14-1.悪
「……………………ぁ?」
運命の女神――いや、常闇の王は今頃どこかで俺たちをあざ笑っているのだろう。想定外の問題が起きた。嘆く女の器は乾いた音を立てて独りでにひび割れてゆき、やがて割れたのだ。
それにより狂信者たちの詠唱も途絶え、この生け贄の祭壇には深い沈黙だけが残った。
誰もが言葉を失っていた。常闇の王は現れず、盟主や彼らが不死の力を得たようにも見えなかった。あるのは絶対の沈黙。答えのない疑問。やつらの動揺だけだった。
儀式は失敗した。どれだけの子供たちの生き血を捧げたか知りたくもないが、器は粉々に砕けてもはや修復不能の状態だ。
「な……なぜ……」
「器が……器が、滅びて、しまった……」
「我らの不老不死の夢が……」
狂信者たちも現実を悟った。儀式は失敗し、器は破損した。もう望みは叶わないと。
「嘘……常闇の王の、器が……。何が、どうなっているの……」
「ダメだよ、ペニチュアッ、落ち着いてよっ!」
ペニチュアお姉ちゃんは俺の背中から崩れ落ちると、地をはいずって器に手を伸ばそうとした。
「それは我らの者だ、触れるなっっ!!」
だがカドゥケスの盟主は銀の剣を地に突き立ててそれを止めた。盟主ともあろう者が動揺に我を忘れているようだ。見ていて滑稽だった。
「持っていったらいい。被害者たちの人生と、お前たちの徒労の結晶だ。大切にラッピングして、永久にこのゴミを崇めればいいさ」
「最初から復活させる方法など、なかったというのか……」
盟主の耳には俺の愚弄すら届いていなかった。莫大な金と労力と命を犠牲にした夢が台無しになったのだから、まあ正気ではいられなかったろう。
「伝説は伝説。常闇の王なんて最初からいなかったんだ」
「そんなわけないっ、そんなわけあるはずないっ! だったらわたしは、なんのために、今日まで、生きて……」
何をしでかすかわからない盟主たちを警戒しながら、ペニチュアお姉ちゃんの肩にやさしく触れた。
「パパ……わたし、どうしよう……。これから、わたし、何を目的に、生きたらいいのか……わからない……」
「新しい目標を探して好きに生きたらいい。常闇の王に仕える人生よりはずっといい」
今すぐお姉ちゃんを抱き締めてあげたかった。だが盟主はその場から微動だにしない。下手に刺激するとお姉ちゃんを庇いながらの戦闘に発展してしまう。
「盗賊ドゥ、お前は我を殺したいのだろうな……」
「まあな。アンタを殺してもカドゥケスは滅びないが、恨みは十分過ぎるほどにある」
「盗賊ドゥ、だがお前はその怪物を守りたいのだろう」
「お姉ちゃんは怪物じゃない。世界中がお姉ちゃんを怪物と罵ろうとも、俺はこの人を守る」
「ならば我らの首とその女、どちらを取る……?」
俺と盟主は互いに得物を向け合ったまま、長く睨み合った。
カドゥケスの盟主の首を取るチャンスなんて、この機会を逃したら2度と得られない。だが、ここで戦えば弱ったお姉ちゃんは戦死する。
「そう難しく考えることはない。我がこの首を失おうとカドゥケスは消えない。我々犯罪者はダニやシラミのようなものだ。宿主が滅びぬ限り、我らが消えることはない」
「……そちらの望みは?」
「砕けた器の回収。我々は損害無しでそれが欲しい……」
「ダメ……ッ、それは、わたしの……。ぁ……」
心配いらないとお姉ちゃんの髪を撫でた。こんな状況でなければ触れることはなかっただろう。指先が吸い込まれてゆくような最高の触り心地だった。
「かなり危険な取引だ。破片を手にし、外の仲間と合流したアンタたちは俺たちに牙をむくんじゃないか?」
「我らのことをよくわかっているな。ならば破片の一部を持って行くといい」
「わかった、それで手を打つ。そちらが約束を破ったら粉々に砕いて川に撒いてやる」
「それは困る。騙し討ちも考えていたが止めておこう」
盟主がこちらに向けていた剣を下げた。破片を拾えという合図だろう。俺は彼の前に出て膝を突き、嘆く女の器だった物に手を伸ばした。
「愚か者め」
「そっちもな」
ソイツは隙を見せれば平気で約束を反故にする野獣だった。盟主の背中の後ろから、黒いククリが俺の顔面を狙ってひらめいた。
「カハッ……」
「貴様らのやり方を、俺が知らないわけがないだろう……」
しかし倒れたのは盟主の方だ。俺はヤツの喉を斬り裂き、ヤツの背後にすり抜けた。ヤツの誤算は俺を見誤ったことだ。こっちだって悪党だ。隙あらばヤツを殺すつもりでいた。
「ふふふ……最高、パパは最高よ……。ああ、生き返る……クフフフフッ……」
「ピィィッッ?!」
「血塗れで言われると怖いぞ、お姉ちゃん……」
盟主は生きながらペニチュアお姉ちゃんに血をすすり取られた。後ろの狂信者たちはあっけに取られ、少し後れてこちらに武器を構えた。
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