3-2.決戦前夜 - 最後の休暇 -
ギルモアは俺を見つめ、見定めようとした。
『貴方はエリゴルよりも厄介ですね……』
『光栄だ、ギルモア』
『軍の集結まであと半月がかかります。半月が経ったら――こちらから使いを送りましょう』
『つまり、もうランゴバルド領に帰っていいってことか?』
『はい……。盗賊ドゥ、私たちは貴方とカーネリアを忘れません。悪く言う者があれば、必ずたしなめると約束しましょう』
『今さらだろ、ギルモア。俺は勇者パーティの汚れ役だ、俺を悪役にしてくれ。俺がカーネリアをたぶらかしたってシナリオにしてくれたっていい』
ギルモアと別れ、大聖堂に滞在していたカーネリアと合流すると、俺は母と弟の姿を一目見てから故郷セントアークを離れた。
残り少ない時間を、ランゴバルド領のオデットたちと過ごすためにだ。
もししくじれば彼らの決めたシナリオを受け入れるしかない。
俺とカーネリアは残り少ない時間を大切に過ごしていった。
・
みんなで釣りに行った。沢遊びをした。ピクニックにも行った。
小さな保養地にも行って思い出を作った。
興奮と寂しさが入り交じる奇妙な日々が続いた。
終わりがくることを俺たちは知っていて、それに怯えて過ごした。
俺が盗賊ドゥでいられる時間は、もうじき終わろうとしている。
カーネリアだってそうだ。全ての繋がりを断つ日が近付いていった。
半月が過ぎ去っても使いはこなかった。
使いは半月と6日が経つと、ようやく俺たちの前に現れた。
「勇者ドゥ様、カーネリア様。ペレイラ王の命によりお迎えに参りました」
ちょうど庭先で肉や野菜を焼いて過ごしていた。
ちょうどオデットがスープを配膳していた時だった。
器が割れ、牛肉入りのスープが土くれの地面に吸われて台無しになった。
「お勤めご苦労。出立はいつだい……?」
「陛下の命により、ギリギリまで報告を遅らせていました。できれば、明日の朝には出立を」
オデットは動揺していた。カーネリアは落ち着いていた。
盗賊王のジジィはため息を吐いて、ワインボトルをラッパ飲みにした。
プルメリアも悲しそうだった。
申し訳なさそうに、胸が張り裂けそうな様子で俺たちを見ていた。
「明日の午前だな、ご苦労。下がってくれ」
「勇者様、お楽しみ中に申し訳ありません……」
「いいんだ、みんなこの日がくることを知っていた。君が気にすることではないよ」
使いは予想外だったろう。
こんなに大げさに受け止められるとは思っておらず、勇者に心労をかけてしまったことにショックを受けていた。
そんな彼をカーネリアは慰めて、町の宿へと案内していった。
俺は立ち上がり、割れた器の片付けを手伝った。
「仕事に戻りますわ。貴方の代わりに、貴方が下さったこの土地を栄えさせるとお約束いたします。さようなら、つむじ風のドゥ……」
プルメリアは一瞬だけ、盗品屋時代の昔の顔をして開拓地を去っていった。
ジジィもボトルを飲み干すと立ち上がり、励ますように人の肩を叩いた。
「町で飲み直してくる。お嬢ちゃんは任せたぜ」
「言われなくともそうする」
「ボクチンも、森のお友達のところに行くね……。ボクチンも、お別れ、しなきゃいけないから……」
ジジィとモモゾウも去った。
残ったのは俺と黙りこくっているオデットだけだ。
オデットがそうするので、俺も余ってしまった料理を家に運んで、言葉を交わさずにただ共に過ごした。
もししくじれば、もうこの姿ではオデットの前に戻れない。
「オデット、ふさぎ込んでいても苦しいだけだ。これから俺と一緒にどこかに行かないか?」
「うん、それもそうだね……。でも、どこに……?」
「どこでもいい。お前が笑顔になれるところに行こう」
彼女の手を引いて家を出た。
小麦畑がそよぐ田舎道を歩けば、気のいい開拓民が俺たちに声をかけてくれた。
彼らが慕ってくれるのも明日で終わりだ。
もうじき俺とカーネリアの名声は地に落ちる。
救国の英雄は、期待を裏切り逃げた臆病者となり、人々は俺たちを呆れ蔑むだろう。
オデットは――手を繋いだまま、青水晶の牙ばかり見下ろしていた。




