19.盗賊のパレード
断罪と名誉の回復が済むと、その翌日からは祝賀パレードだ。
裏切り者のベロスとガブリエルが抜け、その従姉妹のマグダラもまた出席を自粛したとあっては、「僕1人でパレードに出るなんてあんまりだ!」とカーネリアに泣き付かれるのも必然だった。
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「みんなありがとう! ほらドゥ、君も手を振ってあげなよ!」
「……嫌なこった」
「へへへっ、ドゥの代わりにボクチンが振ってあげるよ! キュゥゥーッ、なんだかいい気分っ♪ おーいっ、みんなぁーっ!」
白い花々で飾り立てられた大げさな山車を、8頭にも及ぶ白馬たちが大観衆ひしめく大通りの中を引いて回っている。
カーネリアは背中とあばらの露出する白いドレスをまとい、その上に申し訳程度の軽装とティアラを身に付けて、山車の上から大観衆に向けて手を振っていた。
俺はその隣で、勇者が男だった場合に着せるはずだった仰々しい重鎧を着せられて、うんざりとしながら観衆に手を振ってやっていた。
モモゾウは一生懸命に人々へ手を振っているが、たぶん向こうからはまるで見えないだろうな……。
「凄い人気だ! みんな君を祝福しているよ、ドゥ!」
「逆だ、逆。みんなアンタを祝福しているんだ」
「そんなことないよ、みんな君に感謝している。それに僕にとっては君こそが真の勇者だよ! 僕は今の君の姿が誇らしい!」
「そういうのは……。そういうのは変な鳥肌が立つから止めろ、性に合わない……」
「嬉しい! 嬉しいね、ドゥ!」
「あっ、おいっ!?」
モモゾウは舞い上がって山車の上を飛び回った。さらには器用に山車から周囲の建物に飛んで、そこからまた山車に戻って人々の歓声を集めた。これは凱旋パレードというよりサーカスのお披露目か何かだな……。
「ドゥ、次の冒険も僕と一緒にきてくれないか?」
「正気か? 止めとけ、また揉めることになるぞ……。ベロスやガブリエルに同情していた貴族も少なくなかっただろ……」
「僕がそうはさせない。あ、そうだ、だったらドゥをリーダーにすればいいんだよ!」
「いや、勇者が盗賊のお供というのは根本的におかしいだろ……」
「おかしくない! だって、僕によってドゥは……。ドゥは、僕の勇者様だから……」
「俺はただの盗賊だ」
「うるさいっ、僕にとってはドゥこそが勇者なんだっ!」
よっぽど譲れないのか、赤毛の勇者様が俺の両肩に手を置いて迫った。しかし、だ……。そこから先の行動は誰も予想すらしていなかったに違いない。
「んっ……」
観衆が湧いた。パレードのド真ん中で、勇者が盗賊に強引な口付けを交わして、人々の興奮を沸騰させた。
「わっわっわっ、大胆……っ」
ビックリしてモモゾウが山車から落ち掛けた。
俺の方は頭が真っ白になった。だってそうだろう、あまりに予想外だったのだから。
「それとオデット。僕、あの子には負けないから……」
「ア、アンタ……意外と、やるじゃないか……。しまったな……これは、やられた……」
数日前にこのカーネリアに、自分が体験した汚れた世界を少し見せてやろうかと迷っていたら、たった今、彼女の属する清らかな世界に引きずり込まれかけていた。
なんだろう、これは……。
俺が知っている口付けとは違う。俺の知っているのはもっと貪欲で、利己的で、黒く歪んだ感情が渦巻いたものだ……。
「ふふふっ、ほらっ、みんなが僕たちを祝福している! これなら次の冒険に君が加わっても変じゃないよ!」
「クソ……負けたよ……。こんな刺激的な感覚は、初めてだ……」
パレードは大成功だ。花々と紙吹雪の舞う大通りを、俺たちは時折に山車から銀貨や飴を投げて回り、彼らの望む勇者とその仲間を演じた。
生まれてこの方、このセントアークがこんなに賑わったのを見たことがない。
ここで生まれ育った民の1人として、お祭り騒ぎにはしゃぎ回る人々を見るのはことの他に楽しかった。
他界した父は俺を褒めてくれるだろうか。どこかで母は俺を見ていてくれているのだろうか。種違いの小さな兄弟は俺を誇ってくれるだろうか。
盗賊ドゥはこの日、盗賊にして英雄という矛盾した肩書きを得ることになった。
白いドレスをまとったカーネリアは、まるで白百合に囲まれた薔薇のように輝いて見えた。
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その翌日、スラム街の酒場にて――
「先日は大変な騒ぎでしたな」
「よしてくれ、アレを思い出すとどうも落ち着かなくなる……」
