・エピローグ2/7 謀られた世界 - ギルモア -
・ギルモア
友人であるベック侯爵の屋敷を訪ねた。
盗賊ドゥと契約を交わし直し、ここに身を隠していた頃が懐かしい。
ベックが私を迎え、私が国王陛下から聞かされた話をベックにしてやった。
わたしたちは互いに人差し指を失っていたが、今やそれは友情の証にも等しかった。
「本当か!? やったな、ギルモアッ!」
「はい、魔王が眠りに付いたことにより、魔物たちも消滅しました」
「これでやっと平和になるな!」
「とはいえ、懸念事項が残っていますが……」
「懸念事項? 他に何かあったか?」
「人狼です。人狼は消滅しなかったと報告が」
ベックは豪快な男だ。
私の懸念に理解を示したが、それよりも朗報への喜びの方が勝った。
彼は私の肩に両手を置き、『そんなことよりやったな!!』と叫んだ。
「しかしこれはあくまで時間稼ぎです。盗賊ドゥはついに世界をも騙し切って見せましたが、この詐欺行為もいずれ発覚することになるでしょう」
「遙か未来の話だろ! そんなもの、先の時代の連中がどうにかしてくれよう!」
「そのためには、過去の時代に生きる私たちの助力が必要でしょう」
「む、うむ……」
ベックと私は先の時代のことを話し合った。
私たち共通の友人であるアッシュ――盗賊王エリゴルが果たせなかった夢を、その養子である盗賊ドゥと、我らが御子様が実現した。
古い時代を生きた者として、この結末には感無量だった。
「魔物の脅威がなくなり、新たな時代が到来しました。国境の拡張を急ぐよう陛下に忠言しましょう」
「これまで開拓出来なかった土地にも、これで進出出来るな!」
「外交も大切になるでしょう。孤立すれば包囲され、四方から襲われることにもなりかねません」
盗賊ドゥと御子様は世界を救った。
しかしそれは、人と人の争いの時代の幕開けでもある。
恐らく世界中で国境問題が噴出する。
そんな世界をどうにかまとめ上げ、いずれ訪れる本当の決戦の日まで力を蓄えなければならない。
「あの、旦那様……変なお客様が、会わせろとさっきから……」
そんな折、使用人の男が応接間をノックして用件をわたしたちに伝えた。
「客か……? そうだな、通してみろ」
「え、ですが……」
すぐに扉の向こうが騒がしくなり、聞き覚えのある低い声が聞こえてきた。
「ちょ、ちょっとっ、衛兵を呼びますよっ!?」
それはシーフ・アッシュだった。
最終決戦に加わっていたというのに、神出鬼没の帰国だった。
「よう、盛り上がってるかよ?」
「アッシュ! やっと顔を出したな、この野郎!」
「お久しぶりです、アッシュ。しかし、恐ろしく早いお帰りですね……」
「まあ、そこはちょいと奥の手をな。それより一杯飲もうぜ」
気心の知れた私たちは、彼の持ってきたワインを飲み交わした。
ラベルに刻まれたその数字は、ちょうど彼と勇者ルージュが失踪したその年の物だった。
「これから新しい時代がくる。力、貸してくれねぇか?」
「ちょうどその話をしていたところです。それで、我々に何をご希望ですか、シーフ・アッシュ?」
「お前の息子には散々世話になった、なんだってしてやるぞ!」
「魔王と、その上の存在と決着を付ける日がいずれくる。俺は未来の勇者たちを助けたい」
盗賊王エリゴルは新たな結社を作るという。
時の流れと長い平和が、この世界の真実を陳腐な伝説にしてしまうことを危惧していた。
「俺たちがくたばった後も、この意志を継ぎ、動き続ける組織が必要だ。魔王フローズが長い夢を見ている間に、人類は天の喉元に食らいつけるだけの力を蓄えなきゃならねぇ」
アッシュと私の考えることは同じだった。
全てを棄てる結末を選んだアッシュと、世界を騙し抜く結末にこぎ着けたその息子ドゥ。アッシュからすれば、さぞ己の息子が誇らしいだろう。
「喜んで力を貸すぞ、アッシュ! これからもう少し、うちを訪ねてくれると約束するならなっ!」
「それはとても重要な条件ですね。ではそういった契約で」
老人たちは新しい時代について話し合い、どうやって長い時の中で力を蓄えたものかと、飽きることなく言葉を交わし続けた。
私たち老人は先の時代を生きることが出来ない。
しかしだからこそ、世界を謀った男の願いを、100年先まで伝えていきたかった。




