7-1.決戦前夜 - ベロスとドゥ -
ほどなくして、兵士たちの歓声がわき上がった。
塔から戦場に目を下ろすと、魔物たちが次々と実体を失い、青い光となって消えてゆく光景を見ることになった。
勝利だ。兵士たちは名も知らぬ英雄を賞賛し、北にある蒼の塔を見上げた。
塔から光が消えた。魔王城の結界もまたこれにより消滅してゆき、光の歪みのない正常な情景に変わった。
「アーザゼルの野郎とは会えずじまいか」
最後の魔将が討たれた。
その事実を受け止めると、さすがの俺も緊張を覚えた。
しくじれば舞台からの退場が俺たちを待っている。オデットたちとこれからも一緒にいられるかどうかは、この先の抜け駆けにかかっていた。
魔王を守る魔将とその軍勢はこの瞬間をもって消滅した。
後は魔王と、魔王城に立てこもる直属のみだ。
ガブリエル、ベロス、見事だった。
アンタたちがやったことは決して許されることではないが、だがその意地は見届けた。
アンタたちもまた、最後の最後に勇者パーティの一員として、己の志を貫いたと認めよう。
助かった。してやられた。見事だ、ガブリエル、ベロス。
「……さて、んじゃ英雄どものつらを拝みにいくとするか」
「ああ。予想外の連中にいいところ持っていかれてしまったな……」
俺たちは盗賊王の財宝、風のマントを身に付けた。
これがあれば俺たちはモモゾウになれる。
「ところでモモゾウ」
「なーに、ドゥ? 飛ぶのが怖いー?」
「いや別に。それより出発前、ペニチュアお姉ちゃんと何を話してたんだ?」
「……ごめんね、ドゥ、それは言えない。ボクチン、ドゥに嘘とか吐きたくないから……」
「そうか、では一緒に飛ぶとしよう!」
「わーいっ、ドゥと一緒にお空を飛べるなんてっ、夢みたいっ!」
塔から飛び降り、敵が消えて安全になった空を滑空すると、俺たちは本陣へと鮮やかに引き返した。
兵士たちはドゥとカーネリアの名を叫び賞賛していたが、今回の最大功労者は俺たちじゃない。
最も危険な蒼の塔に突入し、予定外にも関わらず見事の魔将を討って見せたガブリエルとベロスこそが、この戦の英雄だった。
・
最期の夜がきた。
明日の決戦を前に俺とカーネリアには一人用の天幕を与えられ、失踪を推奨するように本陣から大きく離れた場所に配置された。
勇者の役割は終わった。別れを済ませ、消えなければならない。
あらすじ通りの結末を望むのならば。
「ドゥ様、あの……少しよろしいですか……?」
「ラケル……? アンタが俺を訪ねるなんて珍しいな」
てっきりカーネリアの天幕いるのかと思っていたのに、ヒーラー・ラケルがここを訪ねてきた。
彼女を中に招き入れて、向かいのイスへと座らせた。
「あの……今日までご一緒できて、私、楽しかったです、ドゥ様……」
「俺もだ。あの南方での旅は今でも大切な思い出だ」
「私もです……。でも、会えなくなるなんて寂しい……」
「ピィィ……ボクチンもだよ、ラケルゥー!」
「モモゾウちゃん!」
目当てはモモゾウだったのかもしれん。
モモゾウはラケルに抱かれて、しきりにピィピィ鳴いて悲しみを訴えた。
「それとドゥ様……」
「なんだ?」
「カーネリア様をどうかお願いします……。カーネリア様を幸せにしてあげて下さい……。カーネリア様は今日までずっと――」
「わかっている。彼女には新しい人生が必要だ」
ここでボロを出すわけにもいかず、俺は悲劇の英雄を演じた。
「2人とも、今夜にはもう、行っちゃうんですよね……?」
「ああ、今夜中に終わらせる」
「そうですか……。私、今でも納得がいきません……。こんなの酷い……」
「みんなそうだ。まあ、そう気に病むことはない。姿を変えてアンタにも会いに行くよ」
もし、しくじったらの話だがな。
「待ってます……。それと、さようなら……。ずっと私、ドゥ様を尊敬していました……」
「旅をサポートしてくれてありがとう、ラケル」
聖堂の人間だというのに、ラケルは男の胸に飛び付いて思いの丈を伝えると、涙を流して天幕を出て行った。
「心が痛むね……」
「まあ仕方ない。後で謝ればいい」
他にも誰かがここを訪ねてくれるだろう。
そう期待して少し待ってみると、また意外な顔が現れた。
「マグダラか。計画なら――」
「いえ、そちらは問題ありませんの。それよりもドゥ様、1つおうかがいしたいことがありますの……」
「なんだ? アンタもしんみりきてるのか?」
「ガブリエル、お兄さま……。お兄さまのことを、ドゥ様はどう思っておられますの……?」
女を斬ったクズ。魔剣を頼り身を滅ぼした愚か者。国を滅ぼしかけた裏切り者。そういった評価は、マグダラの望む言葉ではない。
「今回の活躍を見て、評価が大きく変わった」
「それは、本当ですの……?」
「ああ。ヤツの悪行は悪行だが、俺も人のことを褒められたものではない。……ヤツを見直した」
「そうですか……。それを聞いたらお兄さまもきっと喜びます……。ベロス卿、中へ……」
そんな気はしていたが、今回のガブリエルとベロスの抜擢にはマグダラが関わっていた。
特にガブリエル。アイツの名誉をわざわざ回復させたいと望む者は、ヤツをかつて慕っていたマグダラくらいだろう。
だがなぜ、ベロスだけを呼ぶのだ……?
天幕の入り口が開き、潜んでいたベロスが中に入ってきた。
「誰もアンタの名前を呼ばない。魔将を討ったのは、皆ペニチュアお姉ちゃんだと思い込んでいる」
「……ああ、別にそれで構わない」
「構わない……? どういう心変わりだ、ベロス」
ベロスはすっかり老け込んでいた。
無精ひげだらけになったその顔は、高慢に見えた当時よりも親しみやすさがあった。
ヤツはしばらく黙り込み、相変わらず気難しそうな顔で俺を凝視して離さなかった。




