1.帰郷と別れ
「お兄ちゃん、次はいつ遊べる……?」
休暇が終わり、馬を乗り継いで王都セントアークに入ると、俺は一端カーネリアと別れた。
弟は背が伸びていた。この調子ならいつかは俺より大きくなる。
少し大きくなった弟と、俺はこの前のようにボール遊びをして過ごした。
「さあ、どうかな。それはこれからの悪足掻き次第だ」
「ドゥお兄ちゃんは……勇者様なんだよね……? これから悪いやつをやっつけにいくんだよね……っ?」
弟は俺を憧れの目で見てくれた。
俺がこれから悪いやつらをやっつけて、またあの凱旋パレードに加わると思っていた。
あのシナリオを受け入れれば、その結末は訪れない。
俺のカーネリアの名前は地に落ち、弟は俺に失望するだろう……。
名誉が惜しいと思った……。
「戦いが終わったらまた遊ぼう。必ず帰ってくる」
「うんっ、いってらっしゃい、お兄ちゃん!!」
弟を家まで送って、母には会わずにその場を離れた。それがお互いのためだった。
「あっ、ドゥ様! 覚えていますか、私です!」
「アンタは……」
「これは弟のライルです! 最近はいつも一緒なんです!」
「どうも勇者様、兄が騒がしくてすみません」
あのブラコンの兵士だった。
昔、最近弟が冷たいとグチっていたが、今はとても仲が良さそうだった。
「内戦の際にはお兄さんに世話になった。立派な人だ、誇っていい」
「少しうっとうしいですけど、僕もそう思います」
いや弟側からすると、かなりうっとうしそうではあった。
彼らは俺たちが決戦におもむくことを既に知っていて、最後は敬礼で見送ってくれた。
・
王宮を訪ねると、また懐かしい顔が目の前に飛んできた。
何度も毎朝鏡で見た顔のアイオス王子だ。
「その、なんと言ったらいいか……」
「もしかして、アンタもあの話を聞いたのか?」
「先日、父から聞かされました……。こんなの、納得がいきません……」
「仕方のないことだ」
「貴方はクロイツェルシュタインの英雄です!! その英雄がどうしてっ、こんな、残酷な仕打ちを……」
アイオス王子は俺に憧れてくれていた。
なよなよした男に肩を掴まれ、悲しみにくれた顔をされると、どう慰めたものやら……。
「どうするのですか? 魔王を討つのですか……?」
「それはあまり賢いとは言えないな」
彼にとっては世界の命運よりも、友人である俺が名誉を奪われ、姿を消さなければならないことの方がずっと大事だったらしい。
「おい、大丈夫か?」
その足下が揺れて、変装生活で飽きるほど見飽きた相手を抱き留めることになった。
「この先、一生貴方に会えなくなるなんて……胸が張り裂けそうです……」
「消えてなくなるわけじゃないさ。姿を変えて、またアンタのそばに現れるかもしれないぞ」
「ですが……クロイツェルシュタインから貴方が失われたら……」
「アイオス、アンタは少し臆病だ」
「はい……」
「だがだからこそ、力のない者の苦労を理解できる。アンタなら立派な王になれるよ」
「ああ、ドゥ様……」
「王子がただの盗賊に『様』は止めろ……」
弱気のアイオス王子は、彼の部屋の扉がノックされるなり外向けの胸を張った姿に変わった。
俺から距離を取って、落ち着き払った声で来客を中へと通した。
それはかつての勇者パーティの一員、元プリースト・マグダラだった。
彼女はアイオス王子との親睦の邪魔を謝罪して、足早に俺の耳元へと寄ってきた。
「奥の手は有効ですの」
「そうか、それは朗報だな……」
続いてマグダラは俺に『奥の手』を返却してくれた。
極めて危険な物だ。ただ持っているだけで恐ろしかった。
「ご安心下さい、この事実を知る者はラケルとわたくし、それに愛しのお姉様だけですわ」
「マグダラ、悪いがこのことは――」
「墓まで持って行きますわ。それと――いえ、やっぱりなんでもありません」
「何かあるのか?」
そう問い返すと、マグダラは耳打ちを止めてアイオス王子の前に進んだ。




