3-1.決戦前夜 - 100年後がどうなろうと、俺の知ったこっちゃない -
クロツェルシュタインの人間は盗賊ドゥのことをよく知っている。
盗賊ドゥは目的のためなら味方すらも騙し、隙あらば出し抜く。
内戦ではアイオス王子に化けて、彼を勇気ある英雄に仕立て上げた。
大河を挟んだ膠着状態の戦況の中、独断で王城に忍び込んで内戦を集終結させた。
盗賊ドゥはそんな油断ならない男だ。
今回もまた自分たちを出し抜こうとしているのではないかと、ペレイラ王たちが疑うのも当然のことだった。
『ドゥ殿。よもやドゥ殿は、密かに魔王を討つつもりではあるまいな……?』
それだけはまずいと彼らは言う。
王やギルモア、懐かしいところでは大神殿の祭司長まで俺が滞在する客室を訪ね、魔王だけは討つなと警告してきた。
うっとうしいがこちらの狙い通りだった。
彼らは俺が抜け駆けをして魔王を討つつもりだと、そう勘違いしてくれた。
城に5日ほど滞在すると、作戦の概要をギルモアから伝えられた。
『これは我らの忠誠の証……』
あの日、死の指輪から逃れるために彼は自らの指を断ち切った。
その指があった場所には、今では勲章のように煌びやかな銀の義指がはめられている。
『指は失いましたが、我々は誇りと名誉をいただきました。まさかあの後、貴方に出し抜かれるとは思いもしませんでしたが……』
『俺はただ自分の故郷を守りたかっただけだ』
『そうでしょうとも。では、作戦の詳細となりますが……』
5日もこんな城をねぐらにすることになったのは、各国首脳部の擦り合わせを待つことになったからだ。ようやくまとまった最終決戦の詳細を、ギルモアが饒舌な口で教えてくれた。
狙いは魔王城。魔王城はここ中原の北西部にある。
そこは古来より人が住むには向かない荒れ果てた土地で、魔王が所領としているため誰も近付かない場所だった。
人類への攻撃を行っているのは魔将たちだけで、魔王とその軍勢は常に防衛に徹している。
彼らはこちらから攻撃をしかけなければ牙を剥くことはないため、今日まで監視だけに留められていた。
『魔王城の周囲には4つの塔と結界があります。この結界を破壊しなければ、内部に入った者は全身が腐って死ぬことになります』
『抜け駆けをするならその後ってことだな』
『ドゥ殿……。我々は貴方のことを信じておりますよ……』
『本当に信じているやつは、そんなこと言わないんじゃないか?』
『前科がありますので』
『俺の刑期を数えたら、100回生まれ変わってもつぐない切れないだろうな』
各国の精鋭をかき集め、その塔までのルートを確保する。
そして選りすぐりの精鋭の中の精鋭を、その塔に侵入させる。
『調べによると、最後の魔将アーザゼルは4つ塔のうち1つにいるようです』
『ちょっと待ってくれ、敵中枢の内情をよくそこまでつかめたな?』
『これも貴方の功績と言ってもいいでしょう。情報源は、貴方が捕らえた人狼パブロですよ』
『ああ……。アイツか……』
『最終決戦の日までにこちらでアーザゼルの居場所を特定しておきましょう。貴方はアーザゼルの首を取って下さい』
「わかった』
妙だと思った。パブロの話がデタラメだという線もあるが、それ以上に魔将が前に出てくることに違和感を覚えた。
だがあの少年――バエルのことを思い出すと、魔将アーザゼルの行動に多少の理解もできた。
『どうされましたかな、何か気になることでも?』
『その魔将アーザゼルも、決戦を望んでいるのかもしれないな。わざわざ前に出てくるってことは、そういうことだろう』
ギルモアには敵の心情をくむような発想はなかったようだ。
俺の言葉に手を打って納得していた。
敵もこれが最後の戦いだと理解している。
全ての魔将が討たれ、勇者が逃亡を選ぶことで、この世界の秩序が保たれる。
彼ら魔将は、勇者に討たれるために存在していると、そう言えなくもなかった。
『決着を付けて下さい、ドゥ殿。そして魔将アーザゼルを討ったら……その……』
『俺とカーネリアは味方を捨てて逃げる。姿をくらまし、もう二度と表舞台には戻らない』
『はい……。勇者が逃げたと、全軍に伝令を流し、撤退の口実にします……』
魔王は討ってはならない。
勇者が逃げれば、勇者と魔王の戦いは終わる。
不毛な地で消極的な防戦に徹する魔王への興味は薄れ、魔将が復活するまでの仮初めの平和が訪れる。
『私は貴方の父エリゴルに、同じ犠牲を強いました。勇者ルージュとアッシュには華やかな栄光があったというのに、我々は二人から全てを奪い取ったのです』
『気にするな。俺もカーネリアも栄光なんて興味ない』
『貴方が望むなら……魔王を討つといいでしょう……。貴方にはその権利がある……』
『ああ、100年後がどうなろうと、俺の知ったこっちゃない』
投稿が遅くなり、申し訳ありません。
完結までもう一息、がんばりらせていただきます。最後までどうかお付き合いください。




