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4-2.勇者パーティの汚れ役 - 名も無き老戦士 -

・名も無き老戦士


 流れ流れて西の果て。なんの因果かこの小さな村に腰を落ち着かせることになった。

 そこで俺は山小屋を借り、今は木こりをして静かに暮らしている。


 例外をのぞき、村の者はここにはこない。

 魔物の危険が高まった森に、わざわざ入りたがる者はそういなかった。


「爺さん、暇かっ!? また剣を教えてくれよ!」

「爺さんではない。こう見えて、まだ若いと言ったはずだぞ」


「いいから教えてくれよ、爺さん!」

「礼儀のなっていないやつだ……」


 たまたまこの村を通りがかったあの日、俺は1匹の大狼を斬った。

 村人たちは俺に感謝し、用心棒として残ってほしいと言ってきた。


「礼儀で腹が膨れるかよ」

「だがな、礼儀がないばかりに損をすることも多いぞ、小僧」


 斧を置いて、足下に準備しておいた木刀を握った。

 この小僧は暇を見つけてはこうして稽古をせがんでくる。こうして常備しておけば、山小屋に戻る手間が省けた。


「いくぜ、爺さん!」

「俺はまだ20代だ……」


 小僧の鍛錬に付き合った。

 小僧の片手剣を受け流し、盾の訓練をさせるためにこちらも反撃を入れた。


 まだ10代に入ったばかりだというのに、嫉妬するほどに筋の良い剣さばきだった。


「まだまだだな」

「やっぱり強ぇぇ……。爺さんとは思えないくらい、異常に強ぇぇ……」


「そんな調子では年下にいずれ追い抜かれるぞ、もっと工夫して打ってこい」

「口も異常に悪ぃし……。なあ爺さん、たまにはちょっとしたもんだって言ってくれよっ!」


「慢心は毒だ。特にお前のような若い男は猿みたいなものだ。すぐに思い上がり、怠ける」


 慢心していた俺は、恵まれた環境あったはずなのに年下のドゥに敗北した。

 パラディンが盗賊に負けるはずがないと、根拠のない虚栄にしがみついていた。


 既に己の技が完成されていると思い込み、高みを目指すことを怠った。結果、負けた。


 あの魔剣に魂を奪われた影響で、今の俺の髪は白髪まみれだ。おまけに額の上まで禿げ上がって、手も顔もしわだらけになってしまった。


 俺を俺と見分けられる者はもういないだろう。


「偏屈者! 頑固ジジィ! このハゲ!」

「痛い目に遭いたいらしいな……」


 だが腕の冴えだけは、鋭さを増している。

 思い上がることを止めて、またこの小僧のように創意工夫をするようになった。


「ハ、ハゲはダメか……っ!?」

「ダメだ、許されん」


 偏屈者の俺は小僧を痛めつけて、人には絶対に言ってはならない禁句があることを教えた。


「お、覚えてろよーっ、クソジジィーッッ!!」

「フッ……いつでもこい、クソガキが」


 小僧が去ると、また斧を振るった。

 森に魔物が出るようになってから、木こりをやりたがる者もずいぶんと減ったと聞く。


 村外れの森の中、あの小僧以外は滅多に人のこない世界の片隅で俺は静かに暮らしている。

 そう遠くない未来に俺は死を迎えるだろう。


 だがこれまでの所行を考えれば、あまりに穏やかで幸福な余生だ。

 己の人生はなんだったのか。そんな思いがしばしばこの胸に浮かんだが、斧を振るっていればただ無心になれた。


 しかし過去からは逃げられない。

 そこに聞き慣れない足音が2つ響き、俺は腰の剣に手をかけた。


「ベロス……?」

「ガブリエル、なのか……? その姿は……」


 変わり果てた俺の姿にベロスは同情した。

 あの小僧が無礼で助かった。

 あの小僧のせいで、ハゲだのジジィだのと言われるのにはもう慣れていた。


「斬り結んで確かめてみるか?」

「軟禁中の俺に、反乱を持ちかけた男で間違いないようだ」


 『あの時とは立場が逆だな』とベロスは言いたいのだろう。

 俺は魔将グリゴリの口車に乗せられ、元勇者パーティの一員として最悪の行動を取った。


「その話は止めろ、思い出したくない」

