたれのベロス男爵がですか?」
「くっっ……!?」
「こっちは叔父上のせいでいい迷惑ですよ。おかげでこの僕までうんこたれ扱いです。ベロスと言ったら吟遊詩人と言わず誰もがこう言います。高慢ちきのうんこたれのバカ貴族だと」
「くぅぅぅ……っ! これを届ければいいんだろうっ、届ければっ!!」
屈辱だ。俺は命と名誉をかけて戦った! なのになんだこの扱いは!
薄汚い盗賊! カドゥケスの変態どもに身体を売っていた薄汚い男娼ごときが! このベロスの名誉をよくも汚してくれたな!!
覚えていろ……いつか必ず復讐してやる!
御子カーネリア! 盗賊に味方した貴様もだ!
・
それから数日後、現在――
「久しぶりだな、ベロス」
「ガブリエル!? 帰れっ、我らが密会したと知れたら面倒なことになるではないか!」
その日、屋敷の俺の私室に収監されているはずのガブリエルが現れた。
ガブリエルはマスクと深い帽子をかぶった男を連れていた。
「やつれたな」
「ふんっ、貴公もな」
「その傲慢さも変わっていないか。クククッ、ちょうどいい……」
「ガブリエル……? お前、どうかしたか……?」
ガブリエルは雰囲気がどこか妙だった。
破滅したはずの男が自信満々に顔を上げ、落ちぶれた俺を見下ろしていた。監獄暮らしは決して楽ではなかっただろう。
「ベロス、俺は悪くない。悪いのは秩序を乱す盗賊だ。悪はアイツで、俺たちは正義だ」
「牢獄で狂ったか、ガブリエル……?」
「狂う!? 狂うに決まっているだろうっっ!! 高貴なる我らを差し置いて、ヤツはありとあらゆる名誉を独り占めした!! あの尻軽女がっ、女たらしの盗賊に惚れさえしなければっ、俺たちはまだ勝ち組の側にいられたんだっっ!!」
醜いと感じた。目の前にいる男はもはや神聖でもなんでもない、ただの醜い復讐鬼だ。
まるで自分自身を見ているかのような気分になり、俺は軽い吐き気を覚えた。
「聞いているのか、ベロスッッ!!」
「ああ、聞いている……。まるで、己の心の叫びを聴いているかのような気分になった」
「殺そう……殺してしまおう、ベロス……。あんな勇者は間違いなんだ……。盗賊ドゥと、あのクソ女を殺してしまおう!!」
「殺したい。だが、どうやって……?」
そう問いかけると、ガブリエルの口元が狂気に歪んだ。
「こちらの方が俺たちの願いを叶えてくれる。彼こそが、俺たちの救世主だ……」
部屋の片隅で不気味なほどに不干渉を貫いていた男が、ガブリエルの隣に立ってマスクと帽子を外した。
「き、貴殿は……っ!?」
「ご機嫌よう、ベロス卿」
そこにあったのはクロイツェルシュタイン貴族の筆頭であるホーランド公爵だった。国王ペレイラ・クロイツェルシュタインとは対立関係で、現王の失脚を誰よりも望む者だ。彼の財力は王家にすら匹敵する。
その男が監獄から復讐鬼を連れて俺に会いにきた。
「ガブリエル、あの薄汚い盗賊に復讐する気はあるか? あるよな、あるに決まっている……。一緒に盗賊ドゥ殺そう……あの尻軽女もだっっ!!」
「少し落ち着きたまえ、ガブリエルくん。……さて、私のために戦ってくれる覚悟はあるかね、ベロス卿?」
俺もまた、都合の良い復讐鬼になってくれると期待してのことだろう。
「ククク……」
腹の奥から笑いがこみ上げきた。
俺は笑った。最初は静かに、次第に激しく、狂ったように喜びに笑った!
これは、再起のチャンスだ! 復讐のチャンスだ!
まさか、こんなに早くチャンスがめぐってくるなんて! 俺はなんてついているんだ!
殺してやる! 殺してやる! 殺してやる! 殺してやるぞ、盗賊ドゥ!! 貴様の前で、カーネリアを惨たらしい肉塊に変えてやる!!
「公爵、俺は何をすればいい……?」
貴族と貴族は対等。そのルールを破って、俺はホーランド公爵の足下にひざまずいた。
「それは――」
大まかな計画を聞くと俺は立ち上がり、長らく使うことのなかった真剣を再び腰に吊した。
復讐だ……復讐の時がきた。殺してやる、殺してやるぞ、ドゥ!!
薄汚い盗賊が貴族に勝つなど、そんな現実は存在してはならないのだ!!




