4.常闇の少女
「ねぇ、わたしたちお友達よね……」
「その話の切り出し方は、だいたい厄介ごとと決まっているのだが……まあ、そうだな。俺たちは友達だった」
「その言葉、凄く嬉しい……」
お姉ちゃん相手に寝そべっているのも悪い気がして、俺は身を起こしてベッドの上にあぐらをかいた。幼い頃に憧れていたお姉ちゃんは、今はとても小さかった。
「時が経って疎遠になったからって、友達は友達だからな」
「そう言ってくれる人は稀よ。ほとんどの人は……わたしを怖がるわ……」
震えているのか、お姉ちゃんは自分の両肩を抱いて悲痛にうつむいた。
「ペニチュアお姉ちゃんにはよくしてもらった記憶がある。怖いだなんて思わないよ」
「よかった……。拒絶されるの、怖いの……」
どうすればいいんだとパパとママに目を向けても、彼らはニコニコと笑っているだけだった。
「それで本題は?」
「そうだったわ……。ねぇドゥ、わたしに協力してくれない……?」
「さてな、俺はカドゥケスに戻る気はない。カドゥケスを助けろと言うなら、答えはノーだ」
こうして生かされていることからして、彼女はあの暗殺者の仲間ではなさそうだ。だがそうなると接触してきた理由がわからない。
「当然ね、カドゥケスはあなたに酷いことをたくさんしたもの」
「その話は止めてくれ、思い出したくもない」
「……では端的に言うわ。あのね、あなたに暗殺者が差し向けられたのは、何もこれまでの対立が原因だったり、あのランゴバルドの大盾を盗んだからじゃないの」
「お姉ちゃん……」
「なーに、ドゥ?」
「なぜ暗殺者の件を知っているか説明してくれ」
「ふふっ、見ていたの……。パパとママと一緒に……」
「そこで助けに入ってくれたら、もう少しこの話も円滑だったと思うぞ……」
「ヤダ、同僚を手にかけるのは嫌」
「待ってくれ……お姉ちゃん……。暗殺者、だったのか……?」
彼女は言葉では答えずに静かにうなづくと、脱線したこの話を元に戻したいのかさらなる沈黙を選んだ。
「すまん。それで話の要点は?」
「ありがとう。あのね、あなたが狙われたのは、あなたが盗賊王の後継者だからよ」
「ああ、それなら話が読めたぞ。ジジィが何か盗んだんだな? それを――うっ……」
立ち上がろうとベッドに膝を立てると、突然の立ちくらみに襲われてまたベッドに寝そべることになった。
心配してくれたのかモモゾウが俺の胸の上に飛んできて、大切なピーナッツを俺の口に運んでくれた。美味い。一口食べたら急に腹が減ってきた。
「盗賊王エリゴル、本当に憎い人……。わたしたちから器を奪った上に、ドゥまで奪い取るなんて……本当に、本当に酷い男よ……大嫌い……」
「その器というのは?」
「常闇の王の復活に使われる器よ。組織はそれを使って王の復活をもくろんでるの」
「あのジジィ、そんな厄介事にまで首を突っ込んでいたのか……」
モモゾウもジジィのこととなると真剣で、俺の胸の上でペニチュアお姉ちゃんを見上げていた。
「組織は隠し場所に目星が付いたみたい。でもわたしには教えてくれないの……」
「どうしてだ?」
「わたしには言えない理由があるんだと思う。今のカドゥケスは世界最大の犯罪結社であって、常闇の王を崇拝する教団ではないの。悪いことを考えているに決まってる」
「カドゥケスの行動理念はシンプルだからな。組織の維持と利益の追求。この2つだけだからこそ、たちが悪い」
ペニチュアお姉ちゃんは胸の前ですがるように手を組んだ。
「お願い、ドゥ。わたしと一緒に常闇の王の復活を阻止して……」
意外な頼みだった。その条件ならば飲める。盗賊王の宝を敵が狙っているというならば、俺はその後継者として守る義務がある。……眷属が主の復活の阻止を願うなんて、アベコベにもほどがあったが。
「その条件なら利害が一致する。だが、ペニチュアお姉ちゃんはそれでいいのか……?」
「……ぶーーっ!」
「へ、ぶー?」
「ぶぅぅぅーっ、もうっ、わたしをお姉ちゃんだなんて呼ばないでよっ!」
「な、何を急に言い出すんだ……」
「今はドゥの方がずっとお兄ちゃんでしょ!」
ペニチュアお姉ちゃんに対する理解が追いつかなくて、俺は自分の目を擦った。擦っても擦ってもペニチュアお姉ちゃんは目の前から消えない。
この気まぐれで移り気なところは10歳の子供そのものだ。
「それは今するべき重要な話か……?」
「当然よ! こんなの堪えられない!」
彼女は不満いっぱいに唇を突き出すと、ベッドに寝そべる俺に詰め寄った。
常闇の王についての話題をそらしたいというより、本気でお姉ちゃん扱いが気に入らないようだった……。
「そう言われても俺にとっては、お姉ちゃんはお姉ちゃんだ。態度を変える方が敬意に欠ける」
「あっ、そうだっ、いいこと思い付いたわ! これからは、ドゥを新しいパパにしましょ!」
「な……なに……?」
「そうなると、新しいママも探さないと……。やっぱり、噂の勇者カーネリアがわたしのママなのかしら……?」
現パパとママはこの話題に絡んでこなかった。
彼らはずっとさっきからニコニコと笑い続けていて怖かった。まるで操り人形のようにしか見えなかった。
「ダメ……? ドゥが好きなの……わたしの新しいパパになってほしい……」
「悪い冗談はよしてくれ……」
「決めたわ、今日からドゥがわたしのパパ! 古いパパとママはもういらない! さよなら、どこにでも消えるといいわ!」
パパとママは何も言わなかった。
お辞儀をして、どこか寂しそうな顔をしてから、本当に手荷物を持ってこの場を去って行ってしまった。
「パパ……♪」
「ぴぇっ……?!」
その異常性にモモゾウも恐怖を感じたのだろう。さっきまで懐いていたのに、俺を捨てて部屋の天井角に逃げて行った。
「ペニチュアお姉ちゃん……困る。彼らを今すぐ連れ戻してくれ。うっ……?!」
ペニチュアは俺の首から包帯を外し、鋭いその牙を突き立てた。彼女は吸血鬼だ。
彼女の口元から興奮の熱い吐息が漏れて、ピチャピチャと音を鳴らして血をすすった。
「無理よ……。きっと今頃、やっと化け物から解放されたって、あの人たちは泣いて喜んでいるわ……」
「そんなことはない」
「いいの……。あなたがいるなら、もうあのパパとママはいらない。あんなの、お金で買った偽者だもの……」
この人はなんて危うい人なのだろう。
幼い頃に俺を救ってくれた憧れのお姉さんは、不老不死の肉体を持っただけの哀れな子供そのものだった。
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