「俺もだ。ガブリエルよ、あの時とは立場が逆となるが……お前に紹介したい人がいる」


 もう1人、小柄なやつが木陰に身を隠していることくらいわかっていた。


「死にかけの男に紹介だと? ふんっ、死神ならばもう間に合っている。見ての通り、俺の命はそう長くはないだろう」

「心中お察しする……」


 そう言ってベロスが頭を下げたのは、俺ではなく木陰の相手の方だった。

 その木陰からローブをまとった女が現れ、俺は激しい動揺に足下をぐらつかせた。


 その体格、その身長。

 そしてベロスの知り合いとなれば、体型だけで推測がついて当然だった。


「お兄さま……」

「マ、マグ……ダラ……」


「はいお兄さま、お兄さまのマグダラですの。ごぶさたしておりますわ……」


 マグダラが……俺にあきれ果てて裏切ったマグダラが、俺を訪ねてきた……。

 姿を直視できず、すぐに背中を向けることになった。


「勇者たちの噂は聞きましたか、お兄さま……?」

「聞いている……。ヤツは、北の魔将バエルを討ったそうだな……」


「ええ……。後は最後の魔将、アーザゼルだけです」


 マグダラは気遣うように背中に触れてくれた。

 シワも、白髪も、禿げ上がった髪も、敬愛してくれたこの従姉妹にだけは見せたくなかった……。


 自業自得……? その通りだ。

 俺は最低の男だった。報いを受けて当然だった。


「これが最期の戦いですの……」


 マグダラのその言葉は、押し潰れそうなほどに小さく悲しそうだった。

 俺を哀れんでいるのかと思いつい苛立ったが、何かが違った。


「魔王と魔将を同時撃破するつもりか?」

「違う。魔王は討たない。いや……討てない(・・・・)


「それはどういう意味だ?」

「勇者に栄光などなかった。聞け、ガブリエル……勇者最期の仕事は、魔将全てを討った後に、自ら表舞台から消えることだったのだ……」


 ベロスとマグダラは真実を俺に伝えた。

 御子様と盗賊ドゥが、名誉を自ら捨てる結末を選んだことを聞かされた。


 御子様の気高さに俺は心酔した。

 ドゥの高潔さに、俺は再び完全敗北を味わった。


 俺たちが欲していた名誉や地位、聞こえのいい賞賛を、あの2人は望んで放棄するという。


 盗賊ドゥは誠の英雄であると、もはや認める他になかった。

 彼の人生に少しでも救いと幸福が訪れてほしいと、素直な心でそう願えた。


 あの男は、あまりに自己を犠牲にし過ぎている。

 盗賊ドゥは破滅的なほどに純粋だ。


「何をすればいい? どうせ残り少ない命だ、最期だけでも華やかに散りたい」

「お兄さま……。悲しいことを言わないで下さい……」


「俺は罪もない女官を魔剣の試し斬りに使った。反逆者として多くの者を斬った。報いを受けるならば、せめて戦場で迎えたい」


 死の覚悟をすると、あの小僧のことが気になった。

 そこで俺はマグダラとベロスを連れて、小僧の家を訪ね、2人を紹介した。


 今のヤツはベロスではなく、傭兵会社のベイトンだそうだ。


「嘘だろ、爺さん……。爺さんって勇者様の仲間だったのかよっ!?」

「俺が帰ってこなかったら、このベイトンを訪ねろ。俺の代わりに剣を教えてくれる」


「死にに行くような言い方すんなよ! 絶対戻ってこいよな、爺さん!」

「……爺さんじゃない。俺は……俺は、パラディン・ガブリエルだ。小僧、お前には才能がある。俺がお前を一流の剣士してやるから、覚悟していろ」


「爺さん……? あのへそ曲がりの爺さんが、俺のこと、初めて、褒めて……」

「思い上がるな。思い上がりは才能を腐らせる猛毒だ、お前より強いやつがこの世界にはいくらでもいることを忘れるな」


 俺たち、勇者パーティを崩壊させた裏切り者たちは、戦の舞台へと再び舞い戻った。


 御子様とドゥが世界のために人生の全てを捧げると言うならば、俺は燃えカスとなったこの命を捧げよう。世界のためではなく、己の人生を全うするために。

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