2.善でも悪でもない最高のパーティ
ケパの町が山賊の町であることを伝えると、街道から大きく外れた山腹で早めの野営を行うことになった。こちらでの旅は東方での遠征よりずっと過酷だ。
スコールの多いこの地方では、野営をするには屋根が必須で、夜も暖かいのはいいのだが水分の少ない薪の確保に毎晩苦労することになった。
大蛇や毒蜘蛛、厄介な野生動物も多かった。
「ふん、ふん、ふーん……。楽しい、な……」
重戦士のソドムはそんな南国の旅のエキスパートだった。俺の役割が障害の排除なら、ソドムの役割はサバイバルと水先案内役だった。
彼は携帯型のロースト機を回して、低くやさしい声で鼻歌を歌っている。……ただ少し音痴だった。
「あ、すまん。みんなは、慣れない、な……」
「そんなことないよ、僕も楽しいよ、ソドムさん。今夜宿屋で寝れないのは、残念だったけれど……」
野宿ばかりの生活にうんざりしてしまったのか、カーネリアはたき火に向けて小さなため息をついた。
「へっへっへっ、怖いねぇ、蛮族どもは。んよしっ、よくやった! おじさんの熱いキッスをくれてやるぜ、ドゥ! んちゅぅぅーっ」
コイツはソーサラーのディシム。始末の悪い女だ。
彼は元々はただの下品なオヤジだったが、呪いの指輪の影響で女になってしまったと、本人はそう証言している。
本人の軽薄な人間性が人間性なので、どうにも信じかねる。
俺は自称おっさんの頭を押し退けて、ありがた迷惑な接吻を丁重にお断りした。
「恥ずかしがらなくてもいいじゃねぇかよぉ、俺様のキッスを受け止めやがれ、おらぁっ!」
「モモゾウ、代わってくれ」
「ぇっ……? ピッ、ピィィィーッッ?!!」
膝の上で丸まっていたモモゾウの唇を生け贄に捧げると、ディシムは誰でもよかったのか満足してくれた。ショックを受けたモモゾウは最近お気に入りのラケルの膝に逃げて行った。
「ねぇソドムおじさま、お肉はまーだー?」
「そろそろ、いい。夕飯に、しよう」
「私、おじさまが気に入ったわ。死んだら使役させてちょうだい」
「いい、よ」
「いいのかよっ!! ギャハハハッッ、このでくの坊といいっ、よくもこんな変な連中ばっか集めたもんだぜっ!!」
いやアンタが一番変だ。
そう言ったら最後、可憐な女の顔をしたシラフの酔っぱらいに絡まれるのが見えていた。
だが、ペニチュアお姉ちゃんの気持ちもよくわかる。
ソドムは料理の腕も素晴らしく、この美味い飯が食べられなくなるくらいなら、死体を使役して手元に置きたくもなる。
特製の香辛料とタレで焼いたウリボア肉のローストは、ざっと3kgほどもあったはずが一晩でなくなっていた。
腹が満たされるとペニチュアはやさしいラケルに甘えだして、ソドムは下手くそな歌で場を盛り上げてくれた。本当に、音痴で下手くそなやつだった。
「どうしたんだ、ドゥ? もしかして疲れた?」
「いや……。どうでもいいことを考えていただけだな」
「そう言われると気になるよ。何を考えていたの?」
カーネリアがスキンシップを装ってすぐ隣に寄り添ってきた。
純情な彼女にとってはそれはちょっとした冒険で、身動きが固くぎこちなくなっているのがどうにもかわいらしくて、ついこっちは純粋さに微笑んでしまった。
「いや、前のパーティは酷かったものだなと、あらためてな……」
「うんっ、そうだね! 今回は素晴らしいパーティになった! ガブリエルたちに振り回されていたあの頃が、まるで嘘みたいだねっ。何もかもが順調だよ!」
「ま、そこが少し気にかかるんだがな……」
