2.カドゥケスの闇
夜遅く。バニャニャは飽きたのでナッツが食べたいとモモゾウがわがままを言うので、まあ頃合いだと思って宿の酒場に下りた。
そこでサーモンのムニエルと白パン、カシューナッツとピスタチオを頼むと、だいぶ遅い夕飯が始まった。
「変わったの飼ってるなぁ、お客人。ほらピーナッツだ、食わせてやんなよ」
「俺には何もおごってくれないのか?」
少しすると酒場宿の奥で安楽イスに揺られていた老人がやってきて、皿の中のモモゾウに手のひらいっぱいのピーナッツを降らせてくれた。モモゾウはピィピィと大喜びだった。
「バニャニャジュースを注文してくれ、きっと気に入る」
「おごりじゃないのかよ。じゃあそれを頼む」
モモゾウのためにピーナッツを割ってやりながら食事を続けた。
隠居した店主か何かだろうか。老人はどっかりと目の前の席に腰掛けて、モモゾウに微笑んでいた。
「孫に見せてやりたかったなぁ……。もう寝ちまったよ」
「こんなのでいいなら、明日店を出る前に披露しておくよ」
「おおっ、そりゃ嬉しい!」
ところが急にモモゾウが食べかけのピーナッツを投げ捨てて皿から飛び出した。俺の二の腕をよじ登って肩までやってくると、『ドゥ』とだけ言って荷物袋に入り込んでしまった。
「……すまん、やはり今の話はナシにさせてくれ」
「おい、なんだよっ、ちょっとくらいいいじゃねぇか、お客人!」
「俺から見て右後ろの3人、宿泊客か?」
ボロ着をまとった男たちがいる。肌は俺と同じように日焼けしておらず、だが肉体はよく鍛え上げられていた。そいつらの片腕に古巣の――カドゥケスの入れ墨がある……。
「ああ、あの陰気臭ぇ長っ尻どもか……飲みだけだったはずだぜ」
「いつからあそこに居座っている?」
「おう、見慣れねぇ連中だったから覚えてるよ。ちょうどお客人の次の客だった」
ほろ酔いの老店主はそこまで答えるとシラフに立ち返った。酒場宿という商売柄、こういうのはそう珍しいハプニングでもないのだろう。落ち着いたものだった。
「俺から離れた方がいい。あれはカドゥケスの人間で、監視されているのは俺だ」
「おっと……くわばらくらばら。そのベビーフェイスでお姫様でもかどわかしたのかい、お客人?」
「正直に言えば迷ったことはあるが、実行はしてはいない」
「なんだよ、やっちまえばよかっただろうに。おっと、裏口なら厨房側にあるぜ」
「いや、ここは普通に店を出て尾行させる。また機会があったらくるよ、モモゾウにピーナッツをありがとう」
まだ配膳されてはいなかったがバニャニャジュース分のお代をテーブルに残して、ナッツを全て小袋に詰め込むと、俺はモモゾウ入りの荷物袋を背負って店を出た。
盗賊王に盗まれて以来、今日までカドゥケスは俺に対して不干渉を続けてきた。俺の方はカドゥケスに属する悪党を盗みの標的の1つにしてきたので、やっと刺客がきたかとようやく腑に落ちた気分だ。
「ここなら迷惑もかからないだろ。で、カドゥケスの暗殺部隊が俺になんのようだ?」
人気のない路地裏まで移動すると、やつらが俺の正面をふさいだ。
「盗賊ドゥ、我々に同行してもらおう」
「誰の命令だ?」
「盟主様のご命令だ」
従わなかったら殺せと命じられているのだろう。でなければ、わざわざ暗殺者など差し向けない。
盟主というのはカドゥケスのトップだ。俺に会いたいそうだが、どうせろくな話ではないだろう。
「同行しろ。さもなくば殺せと命じられている」
「なら戦うしかないな」
そう答えると暗殺者たちはそれぞれ2本のダガーを抜いて、有無を言わせず襲いかかってきた。
こちらは後ろに飛び退きながら、夕刻に盗んだヤクザ者のダガーを放った。不意打ち成功、これで1名戦闘不能だ。
「うぐっ……?!」
「無、無念……」
残り2名には手加減なんてできなかった。
捨て身上等の必殺でこちらを殺しにくる相手に、手加減なんてしたらこちらが殺されてしまう。片方は心臓、もう片方は首の神経を斬ることになった。
本物の暗殺者にモモゾウは袋の中で小さく縮こまっていた……。
「その傷で俺は殺せないだろ。カドゥケスの盟主に伝言を頼む。俺はもう2度とカドゥケスには戻らな――くっ?!」
含み針を吐かれた。幸いは距離を保っていたので回避は十分に可能だった。
「カドゥケス万歳!! ウッ……?!!」
「お、おいっ?!」
