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プロローグ2/4.芽吹いたばかりの小さな平穏 - 青水晶の牙 -

 騒がしい大股の足音が遠くなって、つい笑ってしまうほどの素早いフットワークでそれが戻ってきた。


「ただいまーっ!」

「疲れたか?」


「ううん、なんでー?」

「もし面倒でなければ、これから一緒に町へ――」


「行くっ! 遊びに行こうよっ、ドゥ!」

「助かる。モモゾウ先生に逃げられて暇になったところだったんだ」


「モモゾウちゃん、本っっ当にっ、性格いいよねーっ!」

「まあな」


「あははっ、ドゥはモモゾウちゃんのことになると素直だよね!」

「自慢の相棒だ」


 静かな笑いを消して立ち上がると、オデットが急かすように町の方へと駆け出した。


 俺はそんな彼女を追って歩き、彼女は俺が近付くとまた走って、道の先で俺を待った。並んで歩くという発想は今のところ頭にないようだ。


「町で何する!?」

「買い物だな。それが終わったら、暇つぶしにプルメリアの様子でも見に行くか」


「いいねっ、案内ならあたしに任せてよ! ここはあたしの第二の故郷なんだから!」

「頼む」


 彼女がはしゃげばはしゃぐほどに、楽しい気持ちと共に寂しさが胸に募った。


 こうしていられる時間はもう残り少ない。残る魔将を討てば、俺とカーネリアは舞台を降りなければならない。


「こっちこっち! 早く早くっ、早く行こうよ!」


 オデットに手を引かれて、開拓地を離れてエクスタード市へと歩いた。

 残り少ないこの時間を大切にするように、ゆっくりと、光の化身のようなオデットの姿を見つめて歩いた。



 ・



 エクスタード市の防壁は、あの激しい内戦で崩壊して久しい。

 その防壁の復興は後回しにされ、戦いで崩された壁は便利な近道となっていた。


 往来を歩くとあの戦いを思い出す。

 息の詰まるような王子様生活と、圧倒的劣勢で気持ちが押し潰されそうだったあのギリギリの感覚を。


 俺たちもその崩落部から市内に入り込み、商品と人々の集まる市場へと早速お邪魔した。


「よう勇者様! 肉団子食ってくかっ!?」

「モモゾウ様は一緒じゃないのかい? はぁ、残念だねぇ……」

「非礼だぞお前たち! 総員、勇者様に敬礼っ!」


 気のいい連中には笑いかけて、堅苦しい連中には手を上げて応じた。

 これが祖国で商売ができなくなった最大の理由だ。


 俺の似顔絵は今や麗人や歌人を押し退けて、人気ナンバーワンだ。老若男女問わずして爆売れだそうだ。

 人々の歓迎を俺は半笑いで受け止めた。


「金はちゃんと払う」

「貰えねぇよそんなん! それじゃ押し売りみてぇじゃねぇか!」


「じゃあいらん」

「それも困るっ、食ってくれ勇者様!」

「だったらあたしが貰う!」


 オデットが間に入って、笹で包まれた大きな肉団子を店の店主から受け取った。

 すぐにオデットがそれをかじり、そのまま俺に寄越してきたので交互に分け合った。


「勇者ドゥ様!」

「はいはい、あたしが代わりに受け取るよーっ!」


「おい……。この調子でいくと、今夜の飯が腹に入らなくなるぞ……」

「入る入るっ! はい、あーんっ!」


「ま、待て……人が見ている……っ」


 露店や店を渡り歩いた。飯屋の前を横切るたびに、店主たちが俺たちに物を食わせようとしてきた。

 この中に復讐者が混じっていたら、俺たちはイチコロだな……。


「平気で女装したり女の子を籠絡するのに、なんで『あーん』が恥ずかしいの?」

「そういうお前こそ、皆が生温かい目で俺たちを見ているのに、なぜ平気なんだ……」


「へへへ……」


 一瞬、オデットから笑いが消えた。

 だが彼女はすぐにまた笑顔を作って、天真爛漫に市場を弾むように進んだ。


「ねぇドゥ、あれ見てっ、あれっ!」


 そうブラブラと歩き回っていると、物珍しい雑貨を扱っている店を見つけた。

 手押し車がそのまま店舗になっている店で、店主の姿は羽帽子に引き締まった身体をした旅商人風の風体だ。


