・エピローグ6/7 謀られた世界 - いつの日か、同じ空を -
・オデット
あれからもう10年。あの時はこうして彼と一緒に暮らせるなんて信じられなかった。
ドゥは盗賊であることを捨て、カーネリアもまたただのお母さんになった。
今、私たちは一緒に暮らしている。
あの年の翌年に産まれた子供たちと一緒に、静かにこのエクスタード市郊外、元開拓地で平凡な暮らしをしていた。
今の私の仕事は主婦。子供たちと家の世話をしている。
カーネリアの仕事はプルメリア侯爵の補佐。立場があべこべな気もするけど、2人ともいいコンビをしている。
ドゥの新しい仕事はなんでも屋さん。
仕事を請けるかどうかはドゥの気まぐれだけど、乗り気になれば畑の収穫だって手伝う。
たまに昔の知り合いがやってきて、スパイや探偵まがいの仕事をするときもあるけれど、もうドゥは盗まない。人を殺さない。私たちと暮らすために、ドゥは盗賊を辞めてくれた。
「ただいま、オデット。あれ、ドゥは?」
「イウルンさんがきたから、たぶんあっちの仕事」
「そうか、なら今夜はドゥ抜きか」
「私としては危ない仕事、してほしくないけど……」
「盗賊を辞めてくれただけでも奇跡だよ」
「うん、そうだね……」
ドゥが恐れている復讐者。私はいまだに1度も見たことがない。
密かにやっつけているだけかもしれないけど、世界がドゥを赦してくれたんだと思いたい。
「だけどこれじゃ、君が僕の奥さんみたいだ」
「あはは、これからもよろしくね、カーネリア!」
「こちらこそ。一緒に彼を支えよう」
カーネリアは私と一緒に厨房に入って、夕ご飯の準備を手伝ってくれた。
同じ食卓を囲み、我が子と一緒に食べる夕飯は、平凡だけど幸せな味がした。
・
・モモゾウ
お嫁さんができた。
子供たちがいっぱい産まれて、1匹はボクチンと同じように人間の言葉を使うようになった。
ボクチンはその子にドゥを支えるために技を教えた。
空の飛び方、鍵の開け方、忍び方、全て教えてあげた。
その子にだけセンゾウって名前を付けた。
ボクチンの代わりに、ドゥを見守ってくれる子が産まれてよかった。
遠いあの日、ボクチンは夢を見た。
それはボクチンが、狼に噛み付かれて死んでしまう夢だった。
ボクチンはその日、知ってしまった。
ボクチンは本当のモモゾウじゃない。
ボクチンは、モモンガの体に魂を移した、ドゥの分身だったんだって……。
「あのね、ドゥ……あのね……。ボクチンは……」
「死ぬな、モモゾウ……。頼む、俺を置いていかないでくれ!!」
「ボクチン、ドゥのことが、大好き、だったよ……」
ある日、ボクチンはドゥとお別れをした。
それがボクチンとドゥの運命だった。
ずっと一緒には生きれられない。
本当のモモゾウと出会ったその日から、そんなのわかっていたことだった。
さようなら、ドゥ。
どうか幸せに。
そしていつの日か、同じ空を……。
・
・カーネリア
戦争の時代が終わった。
人々は手と手を取り合い、再び結束を結ぶことになった。
僕とドゥは争いに加わらなかった。
そんなかつての英雄は、調停者として好都合だった。
「おお、盟主ペニチュアよ……。なんと神々しい……」
「我々が間違っていました。共に栄え、いずれ訪れる戦いに備えましょう」
戦いを止める口実に使われたとも言える。
戦いに飽きた人間たちは、天上を仮想敵にして人間同士の争いを止めた。
あれから20年。僕たちもすっかり老いた。
若手に役を奪われることも増え、モモゾウが死んでからはドゥもおとなしくなった。
やさしい普通のお父さんになってくれた。
盗賊を続けていたら、もう生きてはいなかったと自虐を言うのは止めてほしいけれど。
僕たちの時代は終わった。
優秀な若手が国と国を駆け回り、お呼ばれがかかることもめっきりと減った。
かつての英雄は、今はただの市民だった。
僕たちはこれからも平凡に生きてゆくだろう。
華々しい舞台から離れ、こうして当たり前の幸せと共に生きる道を選んだのだから、かつての英雄として少し悔しいけれど仕方がない。
ただのやさしい旦那様、僕たちのドゥはいつだってやさしく見守ってくれていた。
壮絶な彼の半生を思えば、この平穏こそが、権力や財産よりもよっぽど大きな報酬だっただろう。
こうして僕たちは、いつまでもいつまでも、英雄ではなく、ただの平凡な市民として、幸せに暮らしてゆきました。
めでたし、めでたし。




