6-1.黒の塔 - さよなら -
・ただの盗賊
魔王、魔将、魔物。それらは世界人口を調節するためのシステムだという。
その源は俺たちからかすめ取られた魔力で、人類はこの魔王システムにより、果てのない戦いを繰り返すことを宿命付けられている。
その真実をあらためて思い返すと、この戦いに若干の嫌気が差した。
俺たちはこの世界を支配する上位の存在に、その手のひらの上で今ももてあそばれている。
自分たちが源である存在と戦わされている。
そうとらえると、何か虚無めいたものを感じずにはいられない。
魔王システムはあまりに悪趣味だ。
魔王を倒し栄光を迎えた人類の前に、まるで絶望が突きつけられるように設計されている。
盗賊王のジジィと先々代の勇者ルージュは失踪を選んだ。
魔王の手足である魔将たちをもぎ取り、天上の何者かが用意したこの邪悪な罠を回避した。
最強の勇者ルージュですら、魔王とは戦わずに逃げた。
その事実こそが、魔王を討つことを人々に諦めさせるに必要だった。
「ドゥ……そろそろ、行く……。死ぬな……」
「ソドムさん、今日まで世話になったな。どうかディシムのやつと幸せになってくれ」
「忘れない……。絶対に……。お前は、俺の友達」
「ありがとう。いつかアンタのところにも訪ねて行こう」
己の顔の前にひらりと手のひらを通過させて、真剣な顔から微笑に様変わりさせた。
「さよなら、ドゥ」
ソドムさんはやさしい人だ。悲しむのではなく微笑みを俺に返して、朱の塔へと去っていった。
この戦いで魔将を討てば、俺とカーネリアは舞台を下りなければならない。
別れの言葉は早いに越したことはなかった。
「よぅ、マイダーリンと何話してたんだよ、勇者様よぉ?」
「ディシム、アンタはそのねじくれた性格が問題だな……」
続いてディシムがやってきた。
彼――いや、彼女のお腹はもう大きかった。だが勇者パーティの一員としてこの戦いから降りる気はさらさらないらしい。
「おいドゥ、いきなり説教だなんてなんだよ、藪から棒によ」
「その性格と荒い口調は、子供の教育に悪い……」
「ヒャハハッ、それテメェが言うかよぉっ!?」
「……いい子に育ててくれ。ソドムさんのようにやさしい人にな」
「おう、任せとけ! テメェみてぇなバカ野郎、もう二度と見ねぇだろうな! せいぜい、カーネリアとお幸せになりやがれ!」
「……アンタもな」
ディシム、ソドムさんをあまり困らせないようにな。
俺は浮かびかけた言葉を引っ込めて、ディシムと景気のいいハイタッチをして別れた。
朱の塔攻略にはソドムさん、ディシム、マグダラが主軸として加わる。
こちらは既に味方陣地に飲み込んでいるので、何かあっても大丈夫だろう。
「パパ、後で天幕に行くわ。またね、モモゾウ」
「無理を言ってごめんね、ペニチュア……。でも、ボクチン後悔してないよっ」
蒼の塔は最も危険な奥地にある。
最も危険で生還率の低い攻略対象だ。
当初は俺と盗賊王のジジィが担当する予定だったが、魔将アーザゼルは東西にある白の塔か、黒の塔にいると新たに推測された。
よって、蒼の塔はペニチュアお姉ちゃんと精鋭によるデスマーチが採用された。
「2人してなんの悪巧みだ?」
「な、なんでもないよっ、なんでもーっ!」
ペニチュアお姉ちゃんの手を蹴って、モモゾウは俺の胸に飛び付いた。
それからごまかすようにいつもの定位置、袋の中に入り込んだ。
「フフ……きっと驚くと思うわ」
「お姉ちゃんがそう言うなら、きっとそうなるのだろう」
「それじゃ、またねパパ」
「ああ。貧乏くじを引かせて悪かった。どうか蒼の塔を頼む」
なんだろうか、この違和感は。
ペニチュアお姉ちゃんは別れを惜しまなかった。妙にあっさりとしていた。
あまりに彼女らしくなく、企みや強がりを疑わずにはいられなかった。
残る勇者パーティの一員、カーネリアとラケルは残念ながら反対側の陣地で待機している。
全戦では激しい戦いが今も繰り広げられており、時折兵士のときの声に、悲痛な叫びが入り交じって聞こえる。
人と人の戦いと異なり、この戦いには容赦も何もなかった。
顔も知らない天上の怪物が、この悪趣味な仕組みを考え付いた。
俺たちの世界は地獄だ。この救いのない循環から抜け出すには、やつらを欺く必要がある。
「お前に友達ができるなんてなぁ、俺ぁ意外だぜ、ドゥ……」
「どういう意味だ、ジジィ」
「世界全てを憎んでいたガキが、今や世界を救う勇者様だ。お前が他人の悲鳴に心を痛めるなんて、俺ぁ夢でも見ているかのようだ」
「まあな……。だがこの変化は盗賊の資質として見ると、あまり喜ばしくないことだな」
俺は変わった。ジジィが言うように他者に対して同情的になった。
そのせいで俺は、傲慢で身勝手な盗賊であり続けることが難しくなってきていた。
「もう俺の代わりをしなくていい。しろとも言っていないはずだ。ドゥ、お前は好きに生きろ」
「好き放題生きた結果がこれだ」
そこに伝令の男が飛んできた。
彼方を見れば、ついに連合軍が東西の塔を支配下に飲み込んで、突入の条件が整ったように見えた。
事情を知らぬ者からすれば、それは決戦前の前哨戦だ。
必ず魔将を討ってくれと、兵たちが俺たちに敬礼や鼓舞をした。
事情を知る者からすれば、これは最期の戦いだ。
もうドゥとは2度と会えないと、仲間たちは別れを惜しんでくれた。
どちらも偽りのストーリーだ。
俺と盗賊王エリゴルは、全てを欺くために黒の塔の攻略を開始した。




