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9.地下墓所の盗掘者

 人1人が通るのでやっとの息苦しい螺旋階段を下ってゆくと、俺たちは暗く怖ろしい死の世界にたどり着いた。


 どうやらこの場所全体が巨大な岩盤を掘り抜いて作られた場所のようで、壁のあちこちに大小の溝が彫り込まれている。小さな溝には燭台と燃え尽きた蝋燭。そして大きな溝には――予想はしていたが干からびたミイラが横たわっていた……。


「ふふ……不思議なものね。白く荘厳な神殿の真下に、こんな闇の領域が広がっているんだもの……」

「ここに入るのは僕も初めてだ……。あの扉の向こう側がこんなところだったなんて、ここで育った僕ですら、ずっと知らなかった……」


 俺が鼻を鳴らしているとモモゾウが俺の肩から飛び立った。優秀な相棒は俺よりも先に油の匂いの元を探り当てて、真新しい松明に逆さになって張り付いていた。


「でかしたモモゾウ」

「斥候はボクチンに任せて。ドゥは追跡《トレース》をお願い」


 モモゾウにとって暗闇や洞窟は恐怖の対象ではない。先行してゆくモモゾウを見送り、松明に炎を灯すとお姉ちゃんにそれを渡した。


「痕跡を探すから照らしてくれ。カーネリアは護衛を頼む」

「嫌い、嫌いよ……。追跡の技もわたしが教えてあげたかった……」


「そういう顔をするとカーネリアに嫌われるぞ」

「それは困る! ママ……いい子にしてるからわたしを嫌わないで……」

「え……いや、あの……僕は、ええっと……」


 カーネリアはお人好しだ。だが相手は常闇の眷属だ。情と立場の間で戸惑うその姿はペニチュアお姉ちゃんをかえって喜ばせた。お姉ちゃんは純粋なようで歪んでいて、歪んでいるようで純粋な少女だ。


「カーネリア、この地下墓所に他の出入り口はあるか?」

「遺体搬入用の出入り口があったんじゃないかしら」

「そうなのか……? ごめん、詳しくは知らない……むしろ、この場所そのものが僕にはショックだ……」


「あらどうして? 素敵なお墓じゃない」

「そうなのかな……。こんなところに埋葬されるなんて、なんだか悲しいしとても怖い気がするよ……」


 2人の会話が俺の意図から脱線してゆくので、俺は進みながら黙々と調査を続けた。岩盤を削った床は痕跡に乏しいが、わずかに降り積もった砂や埃には人の足跡が極々わずかだけ残っている。


 そしてその痕跡は俺にこう語っている。最近多くの者がここを進んだが、引き返してきた者はいない。あるいは痕跡が見つからないほどに少数だと。


「ママはもう少しパパと一緒に行動した方がいい」

「僕だって内心はそうしたいよ……。だけど、ドゥは孤独を愛する人なんだ……」


「あっ、そうだ! パパと一緒に泥棒屋さんをやってみたらどうかしらっ!」

「えっ、ええっ?!」


「ママはもう少し知った方がいいの。わたしたちが属している闇の世界をもっと知るべきよ」

「ぁ……それはときどき僕も思う……。ドゥと出会って知ったんだ、この世界は残酷で、綺麗事ばかりでは何も解決しないって……」


 こんな時にそんな話をしなくてもいいだろう……。

 ペニチュアお姉ちゃんの方はますますカーネリアのことが気に入ったようで、クルリとその場で回って松明の明かりを乱れさせた。


「ああ、ママ……。わたし、カーネリアママのことがとても気に入ったわ。あなたは良い人、とても良い人ねっ!」


 分岐点に着くとモモゾウが俺たちを待っていた。壁から俺の胸に飛び移って、肩によじ登りながらモモゾウは俺たちに警告した。


「あっちの道の先に誰かいる……。ドゥの方はどう……?」

「何者かが道を進んだ形跡があった。だが戻ってきた痕跡はない」

「それって、待ち伏せされてるってことか……?」


 ペニチュアお姉ちゃんは何も言わなかった。俺の視線に気づくと彼女は困ったような顔をして、子供の顔でかわいらしいため息を吐いた。

 状況的にこれはカドゥケスに先を越されたと考えるべきだろう。


「ここは俺とモモゾウに任せてくれ。トラップの解除と潜入は俺たちの専門だ。待ち伏せなんて意味をなさないってことをやつらに教えてやる」


 合図をしたら支援をしてくれと頼んで、俺とモモゾウは気配を殺して先行した。


 これといった罠や鳴子(・・)のようなものはなかった。やがて俺たちは光の漏れる扉の前までたどり着くと、その先で影が動き回っていることに気付き、静かに潜伏して聞き耳を立てた。


「なんだって組織は、あんな不気味な骨董のためにこんな大げさなことをさせるんだ?」

「知らん。それより無駄話は止めろ、敵に気付かれたらどうする」


「相手はたかがガキだろ、なんでそんなに怖じ気付いてんだよ、情けねぇ」

「ペニチュア様は恐ろしい毒使いだ。警戒を怠れば、この部屋にいる者全員が一瞬で死ぬ」


「クソ……それがマジなら俺たちは捨て石ってことじゃねーか……。よし決めたっ、俺は抜けるぜ! 付き合ってられるかよっ、こんな割に合わねぇ仕事!」

「おい待て!」


 仲間割れか。これはチャンスだ。俺はモモゾウに『伝言を頼む。口笛が聞こえたら踏み込めと伝えろ』と耳打ちをしてから、地下墓所の大きな溝、死者の寝室へとお邪魔した。


 扉が開くとカドゥケスの末端構成員とおぼしき男が出てきて、リーダーは引き留めようと彼の肩を乱暴に掴んだ。


「離せよっ、俺はこんな気持ち悪ぃ仕事は金輪際お断りだっ!」

「組織がそんなわがままを許すと思うか! 殺されるぞ、貴様!」


「うるせぇ! 孤児院のガキどもを生け贄にするって、テメェだって聞いてただろ! 盟主は頭がおかしくなってんじゃねぇのか!?」

「黙れ、この場で俺たちに殺されたくなかったら、おとなしく戻れ! でなければ……」


 ミイラと添い寝しながら、この状況をどう利用するべきか頭をフル回転させた。

 結論はこうだ。今すぐ不意打ちを仕掛ける。全ての敵を片付けて、この見るからに口の軽い裏切り者から情報を引き出す。


 俺は静かに墓所から這い出ると、闇の中からリーダーの首を薙いだ。


「なっ、ば、化け物ッッ?!」

「いいや、アンタの守護天使だよ」


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