 店の品々は干し果実、陶器、素朴な小物飾りと、取り扱いにまるで統一感がない。

 だがその中で、色とりどりの装飾品を吊したコーナーが一際に目を引いていた


「ドゥ……?」

「少し見せてもらおう」


 それを指さすとオデットが目を丸くした。


「うん、いいけど……わぁっ、どれも綺麗……!」


 店先に駆けてゆくオデットを追って、俺もその隣に並んだ。


 普段ならば興味本位の目利きだけして、その場を去る。

 ぼったくり屋ならばカモにして、そうでなければ自分の金でこんな物を買おうだなんて夢にも思わない。


「ねぇ、この石って何!?」

「それはエメラルド。その右はジルコン、そのまた右は瑠璃(るり)だな」


「へーー……」


 価格は高めだが、どれもいい仕事をしている。

 その中でも、狼の牙のように削られた青水晶の首飾りが特にいい仕事だ。


 なぜこんなに良い物が売れ残っているかのと思えば、それだけ値段が1桁多かった。

 チェーンは銀。粗のない丁寧な仕上がりだ。


「これをくれ」

「ちょ、ちょっと待ってっ、それ、120万クラウンって書いてあるよ!?」


「高いがこれが一番いい」


 交易商人に金を出すと、彼はそれを受け取り、商品を化粧箱に納めて俺に差し出した。

 俺はその化粧箱をすぐさまオデットの前へと突き出した。


「ちょぉぉーっっ!?」

「気に入らないか?」


「う、ううんっっ、凄くいいっ! すっごくいいけど……で、でも……」

「貰ってくれ」


 オデットは迷った。しかしその青く吸い込まれるような美しさに見とれてか、確かめるように手を差し出してきたので、俺は化粧箱ごと彼女に握らせた。


「本当にいいの……?」

「持っていてほしい」


「うん……そう、わかった……。ありがとう、ドゥ……」


 オデットは化粧箱から青水晶の牙の首飾りを取って自分の首にかけた。

 しばらく無心に己の胸元を見下ろし、呆然としていた。


 こちらはなんだかムズムズして落ち着かない。

 女にこんなプレゼントをするなんて、いよいよ俺も感傷的になっているということだろうか。


「これが形見に……なるかもしれないんだよね……」

「アンタらしくもない陰気なことを言うな。必ず勝つさ」


「そうだね……」


 オデットの目は、勝っても負けても結末は同じだと言っていた。

 勝てば俺とカーネリアは姿を消す。事実上、この青水晶の牙の首飾りは形見も同然だった。


 だからオデットは笑わない。

 吸い込まれるような美しさに目を奪われながらも、彼女が喜びの笑顔を浮かべることはなかった。


「俺なりに別のプランも考えている。それにしくじれば、悔しいがジジィと同じ結末を選ぶしかないかもしれんな……」


 そう伝えると、オデットが一変して明るく笑った。

 俺の言葉を信じたと言うより、その青水晶の牙がなんだかんだ気に入った様子だった。


 踊るようにブロンドをなびかせて回り、自分の胸元に夢中になっていた。


 深い青色を宿した水晶が光を受けて輝き、まるで魔法の石のように見える。120万クラウンの価値は十分にあった。


「あたし、一生大切にする……。伝説の盗賊ドゥに貰ったって、お婆ちゃんになるまで言いふらすっ!!」

「止めてくれ、それは恥ずかしい……」


「だって嬉しい!! こんな幸せな日、生まれて初めて……!!」


 別れの品になるかもしれないのに、彼女はそれを前向きに受け止めた。

 必ず俺が帰ってくると、そう信じてくれたのかもしれない。


 しかしそれそれとして、さっきから人の目が痛い……。

 俺は舞い上がるオデットの手を引いて、プルメリアのいる市庁舎への道を歩いていった。


 オデットは青い牙にばかり目を向けて前を見なかったので、道の誘導にかなり手を焼くことになった……。


 必ずこの地に帰ってこよう。たとえ全てを欺こうとも、俺はジジィが選べなかった別の結末を迎え得てみせる。


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