「え、それって、どういうこと……?」
「順調過ぎるような気がする」
今回の冒険は非情に上手くいっていた。前のパーティがあまりに酷すぎたのもあるが、やはり妙な感じが拭えない。
魔軍側の反撃がいやにひかえめだ。そのせいでもうじき目的の地である魔将グリゴリの城にたどり着いてしまう。
あまりにあっさりとことが運び過ぎていた。
・
夜、物音に目を覚ますと、俺もカーネリアに続いて身を起こした。
「ぁ、ごめん……。起こしちゃった……?」
「起こしたんじゃない、俺が勝手に起きたんだ」
「それって意味が全く同じじゃないか……。ドゥ、君は本当にへそ曲がりなんだね……」
「眠れそうか?」
「ベッドで寝たい……」
立場上弱音を吐くことができない彼女が、へこたれた子供みたいな声でそう言った。
「俺もだ。だがしばらくは無理そうだな」
「ぁ……っっ?!」
カーネリアの手を引くと、彼女は甲高い声を上げて身を震わせた。そんな彼女を俺は引っ張り起こして、カンテラに火を移すと森の奥へと導いた。
「ありがとう、ここなら普通の声でしゃべれるね」
「少し散歩でもしないか?」
「い、いいの……?」
「同意だな、さあ行こう」
「う、うんっ……。なんだか、ワクワクしてきたよ、僕……っ」
「同感だ」
「え、ドゥも……?」
「ああ。もしアンタと少年時代に出会っていたら、もっと悪い夜遊びをアンタに教えてやったんだがな」
「へへへ……♪ でも、今からでも遅くないと思う……。僕にもっと色々教えて欲しい……」
「それは――それはギルモアに怒られそうだ……」
近くに小川があった。川のせせらぎでも聴けば彼女もリラックスするだろうと、手を引いて一歩先を歩いた。肩を並べて歩くと、彼女の純情さに飲まれてしまいそうになるからだ。
「あっ……?! 何あれ、魔法……?」
「いや、たぶんあれは虫だな」
「虫なの!? あっ、本当だ、お尻が光ってる!」
「ずいぶんと派手なホタルだな……」
赤、水色、緑、紫の光が点滅しながら川辺を飛び回っている。俺の知っているホタルよりもずっと輝きが強く、複数の光がもつれ合う姿は俺たちの色彩感覚を少し狂わせた。
「凄い……外の世界って凄いね、ドゥ! 世界がこんなに不思議なんて、僕は去年までずっと知らなかったよ!」
「そのセリフ、ソドムさんに聴かせてやったらきっと喜ぶだろうな」
「ふふふっ、良い人だよね」
「だいぶ音痴だけどな」
「僕はあの歌が好きだ。今回のパーティはみんなが最高だ! 次の冒険も、このパーティで行けたらいいのに!」
カーネリアは夢を膨らませて、普段の彼女らしくもなく明るくはしゃいだ。
使命と正義感にかられて旅を続けてきた彼女の口からそんな言葉が漏れると、旅の同行者としてとても嬉しくなった。
「そのときは俺も付き合おう。アンタと一緒に旅をするのは楽しい」
「本当っっ?!!」
「大きな声を出すな、みんなが驚いて飛んでくるぞ……」
「あ、ごめん……でも、嬉しくて……えへへへ。これから頼りにしてるからね、ドゥ」
「アンタは見てられないから特別だ」
「へへ……♪ 今日はなんて良い日なんだろう……僕は、幸せだ」
もっと他に気の利いた言葉があったはずなのに、出てきたのはへそ曲がりの言葉だった。
けれどもカーネリアは俺のつまらない返しに身を弾ませて喜んでくれて、彼方に広がる光の乱舞に魅了されていた。
いつかは旅を終えて、俺たちはそれぞれの人生に帰って行く。
もっとこの旅が長く続いて欲しい。俺は心の底でそう願ってしまっていた。




