プロローグ5/5.芽吹いたばかりの小さな平穏 - 全てを出し抜く方法 -
「じゃ、ちょっと森に行ってくるね!」
「フクロウに捕まるなよ」
「フクロウなんて怖くないよーっ、ボクチンの方が速いんだからっ!」
窓を開けて、暗闇に消えてゆくモモンガを見送った。
それが済むとベッドへと横になって、新築の木の香りを嗅いだ。
楽しい晩餐は終わり、もう寝る時間だ。
寝てしまってもいいのだが、カーネリアのことが少し気になった。
あちらから訪ねてこないならば、いっそこちらから――
「ドゥ、まだ起きているか……?」
「待っていた、入ってくれ」
「ぇ……? わ、わかった……入るね、ドゥ……」
神殿育ちのカーネリアにとって、夜に男の部屋に入るだけでも大事だ。
あれだけ勇敢なカーネリアがモジモジと内股になって部屋に入ってきた。
「ね、寝てたのか……?」
「寝ないで待っていた。それより、皆には言えない用件があるんだろ?」
「なんで、わかるの……?」
「詐欺師の勘だ」
「またそういう言い方をする……」
ベッドに横たわったままだと、カーネリアの挙動が怪しいまま話が進まないので、テーブルの向かいのイスを引いた。
「それで?」
「うん……。実はね……」
俺が座るとカーネリアも腰を落ち着かせた。
晩餐ではあれだけ明るかったのに元気がなかった。
「最後の魔将の居場所が、見つかったって……」
「それで元気がなかったのか」
「君に申し訳なくて……」
「少しは自分のことを優先して考えろ」
そう言っておきながら、俺は深いため息を吐き出していた。
カーネリアも同じだった。
もう少しここでの生活を楽しめると思ったのに、決戦の日が突然迫ってきた。
「それで6日後に、王都セントアークで会議が行われることになった……。君にも参加してほしい……」
「いいぞ。向こうにも挨拶を済ませたい連中が山ほどいる」
英雄扱いには困り果てていたが、一方で母と弟に誇れることだった。
名誉を失うということは、親しい家族や友人を裏切ることにも近い。
「ごめん……本当にごめん……。僕を君の人生を……メチャクチャにしてしまった……」
「はっ、俺の人生は元からメチャクチャだ。それより最後の魔将はどこにいたんだ?」
バエルの敗北がきっかけとなり、4人目の魔将とその軍勢は西方より姿をくらましていた。
「この中原、古の魔王城だ……。魔王直属の軍勢と合流したと諜報部が……」
残された将が王を守る。判断としては妥当だ。
「ねぇ、ドゥ……。僕たちはどうすればいいんだろう……先々代の勇者のように、宿命を受け入れて、全てを捨てるべきなのかな……」
カーネリアは迷っていた。
不安そうに唇と言葉を震わせて、すがるように俺へと答えを求めてきた。
魔王討伐を諦めての逃亡。それは救いを求める全ての民への裏切りだ。
「実は、考えていたことが1つある。ジジィと同じ結末を描くのは、どうも気に入らなくてな……」
「それは何……? どうすればいいの……?」
「全てを出し抜く」
「ぇ……?」
「俺はおとなしく結末を受け入れられるほど、人間ができちゃいない。だから――」
カーネリアの両肩に手を置いた。
驚き小さな悲鳴を上げる彼女を、その背筋をしっかりしろと押し伸ばした。
「ドゥ……」
「カーネリア……全てを諦める前に、俺と一緒に一芝居打ってくれ。俺たちはこれから、世界を騙す」
カーネリアに今日まで温めていた奇策の詳細を打ち明けた。
彼女は誠実な人だ。一言一言を真っ直ぐに受け止めて、彼女なりに考えてくれた。
「その方法ならもしかしたら、本当に世界を騙せるかもしれない……。でも確証が足りない。ちゃんと検証をしておくべきだと思う」
「そうだな、そうなんだが……物が物だからな……」
「こちらでやっておく。僕たちに任せてくれ」
カーネリアは計画に賛同してくれた。
俺と一緒に全てを騙す道を選んでくれた。
どっちにしろ、しくじれば姿を消す他にない。
その前にちょっと危険な悪足掻きくらいしても許されるだろう。
「ドゥッ、カーネリアッ! あ、あたしも入るからねっ!」
「えっ、オデットッ?!」
ところが決意を固めたそこに、白い枕を抱えたオデットが飛び込んできた。
カーネリアが抜け駆けをしたとでも思ったのだろう。
テーブルに向かい合って座る俺たちに、どういう想像をしていたのやらホッとしていた。
「ま、枕っ?!」
「あれ、カーネリアは持ってきてないの……?」
「も、持ってくるわけないじゃないかっ!!」
「あれ……あれ、もしかして……真面目な理由で部屋を訪ねたの……?」
「それ以外に僕が夜中に男の部屋を訪れるわけないだろっっ!!」
「なーんだ……へへへ、よかったぁ……」
そう言いながらオデットは俺のベッドに腰掛けて、そこに己の枕を置いた。
「今日は同じ部屋で寝るか」
「な、なんだって……っっ?!」
部屋の一角にはソファがある。そこに寝転がると、オデットとカーネリアは己の勘違いに気付いた。
「ビ、ビックリした……」
休暇の終わりを告げるのは明日からでもいいだろう。
俺は目を閉じて、揃うとなかなか騒がしい2人と言葉を交わして夜を過ごした。
モモゾウが夜遊びから帰ってくるまで、ずっとだ。
おかげで翌日の目覚めは非常に遅くなり、女2人を部屋に連れ込んで出てこなかった息子は、義理の父親に散々にからかわれることになった。
それに対して一本も手を出してないと正直返したら、ジジィは笑い、それから言った。
『よくわかる。俺もルージュには、同居して1年は手を出せなかった……』
『アンタがか? 嘘だろ』
『じきにわかる……。しかし、短い休暇だったな……』
俺たちはジジィと同じ結末は選ばない。
世界全てを騙してでも、別の結末を迎えてみせる。
勇者カーネリアが栄光を失うバッドエンドなど、俺は認めない。




