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11.人攫いのマグヌス

「変態ね……」

「変態ではない、これは変装だ」


「違う。エリゴルのことよ! こういうことは、わたしが教えてあげる予定だったのに……酷い、酷い変態野郎よっ!」

「それこそ違う。盗賊王は俺に変装の技術を教えただけだ。俺はこの姿を誇りに思っているし、ヤツには尊敬と感謝しかない。……年寄りの女装を見せられるのは、かなりキツかったがな」


 ちなみに女言葉の使い方もそのままの格好で教わった。盗賊王も俺も至って真面目だったので、第三者から見れば異様でもあろうとも、あれは胸を張れるだけの訓練だった。実際にこうして生きる糧にもなっている。


「堂々としてるのね……」

「当然だ。後ろ暗い気持ちを抱く必要がそもそもない」


「ふふ……そうね。わたしのパパは、ママにもなれるとわかっただけでも収穫ね」

「俺はいまでもお姉ちゃんの弟分のつもりだ」


「うふふっ、わたしはかわいいお姉ちゃんができた気分よ!」

「……複雑だ。だがそろそろ行動に入ろう。モモゾウ、起きろ、時間だ」


 知らぬうちにモモゾウは脱ぎ捨てた服の上で眠っていた。起こすのが可哀想だったがそうもいかないので揺すって、それをペニチュアお姉ちゃんのポケットに入れた。


「むにゅ……。無理しないでね、ドゥ……」

「ああ、お前もな。必要ならペニチュアお姉ちゃんを見捨てて戻ってこい」

「そうね、わたしもモモゾウちゃんが死んだら泣いちゃうわ……」


「お姉ちゃんも合流するまでは無茶はしないでくれよ」

「どうかしら……。それはわたしに似た孤児がいるかどうかにもよる……」


「プロとして徹してくれ」

「わかった……。パパがそう言うならそうする……」


 ペニチュアお姉ちゃんの髪は、幼く見えるように三つ編みに変えた。服装もあの日俺を騙したぼろ着に着替えてもらい、だめ押しに薄化粧で顔を少し変えてある。


「その姿なら派手に動かない限りまず気付かれない。慎重に暗躍してくれ」

「ふふふっ……今日は何人の罪人が死ぬのかしらね……」

「ぴぅっ?! こ、怖いこと言わないでーっ!」


「ではまた後で会おう」


 モモゾウとお姉ちゃんは孤児院のへの潜入。俺は外掘りを埋めに入った。

 行き先は歓楽街だ。商売女に化けた俺は街に紛れ込むと、カドゥケスの幹部マグヌスに接触するために、彼について行く先々で大げさなほどに聴きほじった。


 マグヌスの好みの特徴をした女がマグヌスを嗅ぎ回っている。

 本人からのお呼ばれかかるまでに、2時間もかからなかった。


 ヤツは成金趣味な高級旅館に滞在していて、俺が姿を現すと感動の再会に言葉を失っていた。ただその目だけがギョロギョロと、興奮を抑えきれない輝きを放っていた。


「よう」

「おおっ、おぉぉぉ……っっ!!」


 そんなに感激だったのか、ヤツは腰を抜かして俺の足下に這い寄ってきた。久しぶりに会ったが、記憶以上にキモい……。ゴミを見るような目で俺が見下ろすと、ヤツは歓喜によだれをたらした。


