End - 1.伝説の終わり - 偽り -
「さて、そろそろ行くか」
「うん……」
「身体は大丈夫か?」
「全然平気。もう何も怖くないよ」
装備を調え、カーネリアと共に天幕を出た。
逃亡のために俺たちには紺色のローブが用意されており、それを身にまとうと遠目には全く目に付かなくなった。
逃げ道と馬も用意されていた。
馬を使ってこの戦場を離れ、勇者の逃亡により戦いを集結させる。俺たちはそのシナリオを拒んだ。
「ドゥ様……? カーネリア様まで、こんな時間にどちらへ?」
「決戦前のデートだ、通してくれ」
「はっ! どうか行ってらっしゃいませ!」
馬を使って北部の蒼の塔に向かった。
毒の沼地は既に埋め立てられていたが、そういった場所だけあって、塔に駐屯するような兵士はいなかった。
俺たちはかつての仲間が攻略した蒼の塔を上った。
最上階に到着すると、彼方に魔王城が見えた。
「つ、掴まってもいいか……?」
「ああ、俺に掴まっていろ。決戦の地まで連れて行ってやる」
「上手くいくかな……」
「さっきまであんなに強気だったのに今更だろう」
紺のマントを脱ぎ、盗賊王の宝である風のマントをまとった。
これから俺たちは魔王城に2人だけで侵入する。
逃げるのではなく、この長い戦いを終わらせるためにだ。
魔王を討たずに逃げる。そのシナリオは偽りだ。今夜、俺たちは全てを出し抜く。
「飛ぶぞ」
「うん、行こう、ドゥ!」
カーネリアと一緒に軽い助走をして、塔から空へと身を投げた。
マントは俺たちをモモゾウのように滑空させて、彼方で紫色に輝く魔王城へと俺たちを運んでいった。
モモゾウは連れて行かない。
大切な相棒だが、計算外の要素を入れたくなかった。
風のマントは魔王城の城壁を軽々と乗り越え、俺たちをその中央にあるバルコニーまで運んでくれた。
迎撃を想定していたが、えらく静かなものだった。
「良い流れだ。行くぞ、カーネリア」
「うん……っ」
魔王城の内部は明るかった。
紫色に発光すると壁や彫刻はおどろおどろしく、美しいようで妖しい城だった。
そんな世界を俺たちは忍びながら進んだが、すぐに足を止めることになった。
「ドゥ、何かおかしくないか……? 誰もいない……」
「嫌な感じだ」
「どうする……?」
「行こう。もう後には退けない」
文献を元に魔王の居所を特定した。
この城に玉座はなく、あるのはどこかで聞いたような地下祭壇だそうだ。
かつて魔王を討った愚かな勇者の記録では、魔王はそこにいたという。
勇者は栄誉を手に入れたが、その後人類は滅亡の寸前まで追いやられた。
「やあ……」
地下階段の踊り場に人影があった。
つい身構えたが、すぐに戦意は驚愕に塗りつぶされることになった。
「こんな姿で失礼するよ」
それはあの少年、魔将バエルだった。
だが幽霊のように身体が透けていて、俺が刺した傷跡もどこにもなかった。
ベッドに寝た切りだったというのに、今は自分の足と杖で立っていた。
「幽霊、なのか……?」
「負けてしまったからね。……他の魔将たちも姿は見えないけど君たちを見ている」
それが本当ならまずい状況だ。
魔王に近づく敵として、俺たちは叩き潰されてしまう。
「安心して、魔王様はそんな無粋な人じゃない。この先の祭壇で君たちを待っている。……1人で」
「俺たちは決着を付けにきた」
「そうみたいだね……。ようこそ、人類を破滅させんとする偽りの英雄たち。案内するよ」
バエルの後を追って歩いた。
信じたのではない。その下り階段は一本道だった。
「エリゴルは元気……?」
「元気だ。ボケた後が怖いほどにな」
「そっか……。彼はとても賢い人だった。僕の話を信じてくれた」
「だがアンタたちは何が狙いだったんだ? なぜわざわざ、ジジィに新しい身体を与えたんだ?」
「アーザゼルと僕はもううんざりなんだ」
そうとだけバエルは答え、気持ち早足で道を急いだ。
「アンタたちは何に飽いている?」
