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5.蒼の塔、ガブリエルの最期

 俺たちはクロイツェルシュタインへと帰投した。

 極秘裏にペレイラ王への謁見を許され、彼の私室を訪ねることになった。


「マグダラたっての願いにより、貴殿らの参戦を許そう。祖国を混乱の渦中に貶めたその罪、戦場にて存分に償うがよい」

「感謝いたします、陛下」

「必ずドゥのために活路を拓く。お約束いたします」


 この場で監獄送りにならない分だけ温情だった。

 王は俺たちを憎んでいるようには見えなかったが、立場があるのだろう。厳しい態度を崩さなかった。


「4つの塔のうち、蒼の塔は毒泉に位置している。貴殿らには蒼の塔の攻略を命じる」

「は、お言葉のままに」


 ベロスの言葉に反論はないと、共に頭を下げた。


「貴殿らは重罪人、成果を上げても名誉の回復はできぬ。犯した罪を償う気あるならば、存分に命を賭けるがよい」


 もっと酷い言葉を投げかけられてもおかしくなかった。

 だが陛下は温情を下さった。勇者の仲間として、最期の戦いに馳せ参じたと信じてくれた。


 謁見を終えるとすぐに城を出て、既に小競り合いを始めているという前線行きの馬車に乗った。

 乗っているのはただの兵士たちではなかった。


「おい、ベロス……。こいつら、正規軍ではないぞ……」

「うむ、恐らくは裏の人間どもだな」


 そいつらは犯罪結社カドゥケスの暗殺部隊だった。

 共に同じ蒼の塔を攻める仲間でもあった。


 世界の命運を決めるこの戦いに、社会の表も裏も善人も悪党も、全てが一つになって力を合わせていた。


「お噂はかねがね。俺は義勇兵を束ねているアシッドだ。……うちの連中は非常に愛想が悪い、あまり気にしないことだ」


 酸でただれた身体を持つ男がそいつらのリーダーだった。

 鋭い眼光と冷たい瞳。動じないその姿は、歴戦の傭兵と言っても差し支えのない威風だった。


「戦いにケリを付けられるならばなんだっていい。せいぜい俺たちについてくるといい」

「表側の人間よりは付き合いやすいか……。俺は裏切り者のベロス、だが今は、傭兵派遣会社のベイトンだ」


 ベロスとアシッドは近しいものを感じたのか、手を打ち合って親睦を深めた。

 俺は黙った。盗賊ドゥの伝説がここで終わるというならば、この余生の全てをこの戦いに捧げたかった。



 ・



 現地に着くと、小競り合いと聞いていた戦いが激化していた。

 人と魔がぶつかり合い、塔への突入作戦のために命を擦り潰していた。


 到着早々、理解した。

 ここには人と人の戦いにあるようなルールや綺麗事などどこにもない。


 魔王城を守る4つの塔を勇者たち精鋭が落としてくれると信じて、彼らは己の命を賭けて前線を押し上げていた。


 前線が進めば、それだけ塔へのルートが短くなる。

 ただその目的のために、既に両軍にはおびただしい被害が出ていた。


 到着の翌日、塔への突破口が拓けたと報告が入った。

 南部にあたる朱の塔、東西の白の塔、黒の塔を前線の内側に飲み込み、俺たちが担当する北部の蒼の塔への強行突破の条件も揃った。


「クスクス……死んじゃっても安心してね。ペニチュアが生き返らせてあげる……」


 犯罪結社の暗殺者、幹部、国の裏切り者、そして不死の死霊使い。

 人道精神は皆無だが、この編成は理がある。


 死んでもいい精鋭を敵にぶつけ、死んだら死霊として使い物にならなくなるまで酷使する。

 どんな冷血漢ならこんな編成を考え付くのかと感心した。


 俺たちは生きて帰ってくることを想定されていない、決死隊だった。


「今だ、総員突撃! ペニチュア様を守りながら塔へとひた進め!」


 ペニチュアという娘がこの部隊の中核だ。

 彼女が後退しない限り、この部隊の全ての者が不死身となって戦い続ける。


 アシッドはカドゥケスの幹部だというのに、この戦いに自ら付いてくる気骨ある男だった。聞けば、ドゥとも因縁があるという。


「ガブリエルッ、空からくるぞ!」

「その名を呼ぶな、ベロスッ!」


 翼を持つ魔物たちがペニチュアと、指揮官であるアシッドを強襲しようとした。

 だがその程度の雑魚、我ら勇者パーティの元メンバーの相手にすらならない。


 各国正規軍の勇士たちが切り開いた突破口のその先を、我ら捨て石部隊は走り抜けた。

 蒼の塔を守ろうと緊急展開した敵軍も、その周囲を囲む毒泉も、我々の阻むことはできなかった。


 塔に侵入すると、段取り通り先頭を俺とベロスが受け持つことになった。

 死傷した兵は既にペニチュアが使役済みで、敵の足止めとして入り口に残された。


 進むと鬼が出た。斬った。

