16.金糸の貴族とアンドラス傭兵団
夜の山を越えて国境を抜けると、俺たちはスティールアークを目指した。
あの女が契約を果たしたのならば、スティールアークには自警団が生まれている。その自警団は必ず俺たちの味方になってくれるだろう。
「これはこれは御子様……そのような下蔑の者と、なぜコソコソと身を隠して旅をされているのでしょう」
しかしその道中、ついに俺たちは敵に発見されてしまった。
金糸のアクトンを着込んだ貴族の男が、高慢ちきな長い髭を撫でながら、私兵と傭兵を引き連れて俺たちを取り囲んでいた。
場所は街道を避けての林の中、救援は期待できそうもない。
「なぜ黙っておられるのです。さあ、馬車を用意させてあります。我々が王都までお送りしましょう」
「ドゥ、どうする……?」
「どうもこうもないだろう。こいつらの狙いはアンタの首だ」
敵の数はたった30弱。俺たちの追跡を果たした傭兵団には一目を置きたいが、それにしたって舐められたものだった。
「その盗賊と、貴族である私のどちらを信じるかなど、考えるまでもないでしょう、御子様」
「確かにな。苦楽を共にした俺と、執拗に俺たちを追跡させたこの野郎のどちらを信じるかなんて、考えるまでもない」
「忌々しい男だ……。御子様、その男は闇組織カドゥケスの一員です」
「バカな、そんなはずないだろ!」
「はははっ、なんと、知らなかったのですか? カドゥケスの幹部マグヌスの稚児ドゥ。美しいその稚児は、権力者たちに汚らわしい接待をしていたという噂ですよ?」
「ああ、それは事実だ。だが俺はその後盗賊王に盗まれて、彼の後を継いだ。今ではカドゥケスとは敵対関係だ」
モモゾウが珍しく修羅場だというのに袋から出てきて、クソ野郎に向かって威嚇した。相棒の俺を案じてくれて嬉しかった。
「王都にはドゥと一緒に行く。貴方の力には頼らない。少なくとも、人の辛い過去をほじくり返すやつと一緒に旅なんてできない!」
「過ぎたことだ」
説得不能と判断するなり、金糸の貴族はいらだった様子で腕を上げた。
一斉に私兵と傭兵たちが剣や槍を抜き、残忍で傲慢な本性を現した。
「バカなことは止めろっ、今はみんなが一丸となって魔王を倒すべき時だろ、なぜ争うんだっ!」
「ふんっ、神殿育ちの御子様らしい甘ったれた言葉ですな」
「わかってないのは貴方たちの方だ! このままじゃみんな破滅するだけなのに、なんで魔王討伐の邪魔をするんだ!」
カーネリアの正論は俺から言わせれば30点だ。
悪党になぜ悪事を働くのかと糾弾しても、まともな返事も改心も期待できない。言うだけムダだった。
「そこの薄汚い盗賊、貴様にチャンスをやろう。勇者カーネリアを殺せ」
「……アンタ、自分の状況をわかっていないんだな」
この程度の数で魔将を討った勇者と、盗賊王の子を殺せると思っているのだから片腹痛い。
コイツがバカで助かったと俺はクソッたれな神に感謝した。
「ハハハハッ、それはこっちのセリフだ! さあ、カーネリアを殺せ! 殺せばそうだな……1000万オーラムをくれてやろう」
「100億積まれてもお断りだ」
「ドゥ……ありがとう……」
「だが1000億オーラム積むなら考える」
「え……?」
「冗談だ」
ダガーを抜いて、肩のモモゾウに耳打ちをした。
モモゾウは身体を弾ませてうなずくと、ちょろちょろと俺の身体をはって袋の中に入った。
「そうか、ならばまとめて死ね!! 殺せっ、殺してしまえっ!!」
私兵と傭兵たちの中には迷いがあった。
勇者を殺せば世界はどうなる? 当然の反応だった。
「何をしている、殺せと言っているだろう! 違約金を取られたいか、クズども!」