カドゥケスの中でも暗殺者は特に頭がおかしいと聞くが、それは本当だ……。
最後の暗殺者はしくじったことを悟ると、自ら首を刈って自害しやがった……。
「うう、気持ち悪い……なんて迷惑なやつらだ……。おいモモゾウ、大丈夫か……?」
「ピィィィーッッ、怖かったよぉ、ドゥーッッ!!」
「すまん、古巣が迷惑をかけた。全面的にこれは俺が悪い……」
「わーんっ、無事でよかったよぉ!」
震えながらくっついてくるモモンガを胸に抱きながら、俺は夜の港町を離れて姿をくらました。
この貿易都市トーポリは標的になりそうなクズが多くて住み心地が良さそうだったのに、場所を変えなければならないだなんて残念だった。
・
闇組織カドゥケスは元々は古の神々を崇拝する教団だったのだと、変態野郎のマグヌスに昔教わった。最初に始めたしのぎは暗殺の代行。狂信的な信徒を暗殺者に仕立て上げ、各国とのコネクションを得ながら勢力を拡大していった。
いつしかカドゥケスは人攫いを始めた。権力者のために脅しを請け負うことになり、次々と新しいシノギに手を伸ばしていった。教義が忘れ去られるのにそう時間はかからなかったそうだ。
後に残ったのはクズどもと形骸化した伝統だ。カドゥケスはオカルト臭い術や儀式を好む。血生臭く、背徳的な儀式は特にやつらの好物で、それが組織の結束と恐怖による支配を両立させていた。
・
「おい、しつこいぞ……」
「カドゥケス、万歳……っ!!」
「付き合ってられん……」
「うぅぅぅ……ボクチン、こいつら大嫌いだよぉ……」
南国での自由な放浪の旅は、いつしか逃亡の旅になっていた。
最初の襲撃が一昨日の宵。今のを含めて合計3度も暗殺者を返り討ちにすることになった。
「動機がわからないな……」
「わかりたくもないよーっ! もうやだ、カーネリアのところに戻ろうよぉっ!」
「確かに王都セントアークに戻れば、こいつらも自由には動けないだろうな。だが、きた道を手ぶらで引き返すのは嫌だ」
「でもこのままじゃ本当にドゥが殺されちゃうよーっ! そんなのボクチンやだよぉーっ!」
どうも妙だ……。俺を敵に回しても、カドゥケス側のコストとリターンが釣り合わない。
どいつもこいつも『同行か死』の二択をこちらに迫り、最後は決裂してこうなる。もううんざりだ……。
「次の町に着いたら別の変装をしてみよう」
「帰らないのっ!?」
「それはでかいお宝を手に入れてからだ」
海岸線を走る街道を進み、やがて俺たちはニジェシティと呼ばれる補給港に入った。発展度合いはボチボチで、良くも悪くも平和で俺みたいなやつには向かない町だった。
まずは服屋を探して変装を済まし、それから宿に落ち着こう。
「お兄さん、お花、お花を買ってくれませんか……? あの、お願い、お花を……」
店を探して町を歩いていると、花売りの少女に声をかけられた。
見れば衣服はボロボロに裂けていて、全く洗濯すらしていないのか垢がこびり付いていた。
元々の背の低さと深く下ろしたフードのせいで、彼女の顔はよく見えない。
花籠には素朴で小さな花々がいっぱいだった。つまり、ろくに売れていないってことだ……。
「そうやって人にたかるな、まともな仕事を探せ。でないと、一生そこから抜け出せなくなるぞ」
「そんな言い方酷いよぉっ! 助けてあげてなよ、ドゥ……ッ」
「その名前を出すな……」
「あ、ごめん……。って、最初から恵んであげるつもりだったんじゃないかーっ!」
「その花籠全部と、このピカピカの金貨を交換しよう。この金でまともな服を買い、どこかの商家に――」
「ごめんね、お兄さん……ふぅぅっ……」
「うっ……?!」
「ドゥッ?! な、何をするんだよぉーっ、ドゥに手を出したらボクチンが――フギュウッ?!」
金貨を受け取ろうと彼女が差し出した手のひらには、灰色の粉末が乗っていた。
これは睡眠蝶の昏睡毒だな……。逃げろモモゾウと警告する前に、モモゾウは物乞いの少女に捕まってしまっていた。
「やめ、ろ……そいつに、手……出す、な……」
「ふふ……それはお兄さん次第かな。少しだけ、おやすみ……」
彼女ではない誰かが、左右から崩れ落ちる俺を拘束した。
そこから先は、よく覚えていない……。
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