 骨、獅子、蟲。現れては斬り捨てて、蒼の塔を駆け上がった。


 人生の最期に相応しい快進撃だ。暗殺者と不死者と元勇者パーティの一員による軍勢は、仲間が死霊使いの操り人形になろうともわき目を振らずに、ただただ上へ上へと進んだ。



 ・



 高さ16階にも達する大きな塔だった。

 最上階に達するまで、半数以上の暗殺者たちが命を失い、ペニチュアの死霊となった。


 最後の敵を排除し、フロア上空で灯台のように輝くあの輝石を破壊すれば、俺たちの使命が終わる。


「噂の盗賊ドゥ……あるいは、勇者カーネリアと対峙できると期待していたというのに……」


 いや、そう簡単には終わらなかった。

 暗殺者たちはドゥのように抜け目なく輝石に投げナイフを一斉にはなったが、敵側にいた1人の人間の男に阻まれてしまった。


 異様なことにその人間は、全身にナイフが突き刺さっても倒れなかった。

 魔将アーザゼルは元々は人間。そう聞かされていた。


 ドゥ、あるいはカーネリアが討つはずだった最終目標が、こちらの予測に反して蒼の塔を守備していた。


「こんな小者どもが相手だなんて……」

「小者かどうかは試してみてからしたらどうだ」


 ベロスが挑戦状を叩き付けると、敵軍が左右に散開し、魔将アーザゼルへの道が開かれた。


「いつもこうだ。いつもいつもいつもいつも、お前たちは希望を信じて命を投げ出す。そしておびただしい死傷者を出して勝利をもぎ取ると――途端に、人でなしに変わる……」


 ベロスだけでは荷が重い。

 アシッドと俺も前に出た。ペニチュアもまた、死傷した暗殺者の中から2名を前進させた。


「また同じことを繰り返すのか? 世界を救った勇者を追放して、偽りの秩序を受け入れるのか?」


 ウンザリとした声だった。

 この戦いが茶番劇であり、果てのないこの戦いそのものに飽いている者の言葉だった。


 ドゥとカーネリアに同情しているようにすら見えた。


「それは運命を受け入れたあの2人への侮辱だ」

「ク、ククク……ベロス、笑えよ」


「急になんだ……? 狂ったかガブリエル……?」

「考えてもみろ。ヤツに先んじて、コイツを俺たちが斬れば……」


「ああ……あの男を見返せるな」

「そうだ! 俺たちを見下したあの男が、俺たちを見直す!」


「代償はこの命かもしれないが、確かに……我々にとっては悪くない条件だ」


 ベロスと共に闘志を燃え上がらせた。

 ドゥのやつが倒す予定だった最後の魔将を俺たちが討つ。俺とベロスにとって、それは最高のシナリオだった!


「我らの意地のために! その首貰い受けるぞ、魔将アーザゼルッッ!!」


 俺たちの個人的な動機を、アーザゼルは喜んで受け入れた。

 過去にこういった流れはあまりなかったのだろうか。


 戦いに飽き飽きしていた態度に、同じ闘志が燃え上がるのを見た。


「グリゴリに乗せられ、国を裏切った裏切り者たちか。もし、お前たちが私を討ったら……それはいつもとはまるで異なる展開だ! 喜んで挑戦状を受けよう、反逆者ベロス、ガブリエル!!」


 俺は、俺はやはり、お前にだけは負けたくない。

 どうせ死ぬなら、最期はここで命を燃やし尽くし、お前を越えてからだ!


 あの日、貴様は捨てろと言った! この魔剣を!


「な……っ。ガ、ガブリエル……ッ、その魔剣……なんてことだ! 手放していなかったのかっ!?」


 昔のつてで封じてもらっていた。

 だがもう封印は必要ない。


 俺が魔剣を封じていた紐を千切ると、ただの長剣に見えていた剣は、俺を狂わせ、女官を斬ることになったあの魔剣に変わった!


「盗賊ドゥを越える!! 命を燃やし尽くしてでも貴様を斬りっ、このガブリエルこそが最後の魔将を討った英雄だと、歴史に刻みつけてくれる!!」


 魔剣に全てを捧げ、俺は魔将アーザゼルを討つ切り札そのものとなった。

 しかし、ここから先はもう俺は語り部になれない。


 魂全てを魔剣に差し出した男は、剣を持つだけの獣と変し、人間としての自我を失った。

 あるのはただ勝利への渇望。それと、ドゥを越えたいという強い思いだけだった。


 パラディン・ガブリエルの精神はその日、世界から消えた。

 俺は勝利を手に入れた。

 ドゥに先んじて最後の魔将を討った。


 そう確信し、人としての己の消滅を受け入れた。


 マグダラ、愚かな俺を許せ。

 慕ってくれたというのに、情けない姿ばかり見せてくれて悪かった。


 マグダラ。もう一度、俺のことをどうか、誇りに思ってくれ。


 ドゥ。一足先に、地獄でお前を待っている。

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