まずはヤツの私兵どもがきた。
一般にリーチの長い武器の方が戦いに有利と言われるが、どうということはない。
俺は目潰しの土を投げつけて、風のようにやつらを片付けた。
「卑怯な! それが勇者パーティの戦い方か!」
「アンタに言われたくないな」
「ギャッ、止めろっ、服が汚れるっ、おのれっ!!」
遅れて傭兵たちが襲いかかってきた。それを正統派の剣術でカーネリアが跳ね返す。
彼女を壁にして俺は疾風となって遊撃し、そしてモモゾウが袋から肩にはい出てくると後退した。
「下がれ、カーネリア! 行けっ、モモゾウッ!!」
「モモンガだって恐いんだぞーっ、ガォォーッッ!!」
カーネリアの後退と同時に、俺はモモゾウを敵上空に投げつけた。
腹膜を広げて空を翔け、モモゾウはやつらの頭上で【ポイズンフライの粉】をまいた。ぐるりと旋回してもう1度、さらにまた旋回して小袋ごと全てを落とすと、モモゾウは俺の胸にビタンッと張り付くように着地した。
「うっ、ううっ……な、なに、を……」
「身体が、痺れ……動か……」
「卑怯だぞ! 毒を使うなんてそんなの卑怯ではないか、貴様!!」
「はっ、アンタの言う元カドゥケスの俺にはお似合いだろ」
「さすがドゥだ。最小限の被害で無力化できたね」
勇者カーネリアは変なやつだ。敵の壊滅を見るなり、回復魔法で兵士の手当てを始めた。
甘い。甘過ぎる。だが呆れる俺とは反対に、モモゾウは感心していた。
「ドゥ、ボクチンたちの傷薬も使ってあげようよ」
「もう好きにしろ」
金糸の貴族が仲間を置いて逃げようとしていたので、回り込んで刃を突きつけて、腹を膝で突いて無力化した。仲間に報告されても困るからな。
それからクソ野郎を襟首を引きずって傭兵団のリーダーのところに戻った。
そいつは兜ではなくハットを頭に身に付けた変わった姿の傭兵だった。
「喋れるか?」
「う……少し、なら……」
「じきによくなる。さて、それはそうと取引をしないか?」
「取引……だ、と……?」
「このままだとアンタたちは世界全てを敵に回す。だがこちらに寝返るなら、勇者と敵対したと報告をしないでおいてやる」
傭兵にとってはクライアントを裏切る行為だ。
だがここでクライアントとの契約を遵守しても、彼らの立場はより悪いものになる。今や勇者カーネリアは世界の希望だ。
「何を、すればいい?」
「この私兵とバカ貴族の拘束、監視。そして王都までのエスコートだ。このマヌケが乗ってきた馬車があるんだろ? 御者も頼むよ」
「俺たちを、信じ、るのか……? 裏切るかも、しれないぞ……」
「たぶんそれはない。追跡を介してそっちのやり方はもうわかっている。アンタたちは先々の村人に危害を加えなかったし、追跡の技も見事だった。刑死させるには惜しい。だから信じることにした」
もう立てるのか、盗賊団の長は立ち上がってハットを脱いだ。
その渋いイケメンはなんとツルツルにハゲていた。
「コイツは、参ったな……。ギャラの交渉、する権利は、あるか……?」
「好きなだけ王に請求しろ。あっちに着けば俺たちは英雄だ」
「よし、乗った。盗賊ドゥ、お前が、寛大な男だったことに、感謝しよう……。クソ、まだ痺れてやがる……。たかが、モモンガだと、ううっ……舐めてたぜ……」
「俺の相棒だからな」
「えっへんっ!」
俺たちは領主と私兵をふん縛って、アンドラス傭兵団に囲まれながらの楽ちんな馬車の旅を始めた。長のアンドラスはハゲてはいるがそれが魅力的なほどに渋くて、話の面白い旅仲間になってくれた。
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