スラム街の酒場でゆっくりしていると、そこに補佐官のギルモアがやってきた。
彼は俺の返答にやさしそうに笑って、それから上品にテーブルへと腰掛けた。
「ありがとう、こうしてここにいられるのは貴方のおかげです」
「悪いが感謝の言葉はもう飽き飽きだ、目をつぶっても聞こえてくるほどにな……」
「ええ、昨日のパレードは凄まじいとしか言いようのない爆発的な騒ぎでした。特に、御子様のあの行動には驚かされました」
「ぅ……その話は、あまりしたくない……。くっ……感謝する気があるなら言葉よりオーラムで頼む!」
「でしたら朗報ですな」
「朗報? どういう意味だ?」
「貴方の総取りです。ベロス卿、ガブリエル、マグダラ、そして御子カーネリア様。全ての者は報酬の受け取りを拒みました」
「は、嘘だろ……? カーネリアは欲がないのか……?」
「無欲。それこそが御子様の魅力の1つです」
「バカなやつだ……。それで、いくら貰えるんだ?」
「13億オーラムです」
俺としたことが危うくオレンジジュースを吹き出しかけた。嘘だろうとむせながら眉をしかめても、彼は首を横に振ってはくれない。それどころか真っ白な小袋を取り出し、俺の目の前に静かに置いた。
中はオリハルコン貨だった。1枚1億オーラムの小さく青白いピカピカの貨幣が13枚も入っている……。
「モモゾウ、頼む」
「やったねっ、ドゥ。ふ、震えちゃうね……っ」
「ああ、バカばかりで得したな。確かに受け取った、また機会があったら頼む」
「喜んで。13億で魔将を討てるならば安いものです」
「まあ、それはそうだな。もっと料金をぼったくってもよかった」
「さて、ここからは興味本位の世間話なのですが……。その13億を、何に使うか聞いてもよろしいでしょうか?」
「使い道はもう決めてある」
「ほぅ……、今度はどこの貧民街に撒くのでしょう?」
「いやこの金の受取人は、プルメリア・ランゴバルドお嬢様だ。ランゴバルド家の復興に使ってもらうよ」
「それは……とても意外ですね……。貴方が貴族を信じるとは思いませんでした。しかしそうですか、あのランゴバルド家ですか……なるほど、それはいい。とてもいいことだと思います。素晴らしい」
「そうか、そう言ってくれると、これが正しい使い方だと思えてくる」
「ええ、彼女ならば必ず善政をしいてくれるでしょう。しかし、なぜ……? なぜ急に我々貴族を信じる気に?」
「今回の件でわかったんだ。どうやらこの世界には、良い貴族と悪い貴族がいる」
そう真顔で言うと、彼なりの笑いの壷にはまったのか、ギルモアは声を上げて笑い出した。
それはもうおかしそうに、たくましく上品で老獪な彼とは思えないほどに、元気に笑ってくれた。
「今回の件で嫌でもそう痛感した。良い貴族とはつるむべきだ。アンタも何か仕事があればまた接触してくれ」
「つまり私も、その良い貴族の側に含めてくれているのですかな?」
「当たり前だ。さて、金も受け取ったしそろそろ行く」
「おや、どちらへ?」
「スティールアークだ。金を渡して、去る」
「英雄がこんなに早く都を去るのですか? 御子様が悲しまれますな……」
「アンタの口から、次のパーティ編成に入れてくれてもいいと伝えておいてくれ。ガブリエルその他は最悪だったが、アイツとの旅は楽しかった。あんないいやつは見たことがない……」
「それは素晴らしい。必ずお伝えしましょう」
オレンジジュースの残りを飲み干して、余ったナッツを袋に詰めて席を立つと、次々と酒場の客たちが俺にならった。
「んじゃ、行きやしょうか、大将」
「ああ、アンタらと一緒なら退屈しないよ、アンドラス」
彼らは傭兵を廃業した。生き残りをかけたとはいえ、クライアントを裏切った事実は変わらない。
そこでランゴバルド家の再興を手伝ってはどうかと持ちかけた。優秀なアンドラス傭兵団が味方に加われば、スティールアークの自警団も飛躍的に練度を高めるだろう。
俺たちは酒場を出て、再び東方への旅を始めることになった。
俺たちの後ろ姿をギルモアが見守ってくれた。
「ふふ、まるで若い頃の彼を見ているかのようです……。今頃、どこで何をしているのやら……」
盗賊王には世界各地に友人がいた。そのうちの1人の名がギルモア。その名を思い出したのは、スティールアークへの旅の道中でのことだった。
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ガブリエルとベロスの処遇が不満な方へ。
少し先になりますが、不満をフォローする展開に発展します。




