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8-1.憧れの人

「うわぁぁんっ、ドゥゥーッ!!」

「おおよしよし、そんなに泣くな……」


「だって、だって、これって遺言……ふえぇぇーんっ!」

「わたしだって知ってたもん……。だから、理想のパパになるまで、見守りたかったのに……」


 ギャン泣きするモモゾウを慰めていると、代わりに泣いてもらっているかのような気分になった。モモゾウのふかふかの背中を撫でて、俺は日記の続きに目を通した。


「【嘆く女の器】――これのことか?」

「うん、狙われているのはそれ……。カドゥケスはそれに1000人分の生き血を捧げるつもりよ……」

「ピィィッ、こ、怖いっ! 絶対にそんなの止めさせなきゃダメだよぉ!」


「おぞましいどころじゃないな……」


 次のページには地図が記されている。どうやらそこに目当ての物があるようだ。あるいはその糸口かもしれないが。


 ざっとページを飛ばしてゆくと、途中で日記が白紙に変わった。最後の部分には『この日記帳を焼き払え』とだけ警告があった。正しい判断だ。だが俺は文に気づかなかったことにした。これを焼き払うなんて俺には無理だ。


 これはジジィが俺を息子だと認めてくれた大切な証拠だ。もし生きて俺たちの前に帰ってきてくれたら、これを突き付けて俺を息子と呼ばせてやる。


「さて、そろそろ帰って焼きグリパーティを始めようかと思うが、どう思う?」

「賛成賛成っ! ほくほくに焼いてねっ、ドゥ!」


「任せてくれ」


 ところがペニチュアお姉ちゃんの方は返事をくれなかった。また自分の世界に没頭しているようだ。そこから引き戻すためにさあ行こうと手を引いた。


「エリゴルは嫌い……」

「そうだろうな」


「嫌い」

「何度も言わなくても知っている」


「でも、パパのことをちゃんと愛していた……。いいお父さん……そこは、気に入らないけど、認める……」

「ははは、俺たちは死んだら地獄行きだ。だからその言葉はいつか直接本人言ってやるとしよう」


 盗賊王たっての願いだ。せめてものはなむけにこの仕事を必ずや完遂させよう。

 俺はペニチュアお姉ちゃんの手を引いて、彼女を彼女の肩で気づかうモモゾウと一緒に帰宅した。


 ……モモゾウは俺たちと違って天国行き確実だろう。モモンガに天国があるかどうかはわからないが。


 モモゾウのふわふわの毛並みと小さな手に慰められると、どんな人間だって心が大きく癒される。お姉ちゃんはモモゾウを抱き締めて、子供が人形にするみたいに何度も頬擦りをしていた。



 ・



 旅の道中、安宿で寝付く寸前に()のことを思い出した。あれは今からざっと10年ほど前だろうか。ペニチュアお姉ちゃんは当時の俺にとって希望と安らぎそのものだった。


「マグヌス、この子を少し借りてもいい?」

「はて、ワシのかわいいドゥを貸せと? それはいくら貴女様でも無理なご注文です」


「貸してくれないと他のお気に入りに毒を盛る」

「なっ……?!」


「もちろんドゥには盛らないわ、安心して」

「ご、ご冗談を……」


「お願い、わたし、この子が凄く気に入ったの。ねぇ、お願いよ……」

「しかしドゥには大切な接待が……」


 接待(・・)はとても好きになれるような仕事ではなかった。人が痛がる姿に興奮する変態や、プライドをへし折ろうと心ない言葉を使う客も多くいた。


 そんな苦しい中、ペニチュアお姉ちゃんが強権を振るうたびに、俺は嫌な仕事から解放された。それが攫われた少年にとってどれだけの救いだったことだろう……。


「あの子に安息が必要。少しだけ休ませてあげて」

「そこは一理あります、ドゥの心が壊れてしまっては意味がない。わかりました、1週間だけ時間を――」


「ありがとう、1ヶ月ね!」

「そ、そんな……っ!? いくらカドゥケスの最古参だからって、そんな……ワシのかわいいドゥを1ヶ月も取り上げるだなんて酷すぎますぞ……!?」


「そう、わかった。ならお前に毒を盛って、ドゥをわたしの弟にする」

「ひっ……?! か、怪物……っ」


「その呼び方は嫌い。せめて小さなレディって呼んで」

「困ります、レディ……ドゥは貴族たちにもお気に入りが多く、1ヶ月も待たせるのは――」


「どうしてもダメ……? わたし、凄く苦しい毒を知ってるの……。殺してくれって泣き叫んでうるさいから、普段は使わないけれど……マグヌス、お前になら盛ってあげてもいい」

「お、恐ろしいことは止めて下さい、ペニチュア様っっ!!」


「痛い、痛い、痛い、殺して、殺して、殺して……そう言うの。みんな、みんなよ……」

「ヒィィッッ?! わ、わかりましたっ、わかりましたからお願いしますっ! 不死身の毒使いに殺意を持たれることの恐ろしさを、どうかご理解下さい、ペニチュア様……っ」


 ペニチュアが不老不死の怪物だったなんてあの頃は知らなかった。やさしいお姉ちゃんが自分を気に入ってくれて、ただついていたと思った。


 俺は彼女のやさしいパパとママに嫉妬した。だがその2人はペニチュアが雇っただけの赤の他人だった。なんて虚しい。なんて悲しい存在だろう。


「さあ遊びましょ、ドゥ! 何からする? 追いかけっこ? かくれんぼ? それとも……お医者さんごっこがいいかしら?」


 あの時そう誘われて、お医者さんごっこを真っ先に選んだ気がする……。

 そして俺は、あの子供心に美しいと感じた肢体に――い、いや、この事実は忘れておくことにしよう……。


 仕方ないだろう。自分を救ってくれるお姉ちゃんが女神に見えても、それは仕方がないことだ。

 俺はペニチュアお姉ちゃんへの恩義を思い出し、パパにはなれないが彼女の幸せに貢献したいと強く思った。


 俺も彼女もカドゥケスという闇から生まれた怪物だ。俺はペニチュアお姉ちゃんを助けたい。


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