7-2.決戦前夜 - 沈黙の剣 -
「去るのか……?」
「ああ」
「魔王を討てば、真の勇者として永久に語り継がれるというのに……」
「そんなことをしても、俺にはなんの得もないな」
「貴様には完敗だ。貴様は正しく、クロイツェルシュタインの英雄だった。誰がなんと言おうとも、貴様こそが真の英雄だ」
「俺が嫌がると知った上であえて言っているのか?」
いや、ベロスは真剣だった。
気難しいその顔で、強い口調でそう言い切った。
「ドゥ……俺は誓う。盗賊ドゥは魔王から逃げたと人々が笑おうとも、俺は叫び続けよう。……違う、盗賊ドゥは英雄だった!! ドゥこそが真の勇者であったと!! 殴り飛ばしてでも理解させる!!」
「止めてくれ……」
ベロスは情熱的に叫ぶと、不意に鞘に入ったままの剣をこちらに突き出した。
見たことのない剣だった。
それは美しい白と銀を基調にした宝剣で、かなりの値打ち物に見えた。
「そんな剣いらん」
「お、お兄、さま……」
「この剣は、ガブリエルだ……」
何を言っているのか理解できなかった。
物珍しさに剣を受け取り、鞘から刃を抜いてみると、白銀の刀身へと鏡のように己の顔が映った。
「それはあの魔剣だ。ガブリエルが魔将グリゴリに与えられた、人を狂わすあの魔剣だ」
「別物に見える」
「お兄さまは……ガブリエルお兄さまは、その剣に……。己の全てを捧げたんですの……」
剣を抜いてみても、あの魔剣のようにおぞましい感覚はどこにもなかった。
「魔将アーザゼルを討つために、ヤツは隠し持っていた魔剣に残りの魂全てを与えた。結果、アーザゼルを討つことには成功したが、そうなってしまった」
剣を鞘に戻し、マグダラに返却した。
この剣がガブリエルを喰らってこうなったというなら、マグダラに所有権がある。
「お兄さまを連れて行って下さってもかまいませんのよ……?」
「こんな目立つ剣はいらん。それに、アンタの隣の方がずっとヤツも幸せだろう。大聖堂で保管し、次の勇者にでも使ってもらえたら、ヤツも本望だろう」
マグダラは剣を抱いて大粒の涙を流した。
悲しみか、喜びかはわからない。だがもうガブリエルは言葉を発することはなかった。
「ガブリエルに伝えてくれ。アンタを見直したと」
「はい……」
一瞬、剣が光ったように見えた。
ガブリエルは代償として魂の全てを剣に捧げた。ならばその剣には、ヤツの魂が秘められていてもおかしくない。
「さらばだ、英雄よ」
「さようなら、ドゥ様……。お兄さまを赦して下さり、ありがとうございます……」
マグダラとベロスが去った。それとガブリエルのやつも。
・
入れ替わるようにまた客がきた。いや、身内だった。
「お姉ちゃんか……」
「きたわ、パパ」
ペニチュアお姉ちゃんはやはり落ち着いていた。
俺とカーネリアが姿を消す宿命だと知ってもなお、いつもと調子が変わらなかった。
あんなにも俺たちに執着していたのに、何か彼女を変えたのかわからない。
「ねぇ、パパ。ある男が外でパパを待ってるの。入れてあげてもいいかしら……?」
「最期の夜だ、誰だって構わないぞ」
「そう。ドゥの許可が下りたわ、会ってくれるそうよ。マグヌス」
「なっ……?!!」
人攫いのマグヌス。幼少期の俺に付きまとい、人生を破壊した男だ。
そいつがまさかこんな決戦の地にやってきていたんだんて、驚かずにはいられない。
「マグヌス……貴様、なんの用だ……」
マグヌスは相変わらずの気味の悪さだった。
ドゥこそが己の最高傑作と信じて疑わない、芸術品でも眺めるかのような目で俺を見ていた。
「ああ、会いたかったよ、ワシのドゥ……」
「お姉ちゃん……なぜ、コイツを……っ」
「この作戦にカドゥケスは資金の2割を出資したよ。蒼の塔の攻略には暗殺部隊を提供した。その8割を失うことになったがね」
マグヌスの目が俺から外されることはなかった。
こんなにドゥのためにがんばったんだとよ、己の貢献をアピールしていた。
俺が困り果てる姿を見ても、相変わらずのお構いなしの異常者だった。
「だからなんだ……?」
「ワシの育てた悪のカリスマが、今や伝説そのものになろうとしている。予定とは異なるが、ワシは嬉しいよ、ドゥ……」
「カドゥケスの盟主となれという頼みなら付き合えんぞ」
「残念だ……。明日には、お前は臆病者の汚名を着せられているだろう……」
なぜこの男が勇者の逃亡というあらすじを知っている。
ペニチュアお姉ちゃんに疑いの目を向けると、首を横に振られた。
「知らないわ、他の誰かが密告したのでしょうね、カドゥケスに」
「残念だが、盟主は空席のままにしておくしかなさそうだ……」
「よく言うわね、それこそが貴方の狙いでしょう、マグヌス」
「器にそぐわぬ者が盟主となっても、組織を腐らせるだけですよ、ペニチュア様」
理解したくもない話だ。全て聞き流した。
ポットに残っていたぬるい茶をあおり、そろそろ出て行ってくれとマグヌスを邪険に睨んだ。
「そんな目をしても彼を喜ばせるだけよ」
「そうだとも……ああ、ワシのドゥ……」
「おぞましい……」
「ドゥ、ワシも先ほどのベロス卿のように誓おう」
「聞いていたのか……」
「お前のことを悪く言う者がいれば、ワシは必ずその者の舌を引き抜くよう命じよう。カドゥケスある限り、お前の名誉は絶対に汚させない」
「刺すぞ、この異常者!」
「ああ、ドゥ……。お前は、ワシの、期待以上だった……」
これ以上この異常者の言葉に耳を傾けたら、決行前に気力も何もかも奪われてしまいそうだ。
「消えろ、人攫い。俺はアンタみたいな人攫いが何よりも嫌いだ」
「ワシが守ってあげるよ、ワシが、お前を……ヒヒヒヒッ!!」
マグヌスは不気味な笑い声を上げながら天幕を去っていった。
これっきりの別れだとか、そういった情はヤツには全くなかった。
自分こそが英雄ドゥの才能を最初に見抜いた。
自分が怪物に変えた少年が成長して、今や世界のために舞台から降りようとしている。
人攫いのマグヌスは何から何まで歪んでいた。
姿をくらましても必ず俺を見つけ出して、監視させるその意思が見え見えだった。




