3.最古参
「ドゥよ、私のかわいいドゥよ、よくお聞き」
「なんだよ、変態野郎」
俺をカドゥケスに引きずり込んだ男は、組織でも群を抜くほどの変人だった。ヤツはセントアークでの人攫いと、有力者たちへの接待を主な仕事にしており、俺はヤツのお気に入りの商売道具だった。
「悪人というのは往々にして自滅しやすいものだ。お前のように若くして犯罪に走り、その大半が20代に達することなく路地裏で冷たく死を迎える。我々は破滅的な存在だ……」
「だから救ってやった自分に感謝しろ? ふざけたことを言うな、マグヌス」
「そうじゃない、そうじゃないんだよ、ドゥ。私はお前に期待しているんだ……。お前に悪の才能を見いだしたからこそ、その命を大切にしてほしい……」
「ふざけるな、ゲス野郎」
ヤツの愛は粘着質だった。それに押し付けがましく、今の仕事を介して有力者に俺が気に入られれば、将来のためになると考えていた。ヤツは何から何まで異常だった。
「私に拾われて、お前は幸せだったんだよ、ドゥ。私がお前を守ってあげているんだ……。不満はもちろんあるだろうが、それは成長してから吐き出せばいい……。カドゥケスに貢献し、腹からこの組織を食い破ってやれ……」
「俺に触るな、変態野郎っ!! テメェはキモいんだよっ!!」
「ひっひひひっ、私に逆らえば父親が死ぬ……。お前は私の下で悪の世界を学ぶしかない……その肌で」
今でも夢に見る。ヤツの脂ぎった顔と太い指。たかが私生児に執着するあの異常な姿を。
カドゥケスにいた頃の俺は、変態どもの愛玩人形だった。
・
嫌な夢を見た。俺を悪の世界に引きずり込んだ最低の狂人の夢だ……。
だが全てが夢であることに気づき、今の自分が孤高の盗賊ドゥであることを思い出すと、救われた心地になった。
服従するだけの人生が終わり、盗賊王のジジィが俺に自由と誇りを――
「大変! あなたっ、ドゥさんが目覚めたわ!」
「おお、今すぐあの子を呼んでこないと!」
「少し待っていて下さいね。あっ、まだ起きてはだめですよ」
ここはどこだ? こいつらは誰だ?
俺は――俺はそうだ。あのとき、花売りの少女に昏睡毒を吹き付けられて意識を失った。モモゾウは、俺の大切な相棒はどこだ!?
「うっ……」
「大丈夫、すぐにあの子がきますから」
身を起こそうとすると首筋に鈍い痛みが走った。
怪我をした覚えがないのに包帯が巻かれている……。
夫婦は俺の目覚めを白々しいほどに親切に喜んでおり、夫の方は『あの子』とやらを呼びに寝室を出て行った。何が起きているのか、わけがわからない……。
「モモゾウは……?」
「あの子と一緒です。すぐにきますよ、ドゥさん」
「ならこの包帯はなんだ……? お前ら、俺に何をした……っ」
人に昏睡毒を盛るやつが味方のはずがない。
俺は彼女の手をふりほどいて立ち上がろうとしたが、まだ毒が残っているようで身体が起き上がらない。俺は信用ならぬ女をただ睨むことしかできなかった。
「パパッ、ママッ!」
ただでさえこちらは状況が理解できていなかったというのに、問題は立て続けに起こった。
そこに甲高い少女の声が響いて、『あの子』とやらが母親に抱きついた。俺はその少女の横顔に見覚えがあった。
花売りの少女。いや、違う。それは俺を騙すための役であり演技だ。
俺は彼女を知っていた。だがどうしても辻褄が合わず、迷い迷いに確かめることになった。
「お前は……まさか、ペニチュア、お姉ちゃん……?」
俺は子供に戻ったかのようなイントネーションで彼女に聞いていた。
幼少を共に過ごした少女が、記憶のままの容姿を保って現れたからだ……。
「嬉しい! わたしを覚えていてくれたのね!」
「なぜ……。なぜ、その姿は、どうして……意味がわからない……。モモゾウ……ッ!」
「おはよっ、ドゥ! ペニチュアは本当にドゥの友達だったんだね!」
モモゾウが無事でよかった……。
というよりも、モモゾウはこの非常事態だというのに餌付けられていた。だけど無事でよかった、本当に、よかった……。
ペニチュアのドレスの中からモモゾウは顔を出して、こっちの状況なんてお構いなしにピーナッツをカリカリとかじっている……。
「まさか、浮浪不死――吸血鬼……だったのか……?」
そう俺が問いかけると、うっとりとした様子で彼女は俺の首筋に手を伸ばした。敵か味方かわからなかったが、俺にはペニチュアお姉ちゃんだった者を拒絶することはできなかった……。
「わたしはペニチュア。結社カドゥケスの末端にして最古参」
古風なドレスのスカートを摘まんで、ペニチュアお姉ちゃんは典雅にお辞儀をした。
真紅の瞳と夜の色をした髪、10歳前後にしか見えない異常に若々しいその姿は、記憶の中の彼女と何も変わっていない。
彼女が不老の存在である吸血鬼だったなんて、今日までずっと知らなかった……。カドゥケス幹部の娘か何かかと思っていた……。
「まあ、そうね……狭義の意味によるところの吸血鬼よ。わたしは常闇の王に仕える眷属なの」
「驚いた……」
どちらにしろモモゾウを掌握されている以上、今はペニチュアお姉ちゃんの機嫌を取っておくべきだろう。
記憶の中のお姉ちゃんが小動物に危害を加えるはずがなかったが……今の彼女は何を考えているのかよくわからなかった……。
「あら、こんな話を信じるの? あなたを騙すための嘘かもしれないのに」
「今は信じる他にない」
「そう、この子が心配なのね。モモゾウ、ご主人様のところに戻りなさい」
「違うよーっ、ボクチンは子分じゃないよ! ボクチンは、ドゥの相棒なんだ! 対等なんだよっ!」
モモゾウが腹膜を広げて俺の胸元に飛びつくと、俺は深い安堵にため息を吐いてふかふかの背中を抱き留めた。ペニチュアお姉ちゃんがそんな俺をしげしげと観察していた。
「ああ、そうだな、俺とお前で盗賊ドゥだ。とにかく無事でよかった……」
「キュゥゥーッ♪ ボクチンも心配したよーっ!」
餌付けられていたくせによく言う。
「ところでペニチュアお姉ちゃん、質問がある」
「あら、何かしら?」
「なぜあんなことをした?」
「あんなこと? わたし、ドゥに何かした?」
ペニチュアお姉ちゃんは不思議そうに首を傾げて、あどけなさを感じさせるほどにじっとこちらを見つめてきた。
俺の方はさっきからずっと混乱している。現在と過去が頭の中で入り交じっている。あまりにペニチュアお姉ちゃんの姿が昔と変わっていなかったからだ……。少年に戻ったかのような気分だった……。
「何かってっ、人に昏睡毒を盛っただろう……」
「クスッ、なんだそんなこと。だって説明がめんどくさかったんだもの!」
「あのな、お姉ちゃん……。そんな理由で人に毒を盛らないでくれっ!!」
「だってだって、しょうがないじゃないっ! こうでもしなきゃ信じてくれるわけないもの!」
「だからってなぜこうなる……。はぁ……っっ」
子供と言い合っても仕方がない。そんな気になって俺はベットに背中をもう1度預けた。
パパとママは娘のこの所行を叱りもしない。今もニコニコと嘘くさい微笑みを浮かべている。
永遠を生きる少女の、パパとママ、な……。
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