14.勇者と盗賊の逃避行
ざっと考えて選択肢は2つあった。
プラン1.早馬を乗り継いでやつらよりも先に王都への帰還を果たす。
プラン2.素性に気付かれないように忍びながら慎重に帰る。
前者はやつらが虚偽の報告を本国に入られる前に戻れる、という大きなメリットがある。
一方で後者は手段として確実だ。潜伏を続ける限り、事態に合わせて臨機応変に動きを変えてゆくことが可能だ。
俺たちは2人と1匹話し合った上で、強気のプラン1を選ぶことになった。
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「おい見ろよっ、あの真紅の髪! もしかしてあれって、勇者様なんじゃないか!?」
「なんだって!?」
「おおっ、本当だ、あれは勇者様だ!」
「カーネリア様、魔将を倒してくれてありがとう!」
ところが逃亡2日目の昼前になると、プラン1は早々にして崩壊した。
カーネリアという女は目立つ。そして人の噂は千里を駆ける。
「ああっ……モンスターがいなくなるだなんて夢みたいだよっ、ありがとうよっ!」
「これで故郷のママに会いに行けるわ! ありがとう、カーネリア様!」
「ありがとございます、勇者様!」
魔将の消滅は、東の世界での下級モンスターの消滅を招いた。ついに噂の勇者カーネリアが魔将ヴェラニアを討ったのだと、誰もがありがた迷惑にもそう理解した。
「こちらこそありがとう、僕も皆さんの力になれてとても嬉しいよ。ははは、がんばったかいがあった……」
「ああ、御子様……。私たち信徒は貴女を信じておりました……」
「僕を信じてくれてありがとう。君たちに神の祝福を」
「神の祝福を!」
こうなってはプラン1はもう使えない。
なぜならば俺たちの帰還よりも先に、本国に勇者の勝利の報告が届いてしまうからだ。
カーネリアはことの問題をまるで理解していない。
そんな中、フードロープを深々とかぶった旅の巡礼者たちがふと目に付いた。
「なあ、そこの巡礼者さん、悪いがそのローブ、俺たちに売っちゃくれないか?」
「え、ドゥ……?」
「わ、私たちのこれをですかっ!? こんな汚い物を御子様に着せられませんっ!」
「そう言わず頼む。ほら、見ての通り、勇者様は美しくよく目立つだろ?」
「えっ、ええっ……?!」
「アンタたちの感謝の気持ちは嬉しいが、行く先々でこうして祝福されては帰り道もままならん。だから使い古されたそのローブが欲しいんだ」
そう伝えると巡礼者たちは納得した。カーネリアは神殿で大切に育てられた御子様なので、他人の垢がこびり付いたローブを着るのは気乗りしないようだ。
「そういうことでしたか……」
「でしたらお金なんて取れません、さあどうぞ、どうぞお役立て下さい」
「ふふふっ、御子様にローブを譲ったと、次の巡礼先で自慢ができますね、あなた」
「ああっ、一生の語り草になる! 嬉しいなあ!」
巡礼者の夫婦はローブを脱いで、本当に無償で俺たちに衣服を差し出してくれた。
代価として俺が小金貨を渡そうとしても、彼らは首を横に振るだけだった。理解しがたい……。
「ドゥ、僕って、美人なのか……?」
「愚問だな。それよりさっさとローブを着ろ。こうなってはプランを変えるしかない」
「プラン……? 旅行か?」
「何をのんきな……」
不思議そうに赤毛の美人が首を傾げた。
続いて彼女は俺にならって巡礼者のローブに袖を通して、顔がすっぽり隠れる大きなフードで頭をおおった。……それでも赤く艶やかな髪がやたらと目立った。
「違うのか? 僕はドゥと一緒なら、寄り道だって嫌じゃない……。い、いや、忘れてくれ……っ」
「そりゃよかったな、これから嫌ってくらい寄り道ができそうだぜ」
「え、どういうこと?」
「盗賊の流儀その4。いつでも逃げられるようにしておけ、俺たちには敵が多い」
「敵? 魔王軍の報復があるってことか? あ、ちょっと、押すなっ、そっちは町の外だぞ!?」
「すまんが通してくれ、旅を急いでいる。……ローブ、ありがとな」
カーネリアの背中を押して、俺は彼女を町の外へと連れ出した。
理由はわからないが少しすると彼女は妙におとなしくなってくれて、うつむきながらなされるがままに誘導を受け入れた。
「本国の話はしたな?」
「う、うん……してくれたけど、なんで……?」
「アンタと俺は今、政争の道具そのものだ。凱旋を手放しで喜ぶ連中ばかりではない」
後ろをうかがいながらそう彼女に伝えた。
町の連中が俺たちを見送っているだけで、妙な動きをするやつは見あたらなかった。
「それは……それは確かに、少しだけあり得る……」
「いや、確実に暗殺者を差し向けてくると見るべきだ。王を陥れたクズ貴族どもが、国家反逆罪で自分の首が飛ぶのを、指をくわえて待っているわけがないだろ」
「そんな……。そんなの変だよ、間違ってる……」
カーネリアの言葉は弱々しかった。
人々のために命を賭けて魔将を討ったのに、暗殺されるかもしれないなんてあんまりだ。
正義と秩序を重んじる彼女からしても理解し難かっただろう。苦難の旅の全てを否定されたも同然だ。カーネリアはすっかり肩を落として黙り込んでしまった。
「しっかりしろ」
「ぁぁ……ドゥ……」
「さっきの広場での歓迎を思い出せ。アンタは英雄だ、多くの人間がアンタに感謝している」
「ありがとう……。やっぱり君はやさしいな……」
そんなわけあるか。とここで返すのは無粋だろう。
「……必ずアンタを凱旋させてみせるよ。それがギルモアとの約束だ」
「ドゥ……わかった、君を信じるよ……。ギルモア様のためにも、必ず生きて帰ろう」
「その意気だ。世の中は悪党ばかりだが、アンタみたいに誠実な連中だって多い。俺とギルモアをハメた連中に一杯食わせられるのは、アンタの凱旋だけだ」
「ぁ……」
力強く肩を抱いてカーネリアを慰めた。
フードのせいで表情はわからなったが、それで戦う気力を取り戻してくれたみたいだ。
それにしても気に入らん。
東方を救った英雄が、なぜ暗殺者に怯えながら裏街道を進まなければならない。こんなものは間違っている。
しかしただ1つ、確実にして完璧な報復方法がある。
勇者カーネリアの帰還。それこそが俺たちを陥れた連中への、最も完璧でスマートな報復だった。
「で、でも……そろそろ、は、離して……。心臓、が……ぅぅ……っ」
「アンタ、神殿育ちにしたって純情すぎないか?」
「だ、だって……っ」
「もう少し男に慣れろ。でないと悪い男に引っかかるぞ」
「うん……ど、努力するよ……」
彼女の肩から手を離すと、名残惜しそうな目をされた。
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