エピローグ 2/2.救い無き世界
「どういうことだ? アイツは魔王を裏切っていたのか……?」
「気が合ったのは確かだ」
「アンタは子供に甘いからな……」
「ワハハハッ、特にヘソの曲がったクソガキにな!」
バエルが俺たちと暮らしていたジジィの肉体を造り、当時アッシュと名乗っていたジジィは魂をそれに移し、名前をエリゴルを変えた。
だが、なぜだ……?
「俺とルージュは、別人にならなきゃいけなかったんだよ。歳も離れていた。愛した女と同じ若さになれるなら、お前だって作り物の肉体の方を選ぶだろ……?」
「アンタたちは共犯だったのか」
「ま、結果だけ言やそうなるな」
「なぜだ?」
「妖精国でバエルの首をはねる寸前までいった。だがあの外見と性格だ、斬るのを躊躇しちまった……」
「それは……それはわかる。俺も同じだった。斬る気になれなかった……」
ジジィは子供が好きだ。
そんなジジィが子供の姿をしたバエルを、ためらわずに斬れるわけがない。
「バエルは俺たちに真実を明かした。人類は、詰んでいるってな……」
「それを信じたのか?」
「俺の信じるルージュが信じた。真実を裏付けする情報もこちらにあった。……だから俺たちは、バエルの誘いに乗ったんだ」
「勇者と魔将が手を組むなんて、聞いたことがない」
だがこのジジィは清濁併せ呑む男だ。
利益があるならば、ジジィは敵とだって組むだろう。そういうやつだ。
「いや、あの子は俺たちによくしてくれたよ。俺の新しい肉体を造り、この古い身体を石に変えて保存してくれた」
「あれは保存だったのか……?」
「そうだ。そして最期は自ら首を俺に差し出して、戦いを終わらせるために消滅してくれた。再び魔将バエルが討たれた時、保険である俺の石化が解けるように仕組んだんだ」
「ならアンタからすれば、バエルには感謝しかないということか」
「まあな……。で、質問は終わりか?」
「もういい」
「気にするこたぁねぇ……。アイツらと俺たちはこうなる宿命なんだ」
ジジィはボトルを空にして、新しいワインを求めてこの庭園の暗がりから去っていった。
ジジィからすれば己が育てた子供に大切な友人を斬られた形になる。残念な結末だろう。
「や、やぁ……」
ところがそこに、まるで盗み聞きでもしていたかのようなタイミングでカーネリアが現れた。
「もしかして俺たちの話、聞いていたのか?」
「す、すまない……。でも、エリゴルさんは、僕に片目をつぶって見せていた……」
「あのジジィ……」
「盗賊王……噂以上の人だ……」
カーネリアはドレスを着ると雰囲気が変わる。
その鮮やかな赤毛は夜の庭園では昼間以上に印象的で、それに普段の姿からは見えることのない肩や脚の露出がまぶしい。
「僕たち、どうしたらいいのかな……」
「さあな。……だが」
「だがなんだい? なんでもいい、君の考えを僕に教えてくれ……」
「全てを捨てて別人になるのも、あながち悪くないかもな」
「で、でも君には弟やエリゴルさんが……」
「だが100年後を地獄にするよりは安い買い物だろう」
カーネリアの手を取った。
彼女が驚きの声を小さく上げて、揺れるその瞳で俺を迷い迷いに見た。
「カーネリア」
「えっ、あっ……は、はい……」
「もし、全てを捨てる日がきたその時は、俺もアンタと一緒に行かせてくれ。アンタ独りだけが姿をくらまして終わりだなんて、そんな結末は納得できない」
「ドゥ……」
「アンタの新しい人生に、俺を連れて行ってくれ」
言葉が嬉しかったのだろうか。
カーネリアが突然の涙をこぼした。
こちらの胸に飛びついてきて、確かめるように両腕で俺を包み込んだ。
「諦めるには早いよ、ドゥ……。悪い結末にならないように、いつだって足がき続けたのが君だろ……」
「まあ、そうだな……。詰んだと言われても、このまま全てを受け入れて逃げるのもスッキリとしない」
「君ならできるよ……。君ならきっと、勇者ルージュとアッシュが選べなかった別の結末を作り出せる……。相手を騙し込んだり、やり込めたり、正攻法ではない奥の手で解決してきたのが君だろ」
それもそうだ。
俺はカーネリアを引っ張って、庭園の奥へと連れ込んだ。
もう少し、誰もいないところで静かに2人だけで過ごしたい。
孤高の盗賊としての生き方しか知らなかった俺の前に、別の人生という選択肢が目前に突きつけられたせいだと思う。
そのせいで気が弛んで、普段選ぶことのない近い距離感を選んでしまったのだと思う。
「ドゥ……恥ずかしい……」
「ああ、人に見られたらちょっとしたスキャンダルだな」
「あっ、そんなところ、触っちゃ……ァッッ……」
カサリア、シルヴァランド、多くの北方諸国がこの日、魔物の恐怖から救われた。
だがそれはつかの間の平穏に過ぎない。
人類は滅びるその日まで、魔王とその軍勢と戦い続けなければならない。
増えれば減らされ、栄えれば文明ごと瓦礫に変えられる。
それがこの大地で生きる者の宿命だった。
「どうだ、少しは楽になったか?」
「うん……薬、ありがとう……。もう2度とハイヒールなんて履かないよ……」
「ドレスの方はそこいらの姫君よりよっぽど似合うぞ」
「そ、そう……? へへ……ありがとう、君に言われると、とても嬉しい……」
「さあ行こう。あんまり戻るのが遅いと本当に疑われるぞ」
「え、何を……?」
「……いや、なんでもない」
カーネリアの手を引いてみんなのところに戻った。
ソドム、ディシム、ラケル、ペニチュア、それにジジィが祝賀会を楽しんでいる。
その輪に戻って、素直に笑い合うのも今夜ばかりは悪くない。
「全てを捨てた、別の人生か……」
言葉に後ろを振り返ると、カーネリアが俺を見ていた。
カーネリアは勇者となるべくして育てられた。
彼女もまた、全てを捨てることを迷いながらも、心のどこかで別の人生に憧れているように見えた。
今ある役割を捨て、新しい人生を始める。それも悪くない。
世界の表舞台から去ること。それこそが勇者の最後の役割だった。
- 悪徳の国カサリア編 終わり -
次で完結の終章となります。
プロットは既に仕上がっていますが、台風で予定が狂い、予定通りの日時に更新できるかわかりません。
もしかしたら、1日ほど投稿が遅れるかもしれません。