「答えたいけど、それは魔王様に聞くといいよ」
「この先に魔王がいるのか?」
「そうだよ。それはそうと君、本当にルージュに似ているね……」
やがて最下層にたどり着き、道が三つ叉に分かれた。
バエルは真ん中を選んだ。迷ったが後を追うことにした。
扉に行き着いた。
巨大な目玉が生えた不気味な扉だった。目玉は俺とカーネリアを見下ろしていた。
「戦いの前に魔王様からいくつかの質問があるはずだよ。すぐに斬りかからないで答えてあげてね。魔王様にとって、その質問はとても重要なことだから……」
「相手は正々堂々と決着を付けるつもりなんだな?」
「君たちにその覚悟があればね」
目玉が扉から消え、扉が独りでに開きだした。
まずイスが5つ目に付いた。
バエルのように幽霊となった魔将たちがその左右に腰掛けていた。
「僕たちは見届けるだけだ。君たちがどんな結末を選ぶのか、見守るように仰せつかった」
バエルが消えて、玉座の前にまた現れた。
俺たちは決戦の舞台へと進み、その先の祭壇で――全身を重鎧でまとった黒騎士を見つけた。
「よくきた」
顔の隠れる鎧をまとっているためか、くぐもったような奇妙な声だった。
カーネリアは剣を抜き、俺もまたナイフを引き抜いて、それから気を変えて腰に戻した。
「アンタが魔王か? もっと巨大でグロテスクなイメージだった」
軽口を叩いても反応はなかった。
どんな凄まじい覇気を持つ怪物が現れるのかと、俺なりに覚悟を決めていたのだがちっとも恐ろしくない。あまりに魔王は普通だった。
「勇者よ、歓迎はする。だがなぜ、ここにきた……?」
「アンタを討つためだ」
「後の時代がどうなっても、お前はいいというのか……?」
「ああ。お前を倒し、俺たちは英雄となる。100年後など知ったことか」
ナイフを抜いて身構えた。
魔王は戦いの姿勢を見せなかった。
「正気とは思えない」
「俺は別にいい。だがなぜカーネリアが名誉を奪われなければならない? 英雄に犠牲を強いる世界ななど、いっそ滅びてしまえばいい」
「僕も同感だ。ドゥが臆病者扱いされるなんて、僕は堪えられない!」
そう答えると魔王は剣に手をかけた。
「本当に?」
「ああ、俺はお前を斬る。俺は傲慢で身勝手な盗賊だからだ」
「……いいだろう、殺せるものなら――殺してみせろ」
魔王が剣を抜くと、ゾクリと背筋が冷たくなった。
人間が持てるとは思えない、純粋で無機的な殺意が俺たちを震え上がらせた。
見た目はただの鎧男だが、そいつは確かに人間ではなかった。
俺とカーネリアが左右から突進し、剣とナイフを奴に放った。
ナイフは腕のガンドレットに弾かれ、剣もまた魔王の剣に受け返された。
すぐさまに反撃の刃が飛んできて、俺たちは驚き後退することになった。
慣性を無視しているとしか思えない、あり得ない初速と返しで刃が返ってきた。
「気を付けろ、ドゥ! あの身体、何かおかしいぞ!」
「ああ。それに……」
今の攻撃、何か引っかかる。
慣性を無視した異常な動きもそうだが、何か違和感があった。
「な、なんだコイツはっ?!」
「くっ……あり得ないよ、こんなのっ! まるで重さを無視しているかのようだ!」
やはり慣性がない。重さがないかのように魔王はすぐさまトップスピードになり、長い剣を俺に向かって払った。
それを滑り込むようにすり抜けて、反撃に足首の鎧の隙間を狙ったが、また全ての重さを無視するかのように魔王は一瞬で後退した。
勝つのが目的ではない。だがこのまま戦闘が続くとまずい。
それに……こちらの動きが読まれているような妙な感覚まである。
「まさかアンタ、人の頭の中が読めるなんて言うなよ……?」
「生憎、そういった力はない」
「参ったな、どうやってかつての勇者はこんなのを討ったんだ……」
「退いても後は追わない。逃げるなら、逃げるといい」
『断る』と口にする代わりに、俺とカーネリアはまた一斉に反撃した。