「一生会いたくなかったが、野暮用できた」

「ああ、美しい……」


「聞いてんのかよ、クソ野郎」

「聞いている! 聞いているともっ、おお、なんと……なんという艶やかな大輪に育ったものだ……ウゲッ?!」


「触るな、変態。あの頃とは互いの立場が違う」

「素晴らしい……。誇りを手に入れたんだね、ドゥ……。ああ、なんと立派になったことか……」


 好色な目で頭のてっぺんから足下まで見られた。執拗に胸と股間と顔を交互に見るその姿は、いますぐ積年の恨みを果たしてやりたくなるくらいに不快だった。


「行こうか、ドゥ」

「どこへだ」


「良いキャバレーを知っている。そこでゆっくり話そう。用件はわかっているよ、よぉくわかっているとも……」

「……力になってくれると約束してくれるか?」


「もちろん。今回の納品はワシも乗り気ではなかった……ああ、素晴らしい。ワシのドゥ、悪のカリスマよ……」

「ッッ……?!」


 抱きつかれた。拒むことは可能だったが、かつての自分にとってはそれが当たり前だったからだろう。身体が拒絶には動かなかった。

 俺はスケベオヤジに背中を押され、キャバレーへと運ばれると、我が子のようにヤツに自慢された。


「これがワシの息子だ……。かつて盗賊王に盗まれたワシの後継者……世間を騒がすあの、盗賊ドゥだ!」

「はっ、相変わらずの狂った野郎だ……」


「美しいだろう……。この子が私の宝だった……。最高の極悪人になると信じて疑わなかった! なのに盗まれてしまったよ、ハハハハハッ!」


 この狂人が俺を愛していたのは事実だ。だがそれは一方的なものだ。ヤツは俺に生き方を強いていた。薄汚い奉仕を強要した。己の欲望のために俺を売った。しかし今はコイツを利用できる……。


 ひとしきりやつの狂言に付き合って、満足するのを見計らって人払いを求めた。


「アンタは一応、どちらかというとペニチュアお姉ちゃん側だと聞いている」

「ああ、こうなる気がしたよ。お前はあの化け物に懐いていたからな……」


「お姉ちゃんを化け物扱いするな」

「ドゥ、落ち着いてアレを見つめて見ろ。お前の目からしても、アレは化け物にしか見えなかろう」


「ああ。だが人間らしい部分もある。それに俺の記憶の中のお姉ちゃんは化け物じゃなかった」

「確かに可憐で美しい。しかしな、ドゥ……ワシはそれ以上にアレが怖ろしい……。想像できるか? 数年ぶりに会うたびに、パパとママが別人に入れ替わっているのだ……。あの怖ろしさと言ったらない……」


「彼女は親に飢えている」

「だが人間ではない! アレは人間ではないのだよ、ドゥ!」


「そろそろ付き合いかねる。ペニチュアお姉ちゃんは人間だ。そしてマグヌス、お前は俺に従う。逆らえばこの場で俺は、お前への復讐を果たすからだ」


 そろそろいいだろう、ナイフを突きつけて協力を迫った。するとマグヌスは鳥みたいに不気味な声を上げて大喜びした。俺に期待し、自分の後継者にしたかったのは本当なのだろう。


「ドゥ、カドゥケスに戻らないか……? そうすればきっと、あの化け物も喜ぶ」

「無理だ。俺にとってカドゥケスは服従の象徴だ。戻れば俺は心の自由を失うだろう」


「今の輝きを失うと言うのか……それは惜しい。だが、そうなると交渉は決裂だ」

「ならここで死ね」


「ああ、お前に殺されるならワシは本望だ……。だがせめて最後に、その美しく育った姿を抱き締めさせておくれ……」


 何かの意図を感じて、俺はやつのしたいようにさせた。するとヤツは抱擁と共に耳打ちをした。


「孤児院の地下に古い祭壇がある。蛇と山羊の仕掛けを0時の方角に合わせるといい。器はきっとそこだ」

「そうか、殺してやれなくて残念だよ」


「ドゥよ……ワシはいつだって、あの頃からずっと、お前の味方だよ……。ひひひひっ、悪の限りを尽くせ、悪の子よ……」

「俺は俺の好きなように生きるだけだ」


「それでいい……。傲慢、それこそが我々の本質だ……」


 表向きの交渉は決裂。俺はヤツを突き飛ばしてキャバレーを出た。

 その気になれば俺はいつだってこの男を殺せた。盗賊王が教えてくれた技術を使えば、いつだってあの喉に斬り裂きに行けた。


 だが俺はそうしなかった。自分は最初から殺す気がなかったのだと、俺は唇を噛みしめながらお姉ちゃんのいる孤児院への道を歩いていった。


 俺は……。極めて歪んだ関係ではあったが、ヤツを憎むと同時に別の歪んだ感情を抱いていた。俺をこの世界で最初に認めてくれた大人は、あの最低のド外道マグヌスだった。


 彼は俺を『生まれながらの悪』と呼んで期待してくれた。夢も希望もないこそ泥をしていた頃の俺にとっては、戸惑いであると同時に救いだった。

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