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プロローグ3/4.芽吹いたばかりの小さな平穏 - 踊るミミズ -

 市庁舎を訪れると、思わぬ顔がそこあって俺たちは足を止めていた。

 向こうもこちらに気付いたようで、その男は女に手を引かれてこちらにやってきた。


「おおっっ、救国の英雄殿!! いやっ、今や世界を救う真の勇者ドゥ様でございませんかっ!!」

「……あ?」


 俺は混乱した。このセリフと人物像がまるで一致していなかったからだ。


「お元気ですかな、貴方に財産を盗んでいただいたピッチェでございますっっ!!」

「な……何を言っているのか、よくわからないのだが……。まあ、確かに盗んだな、アンタの金を」


 それはピッチェとメイド長のアンナだった。

 アンナは困り果てる俺と、事情を知っているのか笑っているオデットにそれぞれ丁寧なお辞儀をくれた。


 ピッチェの方はというと、両手擦ったり揉み手をしている。

 コイツに好かれる要素なんて、今まであったか……?


「その節は、主人共々お世話になりました、ドゥ様」

「ぁぁ……。だが、なんなんだ、これは……?」


 指さすのもどうかと思い、ピッチェに渋い目を送った。


「貴方が勇者様だからです、ドゥ様ッッ!! ああっ、貴方に刺されたこの腹は、今やこのピッチェの勲章でございますっっ!!」

「そういえば、衝動的に刺した気もするな……。あまりのキモさに……」


「貴方に刺されてピッチェは心を入れ替えたのでございます!!」

「いやそれは嘘だろ……」


 メイド長アンナは穏やかなものだった。

 『アンタはこれでいいのか?』って目を向けても、静かに微笑むだけだ。


「おっと、これから打ち合わせがあったのでした! それでは勇者様……次の遠征での御武運、このピッチェがお祈りしておりますぞ!!」

「あ、ああ……。真面目に働いてくれるなら、なんだっていいか……」


 アンナとメイド長は市庁舎を去っていった。


「なんなんだ、アレは……」

「フフ、ピッチェ丸くなったのは事実ですけど、変わったのは貴方の方ですわ」


 ピッチェと打ち合わせでもしていたのだろうか。

 応接間から女領主プルメリア・ランゴバルドが現れてそんな根拠のないことを言うと、オデットの首飾りに気付いて微笑んだ。


「俺は何も変わっていない」

「あらオデット、ずいぶんといい物を貰いましたわね」

「へへへ、綺麗でしょ、これ……」


 またこれだ……。プルメリアはいつだって人を見透かしたような目で見る。

 昔は女にプレゼントをするような男ではなかったと、いかにも言いたげだった。


「仮に人間が変わっていないとして、評価は大きく変わりましたわ。盗賊ドゥといえば、クロイツェルシュタインの英雄の中の英雄。町の者に聞けば、真の勇者はカーネリアではなくドゥだと答えるでしょうね」

「ああ……。その下らない名声のために、こっちは商売あがったりだ」


 プルメリアが応接間に俺たちを手招いた。

 ついて行くと彼女は扉を締めて、そこから離れて声を潜めて言った。


「さて……。先日ですが、わたくしもギルモアから真実を聞きましたわ……」

「アンタもその話か……。オデットなら気にするな、もう知ってる」


 伝えると、オデットがらしくもなく静かにうなずいた。


「貴方の判断次第では、次の遠征でわたくしたちはお別れですのね……」

「ま、そうなるな」


「なんて酷い話なのでしょう……。わたくし、納得がいきませんわ……」

「あ、あたしも……」


「カーネリアと貴方はいつだって命を賭けて戦ってきたというのに、名誉すら捨てなければならないなんて……そんなの、あんまりですわ……」

「カーネリアの名誉だけでも守りたいが、そうもいかないだろうな。他に選択肢はない」


 オデットには別のプランがあるとつい漏らしてしまったが、プルメリアには運命を受け入れている振りをして見せた。


 敵を騙すなら味方からだ。

 オデットは何か言いたそうだったが、幸い黙っていてくれた。


「ランゴバルドの盾の奪還、ならびにこの領地のわたくしへの割譲、莫大な融資、内戦と仇討ちの力添え。ドゥ、貴方には一生感謝し続けても足りないくらいですわ……」

「なんだ、アンタらしくないぞ?」


「貴方がどれほど素晴らしい人なのか知っているから……貴方の運命に、わたくしは納得がいきません……」

「そうだよっ、あたしもこんなの納得いかないよっ! なんでドゥとカーネリアが嫌われ者にならなきゃいけないの……っ!?」


 怒ってくれることが嬉しい反面、騙している事実に心が少し痛んだ。

 味方を騙すなんてこれまで苦でもないことだったのに、今はそれが苦しい。


 だが俺だって素直に運命を受け入れる気はない。全てを騙し通す腹案がある。

 そう言ってやりたかった。


 俺はハッピーエンドを迎えていいような人間ではないが、カーネリアはそうではない。彼女には、彼女に相応しい栄光が要る。


 運命を受け入れるのは足掻き抜いた後からでいい。

 俺は大切な友人たちに手のひらを明かさずに、沈黙を貫いた。



 ・



 町を離れて開拓地に戻ると、その頃にはもう西の空が暖色に色合いを変え始めていた。


 うちのお家の煙突から白い煙が上がっている。誰かが厨房で火を使っているようだった。


「お帰り、2人とも早かったじゃないか」

「あっ、カーネリアだったんだっ、あたしも手伝うよっ!」


 カーネリアは今日、昼から聖堂の人間との打ち合わせに出ていた。

 それがこうして帰宅すると厨房から顔をひょっこりと出していて、気のいい笑顔を俺たちに向けてくれていた。


「ドゥ、帰ってきたカーネリアに何かないの?」

「ああ……おかえり。なんだかこうして一緒に暮らしていることに、変な感じがしてな……」

「そうだね……。あ、モモゾウくん、ドゥが戻ったよ」


 モモゾウはカーネリアの胸に張り付いて眠っていた。

 それがパチリと目を開けて、開けたかと思えば俺の胸にビタンと張り付いていた。


「お帰り、ドゥ!」

「ただいま、モモゾウ先生。寝起きで悪いが暇だ、また文字を教えてくれ」


「いいよーっ、むしろボクチン、それを待ってたんだから!」


 俺と相棒はまた外のテラスに行って、テーブルに腰掛けて文字の勉強をした。

 赤い夕日が藁半紙を照らして、モモゾウの細かな毛先を燃えるように輝かせていた。


 盗んで、町を去って、新しい町でカモを探して、盗んで逃げる。

 そんな生活をしていた頃が嘘のように平穏だ。


 探し続けていた大切な家族も見つかって、今は何もかもが満ち足りた気持ちだ。

 気持ちがすっかり緩んでいた。


「ドゥ……。ドゥ……? 慣れないことしてるから、眠くなっちゃったんだね……。おやすみ、ドゥ」


 しかし文字の勉強の方はというと――俺はこういった作業にまるで向いていないようだな。


 文字だなんてそこそこの教育を受けた子供だってできるのに、練習していると頭が疲れてしょうがなかった。


 俺はドゥ。盗賊で、勇者で、救国の英雄だ。

 だがどんなにがんばっても、ミミズがのたうつような酷い字しか書けない。


 いつだって心の底で怯えてきた復讐者のことすら忘れ、甘い眠りが俺を心地よい夢へと引きずり込んでいった。


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