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12.カエリア孤児院

 着替えのために一度宿へと引き返すことにした。ヤツの体臭が服や肌にこびり付いているような気がして、塗れた布で全身を拭いたかったのもある。

 しかしいざ部屋の扉を開くと、いるはずのないモモゾウが俺の胸に飛び付いてきた。


「大変だよぉっ、ドゥ! ペニチュアが捕まっちゃったよぉぉっ!」

「モモゾ――」


「子供たちを助けようとしたんだ! だけど敵の数が凄くて、囲まれちゃって……助けてっ、助けようよっ、ドゥ!」

「……はぁ。全くプロに徹していないじゃないか、お姉ちゃん……」


 子供が血を抜かれて殺されてゆくの黙って見守れるかと言われれば、俺だって無理だったろう。その場で暴れ回って、1人でも多く助けようとしたと思う。


「でもペニチュアはいっぱい助けたんだよ! 孤児院の外に子供たちをいっぱい逃がして、いっぱい救ったんだ……!」

「それ、何人くらいだ?」


「え、人数……? わかんないけど、50人くらいはいたと思う……」

「なるほどな。さすがはお姉ちゃんだ」


 ドレスを脱ぎ捨てて丸裸になると、水瓶で濡らした布で素早く全身を拭った。それから元の盗賊ドゥの姿に戻りながらこれからのことを考えた。


「ねぇ、ドゥ……。ペニチュアは確かに悪い子だけど、見捨てたりしちゃヤダよ……? あの子はドゥのことを、家族だと思ってくれる数少ない人なんだからっ、見捨てたら絶対後悔するからねっ!?」

「当然だ、必ず助け出す」


「うんっ、絶対助けようよ! ボクチン、あの子のことが好き! ちょっと、怖いけど……」

「ちょっとどころではないと思うぞ」


「う、うん……。でも、ボクチンにはやさしいの……」

「それで十分だろ。悪人だからって助けちゃいけない理由なんてないさ」


「うんっ、ドゥのそういうところ、ボクチン大好きだよ!」


 最後に荷物袋を身に付けると、肩にいたモモゾウがその中に潜り込んだ。早足で宿の階段を下り、賑やかな酒場を抜けて肌寒い夜の町に出ると、俺は走った。


 怪しい連中と何人もすれ違うことになった。どうもカドゥケス側は大混乱に陥っているようだ。

 お姉ちゃんは精神こそ子供の肉体に引っ張られているが、深い計算のできる大人の部分も併せ持っている。


 彼女は多数の生け贄を逃がすことで復活の儀式を完遂不能にし、かつ障害となる敵兵を孤児院の外に分散させた。……後からやってくる俺のために。


「穴が空いた生け垣があるの! 孤児院の子たちが教えてくれたんだ!」

「案内してくれ」


「任せて! 逃げるときに使ったけど、今は手薄なはずだよ!」


 やってきてみると孤児院はまるで小さな城のようだった。

 高い塀や生け垣がその外周を取り囲み、巨大な敷地に巨大な宿舎がそびえ立っていた。


 俺たちは追跡者たちにより切り開かれた生け垣を抜けて、開けっ放しの窓から内部へと入り込む。するとふいに、どこからともなく肉の香ばしい匂いが漂った。


「出払っているみたいだな」

「悪いやつら、外で子供たちを追いかけているのかも……」


「せっかくペニチュアお姉ちゃんが作り出してくれた状況だ、有効活用しよう」

「うん……。ペニチュア、助かるよね……?」


「これから助けるんだ。……ところでモモゾウ、地下への道を知らないか? 古い祭壇のある地下室に行きたい」

「下り階段なら見たよっ」


「さすが俺の相棒だ。案内してくれ」

「えへへ……」


 夜目の利くモモゾウに先行してもらって、俺は足音を消して孤児院の廊下を歩いた。

 その道中、大きな食堂の側を通り過ぎた。匂いの発生源はここだったようだ。テーブルには贅を尽くされた肉料理が山を作っていた。


「悪趣味だよ……。ボクチン、カドゥケスなんて大嫌いだ……」

「ああ、こんな組織は今すぐ滅びるべきだな」


 最期の晩餐だ。生け贄に捧げる前に太らせたかったのか、幸福の絶頂から絶望へと突き落としたかったのか……。なんにせよ、最低最悪の所業だった。


「ほら、階段。この先にペニチュアがいるのかな……」

「祭壇があれば当たりだ。索敵を続けてくれ」


「うん……ボクチン怖くないよっ、今はドゥの家族を助けるんだっ」


 俺の家族はお前だけだとモモゾウに伝えるのを止めて、階段を慎重に下った。

 モモゾウがすぐに戻ってきて、小さく震えながら敵がいないことと、怖ろしい祭壇と血痕があったことを教えてくれた。


 祭壇の中央上部には太陽を模したレリーフが刻まれている。

 祭壇左には山羊の頭を持った男、右には蛇の身体をした女の彫像が立っていた。


「血痕、ここで消えてる……」

「たぶんそこが入り口だな」


「わっわぁぁっ、その像、動くの……っ?!」

「変態野郎がギミックを教えてくれたんだ。悔しいが出会い頭に刺さなくて正解だったな……」


「えっ、えーーーっ?!」

「顔を見たら反射的にぶっ殺したくなる時ってあるだろ」


「そんなのないよーっ?!」


 彫像には一見ではとても見分けの付かない緻密なロックがかかっていた。それを解除して、参列席を向いていた蛇の女の像を0時方向に回転させた。同様に山羊男の像にも同じことをすると、低い音を立てて祭壇に下り階段が現れた。


「ギミックを解いたことで進入が向こうにバレているかもしれん。俺から離れるな」

「ボクチン怖くないよっ。守るんだ、絶対守るんだっ」


「そのセリフ、お姉ちゃんが聞いたら、お前をパパにしたいと言い出すかもしれんぞ」

「だいじょうぶっ、ボクチンモモンガだから」


「羨ましい。俺もいっそモモンガになりたいよ」

「その時はボクチンがドゥの先輩だねっ」


「ははは、それも悪くない」


 モモゾウに見えるように唇の前で人差し指を立てて、音も気配も何もかもを消して隠し階段を下った。


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投稿ストックがそろそろ限界です。頃合いを見て1日1話に変更します。

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