1-2.盗賊の宿
「ぷっ……はははははっ!」
「えーっっ、笑うなんて酷いよぉーっ、ドゥ! ボクチンネズミじゃないよぉっ、モモンガだよぉーっ!!」
いつもいつも話がややっこしくなるから喋るなと言っているのに、モモゾウは袋から顔だけ出してネズミ呼ばわりに抗議した。
「なっ、ネズミが喋ったぁっっ!?」
「ネズミじゃないのーっ、ボクチンモモンガなのーっ!!」
「うはははっ、こりゃすげぇっ、金になんぞこのネズミ! おいてめぇら、1名様ご案内だ! さっさと出てきてご案内しがれ!!」
「うわーんっ、モモンガだって言ってるじゃないかぁーっっ!! むきゅっ?!」
お前は黙ってろとモモゾウを指先で袋に押し込んだ。
そうしているうちに宿のあちこちからゴロツキどもがなだれ込んできて、金貨を見せびらかすバカな外人を取り囲んだ。
しかしこれは慢心か、店主は俺の手首を解放したようだ。
「一応聞くが……アンタたち山賊か?」
「違うよお兄ちゃん、俺たちゃ盗賊だ! お頭っ、コイツ娼館に売りゃ金になりますぜ!」
自称客引きは自称盗賊の仲間だった。
街道を旅する者を宿に連れ込んで、身ぐるみはぐのがこいつらの商売なのだろう。
「あー? 俺ぁホモはちょっとなぁ……」
「ホモでもなんでも金になりゃいいじゃねーですか! ってことでお兄ちゃん、おとなしくしてくれるよなぁ?」
これから斬る相手に返事の言葉なんていらない。俺はかかってこいと指で小さいおっさんを挑発した。
「タハーッ、お兄ちゃんは顔キレイだけどバカだなぁぁっ、オラァッッ!! ぁ、ぁ、ぇ……?」
1体撃破だ。片付いたので隣の男を挑発した。すぐには乗ってこなかったが、何度も侮蔑のジェスチャーをくれてやると、2体目撃破とあいなった。
「何バカ正直に1対1で戦ってやがる! てめぇら全員でナマスにしやがれっ!」
「なら親分さん、アンタからかかってきな」
「うっ……。うるせーっ、てめぇら殺せっ、こんな野郎殺しちまえっ!!」
しょせんは烏合の衆だ。すぐにあらくれどもは地べたにはいずることになった。
最後に残った親分は仲間を見捨てて逃げようとしたので、背中に不名誉の勲章をくれてやった。
「おい、ここ一帯には他にこういう店があるのか?」
「お、お前、強ぇぇじゃねぇかよぉ……。こ、こんなん、聞いてねぇぜ、おぃぃ……っ」
「親分すまねぇ、こんな怪物が、ひ、1人で旅してるなんて……普通思わねぇよぉ……っ」
「いいから少しは俺の役に立て。どうなんだ?」
「へ、へへへ、へへへへへ……ああ、そうだぜぇ、この地方じゃ、こういう商売、珍しくもなんともねぇ! いいか、耳の穴かっぽじって、よーく聞けよぉ外人……。ここは、この町はなぁ……この町そのものが盗賊の砦なんだよぉっっ!」
言葉を受けて宿屋の窓から外をうかがうと、弓矢が飛んできて顔を引っ込めることになった。
宿の外に武装した住民たちが集まっている。さっきのバザーのババァもいた。この町は真っ赤だった。ここはぼったくり亭ではなく、ぼったくりタウンだった。
「お兄ちゃん、ド変態どもが集まるいい娼館を紹介してやるぜ、ハハハハハッ!!」
「いやホモはちょっとなぁ……って、なっなななっ、何しやがっ、ギャーーッッッ?!」
カウンターに大型のランプが置かれていたので、それを店の玄関口に投げ付けた。
でかいだけあってなかなか派手に燃えた。次はあっちのランプにしよう。
「やややややっ止めろ止めろ止めろっ、あーーーっっ、俺の店がぁぁぁぁっっ?!!」
「あ、ああ、悪……悪、魔……っ!?」
