4-1.勇者パーティの汚れ役 - 傭兵ベイトン -
・流浪の傭兵
あの男の華やかな活躍を耳にするたびに、腹立たしさを覚えながらも誇らしい気分になった。
ただの薄汚い平民。カドゥケスの奴隷。薄汚い盗賊。そうとばかり俺が勘違いしていた男は、己を犠牲にして孤独に戦い続ける真なる義賊だった。
ヤツは義賊と呼ばれることを嫌うが、ヤツ以上の義賊がこの世のどこにいる。歴史を振り返っても、ヤツほど無欲で、迷いなく弱き者に手を差し伸べる盗賊はいないだろう。
俺は――今はベイトンと名乗っている。
騎士ベロス。その名と地位を失って、俺はやっとわかった。俺は傲慢で、卑怯で、無能だった。
今や祖国クロイツェルシュタインでは、騎士ベロスといえは逆賊だ。
ベロスといえば圧倒的な大軍を率いながらも、まんまと勇者ドゥとアイオス王子にしてやられた世紀の無能将軍、おまけにうんこたれと、祖国が滅びるまで語り継がれるだろう。
実際、俺はそれに相応しい無能だった。
武勇しか能がないというのに、己を知恵者だと思い込んでいた。俺は思い上がりと虚飾だけの男だった。
「ベイトン……? ゴブリンどもの討伐に、何か問題でも……?」
小さな傭兵会社を作った。
かつての副官を営業担当にして、西方のシャシュルーニャ地方を根城に、冒険者まがいの仕事を請け負っていた。
「終わった」
「な、何……? 嘘を吐くなっ、相手は50をゆうに超える群れ――ヒッッ?!」
町長邸の軒先に血塗れの布袋を投げた。中はゴブリンどもの耳の先だ。
「失礼した」
「ほ……本当に、やっつけてくれたのか!?」
「攫われた者たちは全滅だった」
「それは、残念だ……。おお、本当にやつらの耳だ……」
今日の営業先は小さな町だ。
俺は会社を興してからというもの、顧客獲得のために町や村を巡り、格安で依頼を請けていた。
細かな会社運営は、副官だったあの男に任せている。
アイツもまた、祖国にはもう戻れなかった。
「また何か困ったことがあれば、シャシュルーニャ市の傭兵会社『パワー』を訪ねてくれ。優秀な戦士を斡旋しよう」
「おお、ベイトン様! 貴方こそ勇者だ、ありがとう!」
えらく現金な町長だ……。
「俺は勇者ではない。真の勇者は……ドゥと呼ばれる、孤高の男だ」
町長は俺を家に招き、契約の3倍の代金を支払ってくれた。
あの男ならば受け取らないだろう。だが俺には金が必要だった。
「ベイトン様、村の者が貴方に感謝したいと集まってる! ありがとう、ベイトン様!」
「すぐに会おう」
営業のために強い戦士を演じ、次の依頼が入るように俺は町人に愛想を振りまいた。
カーネリアとドゥと共に旅をしていた頃は、感謝されて当然だと思っていた。当時の俺は人々の感謝の言葉に慣れ切っていて、何も言われても胸に全く響かなかった。
しかし今は違う。彼らの喜びを己の喜びと感じられるようになった。我が身を犠牲にして孤高に己の道を貫く、あの男が少しだけ理解できるようになった。
「ベイトンだ。俺が傭兵会社パワーのベイトンだ。魔物、山賊、ヤクザ者をどうにかしたかったら、我々に連絡をくれ。戦士を派遣する」
その後は宴に加わり、しつこいくらいに営業を行った。
商売熱心な俺の姿を、町人たちは好意的に受け止めてくれた。
俺は今の会社をもっと大きくしたかった。
その熱意を彼らは前向きに買ってくれた。騎士の地位にしがみついていた頃よりずっと、今の俺には生きている実感があった。
「もし……」
やがて日が沈み、辺りがとっぷりと暗闇に包まれた。
そんな折、白いローブをまとった女が俺に寄ってきた。
整った口元と鼻先をした白い肌の女だった。
「なんだ、何か困ったことでもあるか? 俺はベイトン、傭兵会社――」
「お久しぶりですの、ベイトス様……」
女が顔を上げた。するとそこには、俺の過去があった。
その女は俺を知っている。その女は――
かつての仲間、プリースト・マグダラだった。
マグダラが俺を訪ねてきたということは、祖国で何かがあったということだ。
「何かお困りのようだな、あちらで詳しい話を聞こう」
宴が行われていた広場を離れ、林の中に身を隠した。
マグダラはフードを下ろし、こんな俺を親しみのこもった微笑で迎えてくれた。
「用件は?」
「ベロス卿……。もう一度、わたくしたちの戦いに戻りませんか?」
「御子様とあの男に何かあったのか?」
「はい……」
マグダラは俺に語った。勇者に科せられた宿命を語った。
カーネリア様とドゥは、これから最期の戦いにおもむこうとしている。
その先にあるものが、人々からの蔑みだと知りながらも、彼らは運命を受け入れようとしている。
「最期の戦いに、俺が加わってもいいのか……?」
「これが最後のチャンスですの。貴方とお兄さまの名誉を回復させる最後の……。これを逃せば、あの2人はわたくしたちの届かない世界に行ってしまいます……」
「ガブリエルは……?」
「居場所はもう既に。ベロス卿には、お兄さまの説得のご助力をいただけると……」
不謹慎だが嬉しかった。
最期の戦いに己の席が残っていたことが意外だった。胸の中で闘志が熱く燃え上がった。
「おやさしい御子様はともかくとして、ドゥは承知なのか?」
「ふふ……。わたくしの独断ですの」
「恐れ入った」
ガブリエルの金魚の糞だった彼女は、今や立派に独り立ちしていた。
俺は腰の剣を握り締め、静かな闘志を燃やした。
「ベロス卿。最期の戦いへの招待状、受け取って下さいますか?」
「喜んで。喜んでこの命、御子様とあの男に捧げよう。盗賊ドゥ、ヤツこそが真の勇者だ」
俺はマグダラの手を引いて宴に戻り、彼女に今の自分の姿を見せた。
俺はもうウンコたれのベロスではない。無能将軍でもない。俺は傭兵会社のリーダー、ただの傭兵ベイトンだ。
マグダラは人が変わった俺に笑いかけ、俺も当時からすればあり得ない自然な微笑みを返した。
楽しい一晩になった。
俺は、あの男の力になりたい。




