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17.束の間の安全圏

 スティールアークに到着した。到着するなり傭兵に囲まれた馬車は町の自警団に囲まれることになり、俺は違うことなく果たされた契約に微笑んだ。


「控えろ、これはサンテペグリ子爵の馬車だ」

「貴族様でしたか、これはすみません。この町では色々とありまして、どうぞお通りを」


「うむ。子爵閣下も別に気にしないと言っている。がんばってくれ、自警団くん」

「ありがとう。……問題なし、通せ!」


 馬車の中には猿ぐつわをかまたされた金糸の貴族サンテペグリ子爵がいる。助けを求めようとしていたが、徒労に終わったようだ。


「小者のくせに大げさな家名だな」

「むぅーっ、んむぅぅぅーっっ!」


「静かにしないと黙らせるぞ」


 カチリとナイフを鳴らしてやると、金糸の貴族は青ざめてしまった。

 町には武装した自警団が巡回している。徴税官たちの姿は馬車からは見えない。武装による自治に成功したように見えた。


「そこだ、そこの店で止めてくれ」

「ここが君が言っていた店か?」


「ああ、友人にアンタを紹介したい。ついてきてくれ」


 オデットの両親が経営する雑貨屋、レッドベリルの前に停車した。

 猿ぐつわを噛ませた貴族の頬を叩いて、傭兵団の長に後を任せた。

 馬車を下りると車輪と馬のいななきを聞きつけてか、オデットが店の中から飛び出してきた。


「ドゥ!!」

「なっ……うおっ?!」


 美しいブロンドをお日様に輝かせて、オデットが胸に飛びついてきた。

 あんな別れ方をしてしまったので、彼女は俺を心配してくれていたみたいだった。


「よう、ランゴバルド子爵令嬢」

「ふぅ……驚きましたわ」


「ホントだよ。敵が乗り込んできたのかと思ったら、ドゥが中から出てくるんだもん!」


 傭兵団を引き連れた豪華な4頭立て馬車。まともな連中には見えないだろうな。


「どこに消えたのかと思ったら、まさか東の果てで魔将を倒して帰ってくるなんてね……。初めまして、御子様。わたくしはプルメリア、今は亡きランゴバルド子爵家の娘ですわ」

「あ、ああ、初めまして。ドゥ、君はいったい……」

「深い考えなんて俺にはない、全てはただの成り行きだ。それより腹が減った、何か食べないか?」


 それぞれ言いたいことが山ほどあったが、こんな場所で立ち話をすることもない。

 すぐそこのダイニングに落ち着いてから、俺たちは軽い情報交換を行った。



 ・



 闇商人プルメリアとの契約は現在進行形で続行中だった。

 彼女が言うには何せ額が額なので1度には装備を調達しきれず、かつ必要な装備だけを手配したいと、当事者でもないのにすっかりスティールアークの民の肩を持っていた。


 それと、かつてランゴバルド子爵家を貶めた対立貴族ガランド伯爵は、盾の紛失により社交界で大恥をかくことになったようだ。なんでも王都の博覧会で、ランゴバルドの大盾を披露する予定だったらしい。


「貴方には感謝しているわ。家宝を取り戻せたのは全て貴方のおかげ、この恩は忘れないつもりよ」

「あれっきりちっとも現れないし、私たち本当に心配したんだからっ!」

「悪いな、あの時は追いかけっこで忙しかったんだ」


 陰謀により没落した貴族と、その娘による報復の陰謀。陰謀に陰謀で返すところがいかにもこの国らしい一件だった。


「それはそうとこっちの話だが――」


 俺とカーネリアも現在の状況を彼女たちに伝えた。

 それが済むと【虹の水環】とアレキサンドライトを含む数々の希少宝石を取り出して、プルメリアに売却を依頼した。


「この虹の水環は神殿に売れ。ふっかけていいぞ、どんな値段でも買うはずだ」

「わぁぁ……何これ、不思議……」


 それは周囲に小さな虹を浮かばせる水の環だ。サークレットにするには小さく、腕輪にするにはどうも大きい。美しいが用途不明の財宝の中の財宝だ。


「あら、わたくしに任せてしまっていいんですの?」

「アンタに任せる。やってくれるか?」


「もちろん乗らせていただきますわ。取り分は――そうね、貴方が8でわたくしが2でいいかしら?」

「8割だと……本当にそれでいいのか?」


「これはいつもの盗品ではありませんわ。それに盾を取り返してくれた貴方の足下なんて、わたくしが見られるわけがありません。いっそタダでもよろしいですのよ?」


「タダは高い」

「でしたら2割をいただきますわ」


「妥当だな……」


 話がまとまった頃には牛のローストとシチューで腹が満たされ、外の傭兵連中にも美味い食事が行き届いた。

 ピッチェ子爵に気付かれる前に町を出ることにして、俺たちは別れを惜しむスティールアークの人々に見送られた。


「ドゥ、またいつでもスティールアークに寄ってね? 私、ドゥのことを待ってるから……」

「ああ、関わった以上、俺も最後までこの町の行く先を見守ろう」

 

「本当っ!? ああよかったぁ……約束だからねっ、ドゥ! 必ず戻ってきてねっ!?」

「旅のついでに寄るよ」


 馬車に乗り込んで、待ち疲れた様子の金糸の貴族の頬を叩いた。

 こいつの食事のことをすっかり忘れていた。ま、後でモモゾウのドングリでも食わせればいいか……。


「そうそう、あの豚貴族、ピッチェ子爵と言ったかしら。メイドに首を斬られて寝込んでいるそうよ。恐い話ね。おかげで動きやすかったからいいけれど……ふふふっ」

「きっとそのメイドがやらなくても、いつか別のメイドに刺されてたさ」


「そうね」

「それじゃまたね、ドゥ。あっ、帰ってきたらメイク教えてね?」

「メイク……? なぜドゥに化粧を教わるんだ……?」


「御子様も教わるといいよっ、あれはマジでヤバいやつだからっ!」

「えっと……僕にはよく話がわからない……」


 馬車はスティールアークの人々に見送られながら、王都を目指してゆっくりと進んでいった。

 ちなみに金糸の貴族は昼食のドングリの実がお気に召さなかったようで、かじり料理専門のシェフは味のわからない客人にお冠だった。


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