ランプは目に入るだけでも7つあった。
どのランプもよく燃え上がり、特に窓際のカーテンに投げたやつが派手な花火になった。
「助けろっ、助けてくれぇぇっっ!! ほ、放火っ、放火魔に火を点けられたぁぁっっ!!」
大きな炎にイスを投げ付けて薪にした。合わせて4つほど炎に焼べると、黒煙が宿の中に広がっていった。
「放火魔じゃない、俺は盗賊だ」
ま、運と人望があれば生き残れるだろう。
俺は店の2階へと駆け上がると、客室の窓から倉庫の屋根に飛び移って、隣の民家へとまた飛んだ。
宿の外は火事場の大騒ぎだ。放火魔を追うよりも、いち早く炎を鎮火して被害を抑えなければ、町の中心が丸ごと黒焦げになってしまう。
怒りにかられて俺を追う者もいたが、俺のとんずらに追い付ける足を持つ者はどこにもいなかった。
・
服をいくら払っても焦げた臭いが取れなかった。
俺は街道を長距離走で引き返し、仲間の姿を探してひた走った。
「ピィッ?!」
カーネリアたちはきっとこの辺りだろうと足を緩めると、空を切って弓矢が街道沿いの林の中に突き刺さった。
矢はウリボアと呼ばれる下級モンスターに突き刺さり、標的は見事一撃で絶命していた。
「すみません、驚かせてしまいましたか……?」
「なんだ、アンタだったのかラケル」
「び、びっくりしたよぉ……っ。ただいまっ、ラケル!」
彼女はヒーラー・ラケル、弓と回復魔法のスペシャリストだ。
ラケルはモモゾウの体当たり気味の挨拶を胸で受け止めて、その必要があるかわからんが、モモゾウを自分の帽子の上に載せ直した。
「ごめんなさい、ドゥさんがいるとは思わなくて……」
「さんはいらないって言ってるだろ」
「そういうわけにはいかないと思いますけど……。だって貴方は英雄です」
「この冒険が終わればアンタも同じ英雄だ」
励ましに肩を叩くと、ラケルは驚いた様子で身を引っ込めた。彼女もカーネリアと同じ神殿の出身だ。
「あっ、す、すみません……」
「ウリボアをしとめたんだな」
「は、はい……っ、僭越ながら……っ」
ウリボアはイノシシ型のモンスターだ。他のモンスターと大きく異なるのは、生命力を失うと肉と毛皮になる可能性がある点だ。近付いてみるとウリボアは3kgほどの肉塊と牙に変わっていた。
「あっ、待って下さい! その矢っ、ペニチュアちゃんの毒が塗ってあります!」
「お姉ちゃ――ペニチュアの毒か。どうやらアンタたち、なかなか相性がいいらしいな」
もし流れ弾が当たっていたら死んでいたな。
ペニチュアお姉ちゃんの薬品は効き過ぎるところが困りどころだ。
「はいっ、ペニチュアちゃんはちいちゃいですけど、さすがはドゥさんの娘さんですね」
「あ、ああ……。じ、自慢の、娘だ……」
「やさしくて、博識で、あっ、お肉は私が持ちます。私が捕まえた獲物ですから、ドゥさんのお手をわずらわせるわけには」
「じゃあ頼む、走り通しでさすがに疲れた」
「はいっ、お任せを」
俺はまだ17歳の天才、若草色のショートカットが美しいヒーラー・ラケルと肩を並べて、後続のカーネリアを探して引き返していった。
「私なんかがカーネリア様とドゥさんとご一緒して、本当にいいんでしょうか……?」
「ああ、アンタはプリースト・マグダラの5倍は使える。もっと堂々とふんぞり返っていろ」
「む、無理ですよ……そんなの」
「マグダラ、元気かな……」
「さあな」
マグダラは困った女だったが、モモゾウにだけはやさしかった。
俺に隠れてモモゾウに餌付けをしているのを、何度も見て見ぬふりをしたのは、もう遙か遠い過去のように感じられた。




